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「パリ警視庁」の版間の差分

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'''パリ警視庁'''(パリけいしちょう、{{Lang-fr|Préfecture de Police de Paris}}、{{Lang-en-short|Prefecture of Police of Paris}})は、[[パリ|パリ市]]及びその周辺地域を管轄する[[警察]]組織([[首都警察]])である。逐語訳
'''パリ警視庁'''(パリけいしちょう、{{Lang-fr|Préfecture de Police de Paris}}、{{Lang-en-short|Prefecture of Police of Paris}})は、[[パリ|パリ市]]及びその周辺地域を管轄する[[警察]]組織([[首都警察]])である。逐語訳
は「パリの警察の長官事務所」「パリ警察長官府」であるが、慣用表現として日本の警視庁にあてはめパリ[[警視庁 (曖昧さ回避)|警視庁]]と翻訳される。[[シテ島]]の[[4区 (パリ)|パリ4区]]側に所在し、[[ノートルダム大聖堂 (パリ)|ノートルダム大聖堂]]の正面に位置する。
は「パリの警察の長官事務所」「パリ警察長官府」であるが、慣用表現として日本の[[警視庁]]にあてはめパリ[[警視庁 (曖昧さ回避)|警視庁]]と翻訳される。[[シテ島]]の[[4区 (パリ)|パリ4区]]側に所在し、[[ノートルダム大聖堂 (パリ)|ノートルダム大聖堂]]の正面に位置する。


== 体制 ==
== 体制 ==
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警視庁の本部は[[シテ島]]に置かれており、かつてのサン・マルシャル修道院の跡にある。現在の建物は、ネオフィレンツェスタイルで1863年から1867年に建築されたもので、1871年以来、警視庁の枢要部が使用している。最寄り駅は[[パリメトロ4号線|メトロ4号線]][[シテ駅]]である。
警視庁の本部は[[シテ島]]に置かれており、かつてのサン・マルシャル修道院の跡にある。現在の建物は、ネオフィレンツェスタイルで1863年から1867年に建築されたもので、1871年以来、警視庁の枢要部が使用している。最寄り駅は[[パリメトロ4号線|メトロ4号線]][[シテ駅]]である。


本庁がある区域名から、(特にパリ地域圏司法警察局が)「[[:fr:36, quai des Orfèvres|オルフェーヴル河岸36番地]]」、あるいは単に「36」(トラント=シス)と通称される<ref name="Broussard2002">{{Cite book|和書|author=[[:fr:Robert_Broussard|ロベール・ブルッサール]]|year=2002|title=人質交渉人―ブルッサール警視回想録|publisher=[[草思社]]|isbn=978-4794211842}}</ref>(東京警視庁が「桜田門」と呼ばれるのと同じ)。
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== パリ警視庁が登場する作品 ==
== パリ警視庁が登場する作品 ==

2019年3月24日 (日) 03:05時点における版

パリ警視庁本部

パリ警視庁(パリけいしちょう、フランス語: Préfecture de Police de Paris: Prefecture of Police of Paris)は、パリ市及びその周辺地域を管轄する警察組織(首都警察)である。逐語訳 は「パリの警察の長官事務所」「パリ警察長官府」であるが、慣用表現として日本の警視庁にあてはめパリ警視庁と翻訳される。シテ島パリ4区側に所在し、ノートルダム大聖堂の正面に位置する。

体制

パリ市内を警邏する警官
 
バスジャックへの対処を訓練するBRI-BAC

パリ警視庁は、統領政府体制下の1800年に創設された。以後、中央政府の変遷にも関わらず、独立した機関として維持されてきたが、1966年7月9日法によってフランス国家警察の一部となった[1]。しかしながら国家警察総局(DGPN)の指揮下にあるわけではなく、これと並列で内務省外局に近い扱いとなっている。警視庁の最高指揮官となる警視総監は、首相・内務大臣の提案にもとづき、閣議を経て、大統領の政令によって任命されるほか、他のコミューンであれば首長に属するような権限事項の一部も担当するなど、独特の地位を占めている[2]

1944年、フランス国が倒れたパリの解放に参加したことから、レジオンドヌール勲章に叙されている。

管轄地域はパリ市内とされていたが、ニコラ・サルコジ政権下のグランパリ(大パリ)計画に伴い、2009年よりオー=ド=セーヌ県セーヌ=サン=ドニ県及びヴァル=ド=マルヌ県にも拡大された[3]

なお、長くパリ警視庁はフランス国家警察で唯一の警察長官府(Préfecture de police)としての地位を占めてきたが、2012年、ブーシュ=デュ=ローヌ県を管轄するブーシュ=デュ=ローヌ県警察長官府マルセイユに設置された。

組織

下記の6つの主要内部部局から構成されている。

  • パリ地域圏司法警察局(パリDRPJ) - 刑事警察部門。刑事部BC)や捜査介入部(BRI; 他部局所属のBRIと区別するためBRI-PPとも称される)をはじめとする7個の部署を基幹として構成されている
  • パリ都市圏保安局(DSPAP) - 外勤・生活安全部門。上記の管轄範囲拡大に伴い、近隣都市警察局(direction de la police urbaine de proximité, DPUP)を改編して2009年に設置された。警邏を含めた防犯・保安活動を実施しており、自動車警ら隊に相当する犯罪対策班(BAC)などが設置されている
  • 公秩序・交通局(DOPC) - 警備・交通警察部門。機動隊に相当する介入部隊(BI)などが設置されている
  • 情報局(DRPP) - 公安警察部門
  • 技術・兵站局(DOSTL)
  • パリ消防旅団(BSPP)

なお人質救出作戦対テロ作戦の必要が生じた場合には、パリDRPJのBRI-PPを基幹に、DOPCのBIなどその他部署からの要員を編入したタスクフォースとして、コマンド対策部隊(BRI-BAC: Brigade anticommando)が編成される。これはフランス国内初の対テロ特殊部隊であったこともあって、パリ圏外への派遣も頻繁に行われてきた。2009年7月31日以降は、国家警察介入総隊(FIPN)の下で、国家警察総局のRAIDGIPNと統合して運用されている[4]

勢力

(2001年 統計)

本庁舎

警視庁の本部はシテ島に置かれており、かつてのサン・マルシャル修道院の跡にある。現在の建物は、ネオフィレンツェスタイルで1863年から1867年に建築されたもので、1871年以来、警視庁の枢要部が使用している。最寄り駅はメトロ4号線シテ駅である。

本庁がある区域名から、(特にパリ地域圏司法警察局が)「オルフェーヴル河岸36番地」、あるいは単に「36」(トラント=シス)と通称される[5](東京警視庁が「桜田門」と呼ばれるのと同じ)。

パリ警視庁が登場する作品

参考文献

  1. ^ フランス国家警察 (2011年). “Histoire” (フランス語). 2016年1月14日閲覧。
  2. ^ 下條美智彦『フランスの行政 新装版』早稲田大学出版部、1999年、233頁。ISBN 978-4-657-99415-8 
  3. ^ Décret n° 2009-898 du 24 juillet 2009 relatif à la compétence territoriale de certaines directions et de certains services de la préfecture de police sur le site legifrance.gouv.fr
  4. ^ Cécile De Sèze (2015年11月19日). “Attentats à Paris : RAID, GIGN, GIPN, BRI... Quels rôles ?” (フランス語). 2015年11月20日閲覧。
  5. ^ ロベール・ブルッサール『人質交渉人―ブルッサール警視回想録』草思社、2002年。ISBN 978-4794211842 

関連項目

外部リンク