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その後、[[洗足学園音楽大学]]の入学試験4週間前からファゴットに転向し、同大学に入学。大学ではファゴットを[[NHK交響楽団]]奏者[[西川隆]]に師事、プライベートで同首席奏者[[霧生吉秀]]に師事。ファゴットを始めて1年後に[[神奈川フィルハーモニー管弦楽団]]の首席ファゴット奏者となる。在学中に当時NHK交響楽団首席[[チューバ]]奏者であった多戸幾久三の推薦で[[NHK-FM放送|NHK-FM]]の『[[午後のリサイタル]]』にソロで出演。大学3年生の時、[[ベルリン]]のカラヤン・コンクールに洗足学園音楽大学オーケストラで参加、初のドイツ演奏旅行を体験。その後、[[1977年]]にドイツへ留学。デトモルト国立音楽大学に入学、ヘルマン・ユング教授にファゴットを師事。また、ヨーステ・ミヒャエル教授、パウル・マイゼン教授、室内楽の授業を受ける。 |
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[[1978年]]、同大学入学1年でTVK/Aクラスのドイツ・[[ダルムシュタット国立歌劇場]]管弦楽団の首席ファゴット奏者に就任。共演者には |
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コンクール受賞歴は、[[1978年]]イタリア、アンコナ国際音楽コンクール入賞、1981年[[プラハの春国際音楽コンクール]]特別名誉賞受賞。 |
コンクール受賞歴は、[[1978年]]イタリア、アンコナ国際音楽コンクール入賞、1981年[[プラハの春国際音楽コンクール]]特別名誉賞受賞。 |
2009年4月21日 (火) 14:29時点における版
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クラシック音楽 |
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作曲家 |
ア-カ-サ-タ-ナ ハ-マ-ヤ-ラ-ワ |
音楽史 |
古代 - 中世 ルネサンス - バロック 古典派 - ロマン派 近代 - 現代 |
楽器 |
鍵盤楽器 - 弦楽器 木管楽器 - 金管楽器 打楽器 - 声楽 |
一覧 |
作曲家 - 曲名 交響曲 - ピアノ協奏曲 ピアノソナタ ヴァイオリン協奏曲 ヴァイオリンソナタ チェロ協奏曲 フルート協奏曲 弦楽四重奏曲 - オペラ 指揮者 - 演奏家 オーケストラ - 室内楽団 |
音楽理論/用語 |
音楽理論 - 演奏記号 |
演奏形態 |
器楽 - 声楽 宗教音楽 |
イベント |
音楽祭 |
メタ |
ポータル - プロジェクト カテゴリ |
小山 昭雄(こやま あきお、1955年4月3日 - )は日本人のファゴット奏者で、現在はドイツ・トロッシンゲン国立音楽大学教授、洗足学園音楽大学教授。
経歴
神奈川県横浜市栄区(当時戸塚区)生まれ。兄・小山征男は群馬県の山野草中心の中央植物園のオーナーであり、NHK番組『趣味の園芸』などの解説者。
横浜市立本郷小学校に入学、同本郷中学校卒。中学校では野球部に所属し、この時期にリコーダーを大竹尚之に師事。その後、横浜市立戸塚高等学校へピッチャーとして野球のスポーツ推薦で入学。高校1年生の時に第10回神奈川県青少年音楽コンクールにリコーダー・ソロで参加し、最優秀賞を受賞。これを機に野球部を退部、リコーダーで留学を目指すが断念。
その後、洗足学園音楽大学の入学試験4週間前からファゴットに転向し、同大学に入学。大学ではファゴットをNHK交響楽団奏者西川隆に師事、プライベートで同首席奏者霧生吉秀に師事。ファゴットを始めて1年後に神奈川フィルハーモニー管弦楽団の首席ファゴット奏者となる。在学中に当時NHK交響楽団首席チューバ奏者であった多戸幾久三の推薦でNHK-FMの『午後のリサイタル』にソロで出演。大学3年生の時、ベルリンのカラヤン・コンクールに洗足学園音楽大学オーケストラで参加、初のドイツ演奏旅行を体験。その後、1977年にドイツへ留学。デトモルト国立音楽大学に入学、ヘルマン・ユング教授にファゴットを師事。また、ヨーステ・ミヒャエル教授、パウル・マイゼン教授、室内楽の授業を受ける。
