「日招八幡大神社」の版間の差分
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|創建 = 崇峻天皇2年(589年) |
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|例祭 = 10月6日 |
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2015年9月5日 (土) 18:14時点における版
日招八幡大神社 | |
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神門から仮宮を望む | |
所在地 | 愛媛県松山市保免中1-1-18 |
位置 | 北緯33度49分3秒 東経132度44分43秒 / 北緯33.81750度 東経132.74528度 |
主祭神 |
市杵島姫命 湍津姫命 田心姫命 品陀和気命 息長帯姫命 |
社格等 | 郷社 |
創建 | 崇峻天皇2年(589年) |
本殿の様式 | 流造 |
別名 | 日招八幡宮 |
例祭 | 10月6日 |
日招八幡大神社(ひまねきはちまんだいじんじゃ)は、愛媛県松山市にある神社。神紋は四つ目菱。旧社格は郷社。
祭神
由緒
- 崇峻天皇2年(589年)、国司越智益躬(小千宿祢益躬)が、筑紫国の宗像大社から門島の森に比咩大神(宗像三女神)を勧請し、門島比咩神社(かどしまひめじんじゃ)や門乃神社と称した。
- 大同年間(806年~809年)に、大納言雄友卿が痘瘡を患い祈願をしたところ、平癒したため、伊予痘瘡神社として崇敬される。
- 仁寿元年(851年)神位を授受。
- 元慶2年(876年)八幡神を合祀し、門島座石清水八幡宮と称した。
- 元暦元年(1184年)に佐々木三郎盛綱(佐々木四郎高綱ともいわれる)が守護として入国し、砥部荏原の森山、大野の一族と戦った時、戦の途中で日没しそうになり日が沈まないよう祈願すると、日が留まり勝利したことで、日招八幡宮と改称した。
- 明治5年(1872年)、郷社に列する。
- 平成12年(2000年)、火災により本殿、拝殿を焼失した。
- 平成26年(2014年)、再建を開始。
- 平成27年(2015年)4月20日、新殿祭(新社殿の清祓)、翌21日、遷宮祭。
- 平成27年5月9日、竣工奉告祭。
境内社
本殿跡西から北より
- 佐々木社
- 春日社
- 火鎮社
- 祇園社
- 山王大権現
本殿跡東から北より2社が併設(扁額の文字が劣化して判別不能)
おたた石の東側
- 祖霊社
年中行事
日付 | 祭祀 |
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10月6日 | 例大祭 |
10月7日 | 神幸祭 |
アクセス
その他
- おとよ石
周辺施設
関連項目
- 松山八社八幡(日招八幡神社は日招八幡として五番社)