「滝川真子」の版間の差分
編集の要約なし |
編集の要約なし |
||
36行目: | 36行目: | ||
その後[[にっかつ]]キャンペーンガール「おさそいシスターズ」に応募したのをきっかけに、[[1984年]]9月に[[にっかつ|にっかつロマンポルノ]]『痴漢保健室』でスクリーンデビュー、1980年代中期の[[にっかつ]]を代表する女優の一人として活躍した。1984年11月には[[メディアステーション|宇宙企画]]から美少女路線の『恥じらいグラフィティ』でAVデビューし、AVでも10本以上の作品に出演した。 |
その後[[にっかつ]]キャンペーンガール「おさそいシスターズ」に応募したのをきっかけに、[[1984年]]9月に[[にっかつ|にっかつロマンポルノ]]『痴漢保健室』でスクリーンデビュー、1980年代中期の[[にっかつ]]を代表する女優の一人として活躍した。1984年11月には[[メディアステーション|宇宙企画]]から美少女路線の『恥じらいグラフィティ』でAVデビューし、AVでも10本以上の作品に出演した。 |
||
当時の人気は非常に高く、数多くの男性雑誌に[[グラビア写真|グラビア]]が掲載されたほか、『TV海賊チャンネル』<ref>{{cite book|和書|title=エロの敵 |author=[[安田理央]]、[[雨宮まみ]] |publisher=[[翔泳社]] |page=28 |date=2006-09-27 }}</ref>などのテレビ番組にも出演した(1984年10月-1985年9月)。[[1985年]]にはレコードも発売し、[[1987年]]には[[山本晋也]]監督の演出で[[浅草ロック座]]にも出演した。また[[裏本]]にも出ていた。 |
当時の人気は非常に高く、数多くの男性雑誌に[[グラビア写真|グラビア]]が掲載されたほか、『TV海賊チャンネル』<ref>{{cite book|和書|title=エロの敵 |author=[[安田理央]]、[[雨宮まみ]] |publisher=[[翔泳社]] |page=28 |date=2006-09-27 }}</ref>などのテレビ番組にも出演した(1984年10月-1985年9月)。この時代は現在のように[[タトゥー]]や[[刺青]]をする女優はほとんどいなかったが、当時滝川真子は片腕(肩の下あたり)に刺青を入れていたため、、『TV海賊チャンネル』ではプロデューサーの指示のもと、カメラマンが滝川の斜め前方から、滝川の腕の刺青が映らないように撮影していた。同番組では他の出演女性達から一目置かれた存在だった。[[1985年]]にはレコードも発売し、[[1987年]]には[[山本晋也]]監督の演出で[[浅草ロック座]]にも出演した。また[[裏本]]にも出ていた。 |
||
[[1988年]]2月に引退を宣言。映画・アダルト業界からも姿を消した。 |
[[1988年]]2月に引退を宣言。映画・アダルト業界からも姿を消した。 |
2017年8月29日 (火) 15:54時点における版
この項目には性的な表現や記述が含まれます。 |
プロフィール | |
---|---|
生年月日 | 1965年4月29日 |
現年齢 | 59歳 |
血液型 | B |
公称サイズ[いつ?] | |
身長 / 体重 | 164 cm / ― kg |
スリーサイズ | 86 - 59 - 88 cm |
活動 |
滝川 真子(たきがわ まこ、1965年4月29日 - )は、日本の元ポルノ女優、元AV女優。別名、小川 理恵(おがわ りえ)。
東京都出身。小川理恵時代は1963年9月16日生まれとしていた。1980年代に活動した。また早瀬ユキや瞳れいこ名義で出ていた事もある。活動初期のボディサイズはT164/B86/W59/H88(AV『はじらいグラフィティ』より)、血液型はB型。
略歴
1982年頃より「小川理恵」の芸名でグラビアを中心に活動、美保純の写真集『美保純と二人の女友達』(1983年、東京三世社)にゲストの一人として掲載される。
その後にっかつキャンペーンガール「おさそいシスターズ」に応募したのをきっかけに、1984年9月ににっかつロマンポルノ『痴漢保健室』でスクリーンデビュー、1980年代中期のにっかつを代表する女優の一人として活躍した。1984年11月には宇宙企画から美少女路線の『恥じらいグラフィティ』でAVデビューし、AVでも10本以上の作品に出演した。