1978年、同大学入学1年でTVK/Aクラスのドイツ・ダルムシュタット国立歌劇場管弦楽団の首席ファゴット奏者に就任。共演者には 、世界的ファゴットリード職人のアンドレアス・ヴァイクマンも含まれる。オーケストラ入団後、初めてのオペラはクリストフ・エッシェンバッハ指揮によるヴェルディの『椿姫』。
コンクール受賞歴は、1978年イタリア、アンコナ国際音楽コンクール入賞、1981年プラハの春国際音楽コンクール特別名誉賞受賞。
日本でのデビュー・リサイタルは、1981年東京文化会館小ホールにて行なわれ、翌1982年は新日本フィルハーモニー交響楽団とモーツァルトのファゴット協奏曲を共演。
1985年から、ヨーロッパの重要なオーケストラに所属する日本人プレーヤーのアンサンブルであったニッポン・オクテット(ヴァイオリン:安永徹、名倉淑子、ヴィオラ:深井碩章、チェロ:山下泰介、コントラバス:河原泰則、クラリネット:鈴木豊人、ホルン:猶井正幸、ファゴット:小山昭雄)で世界各国で開催されたコンサートに参加。
その後、1986年にシュトゥットガルト国立歌劇場管弦楽団の首席ファゴット奏者に就任し、同時にシュトゥットガルト国立音楽大学のファゴット講師として指導。
1994年、シュトゥットガルト国立歌劇場400年記念のコンサートでウェーバーのファゴット協奏曲をフィリップ・オガン(当時首席指揮者、現ブラウンシュヴァイク音楽監督)指揮で共演。
1995年4月1日からドイツ・トロッシンゲン国立音楽大学教授として就任し、住まいをシュトゥトガルトからミュンヘンに移す。ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の客演ソロ・ファゴット奏者として2年間務め、1990年から首席ファゴット奏者としてサイトウ・キネン・オーケストラに参加。1991年水戸室内管弦楽団から招聘。サイトウ・キネン・フェスティバル松本には1992年の第1回から参加し、1998年の長野オリンピック開会式での『歓喜の歌』演奏にも参加。
1996年小山昭雄、ゆうこ後援会発足。 2000年/2005年小山昭雄、ゆうこ日本縦断ツアー開催。
1995年よりヨーロッパ各地の音楽大学での公開講座、ファゴット・レッスンを行い、ルーマニア国立クルジュナポカ音楽大学、フランス、モンペリエ市立高等学院より表彰。
近況
1995年より出身大学である洗足学園音楽大学の客員教授であったが、2006年に教授に就任。
1998年からダイムラー・ベンツ社主催で、シュトゥットガルト室内管弦楽団と続けて来たハイドンの交響曲106曲のコンサートとCD録音が終わる。2006年より台湾の台北国立音楽大学、高雄国立師範大学の客員教授も行 う。
娘の小山莉絵(ファゴット奏者)と2008年8月、ヴォルフガング・ヴァーゲンホイザー作曲の『2つのファゴットと管弦楽のための協奏曲』の初演を予定。
主な経歴
- 1975年 - 1976年 神奈川フィルハーモニー管弦楽団ソロ・ファゴット奏者
- 1978年 - 1986年 ダルムシュタット国立劇場首席ファゴット奏者
- 1986年 - 1995年 シュトゥットガルト国立歌劇場首席ファゴット奏者
- 1990年 - サイトウ・キネン・オーケストラ ソロ・ファゴット奏者
- 1995年 - トロッシンゲン国立音楽大学教授
- 2006年 - 洗足学園音楽大学教授
客演奏者
- 1995年 - 1997年 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団ソロ・ファゴット奏者
- 1986年 - シュトゥットガルト室内管弦楽団ソロ・ファゴット奏者