当時の人気は非常に高く、数多くの男性雑誌にグラビアが掲載されたほか、『TV海賊チャンネル』[1]などのテレビ番組にも出演した(1984年10月-1985年9月)。この時代は現在のようにタトゥーや刺青をする女優はほとんどいなかったが、当時滝川真子は片腕(肩の下あたり)に刺青を入れていたため、、『TV海賊チャンネル』ではプロデューサーの指示のもと、カメラマンが滝川の斜め前方から、滝川の腕の刺青が映らないように撮影していた。同番組では他の出演女性達から一目置かれた存在だった。1985年にはレコードも発売し、1987年には山本晋也監督の演出で浅草ロック座にも出演した。また裏本にも出ていた。
1988年2月に引退を宣言。映画・アダルト業界からも姿を消した。
人物
出演
映画
- 痴漢保健室(1984年9月29日、にっかつ)
- 桃色身体検査(1985年2月23日、にっかつ)
- 痴漢通勤バス(1985年6月15日、にっかつ)
- 小松みどりの好きぼくろ(1985年8月3日、にっかつ) 主演:小松みどり
- 絶倫ギャル やる気ムンムン(1985年12月14日、にっかつ)
- 玄海つれづれ節(1986年1月15日、にっかつ)
- 痴漢宅配便(1986年5月31日、にっかつ)
- 痴漢テレクラ(1987年1月24日、にっかつ)
- エイズをふっ飛ばせ、桃色プッツン娘(1987年4月15日、にっかつ)
- 檻の中の欲しがる女たち(1987年12月5日、にっかつ)
- 輪舞(1988年1月9日、にっかつ)
- お元気クリニック 立って貰います(1988年2月27日、にっかつ)
- ラブ・ゲームは終わらない(1988年5月28日、にっかつ) 主演:竹田ゆかり
アダルトビデオ
- 滝川真子のはじらいグラフィティ(1984年11月30日、宇宙企画)
- 白百合狩り(1984年12月15日、ファイブスター)共演:小田かおる
- バージン・アイランド(1984年12月27日、ボックスランド)
- 身体検査は魅すてりい(1985年1月10日、にっかつビデオフィルムズ) 映画「痴漢保健室」の改訂版AV
- 愛の嵐(1985年1月21日、ボックスランド)
- ザ・ドキュメント性風俗 クリスタルギャル(1985年2月5日、ファイブスター) 共演:早坂明記、滝優子
- 滝川真子対クリーニング屋健ちゃん(1985年3月11日、ボックスランド)
- サイコ催眠エクスタシー PART 3(1985年5月1日、アテナ)
- SEXY LIVE STATION(1986年10月16日、クリスタル映像)
- 右手とティッシュ(1987年1月15日、Shocking Pink(にっかつビデオフィルムズ))
- 私くしといたしません?(1987年6月13日、ファイブスター)
- ラストエクスタシー(1988年1月25日、新東宝)
- ボギーと濡れたい(1989年10月22日、ピラミッド)
書籍
写真集
- かくれんぼ(1984年9月発行、撮影:前場輝夫、英知出版)
- 抱いて 燃えさせて あたし…もうおとなよ(1985年2月25日発行、撮影:谷口征、近代映画社)
- 滝川真子写真集(近映文庫)(1985年7月12日、撮影:谷口征、近代映画社)
- 滝川真子(スコラスペシャル)(1985年9月発行、撮影:長友健二、スコラ)
- MaCo(1986年5月5日、撮影:山木隆夫、ミリオン出版)
- 滝川真子写真集(グリーンドア文庫) (1987年10月30日、撮影:中村誠作、グリーンドア社)
その他(AV関係以外)
レコード
- 12inchシングル(1.ダンシングレディ, 2.浮気なバーディーボーイ。1985年)
裏本
- ラストワルツ 1982年12月
- そよ風 1983年1月
- 片思い 1983年6月
- 女猫 1983年11月
- SM貴族院 1983年12月
- 琴の愛 1984年1月
- グットバイ・真子 1986年6月(再生本)
- 真子のヒ・ミ・ツ1986年10月(再生本)
- 琴の愛 2003年7月(復刻本)
ミュージカル
- 白い風(主役。神保史郎作、週刊漫画ゴラク連載。三越ロイヤルシアター)
テレビドラマ
- 月曜ドラマランド「意地悪ばあさん 北海道へ追放?の巻」(1985年、フジテレビ / テレパック)
- ザ・ハングマンVI 第1話「ラジコンヘリで爆撃処刑せよ! 」(1987年、朝日放送 / 松竹) - 中原ゆかり