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==人物==
==人物==
柔道は9歳の時に始めた。2008年の[[2008年北京オリンピック|北京オリンピック]]では準々決勝で[[谷亮子]]に指導1で敗れるが、その後の3位決定戦で北朝鮮のパク・オクソンを[[技あり]]で破って[[銅メダル]]を獲得した<ref name="Biography"/>。2010年の[[2010年世界柔道選手権大会|世界選手権]]では準々決勝で[[福見友子]]と対戦して、先に有効2つを取りながら終盤に[[小内刈]]で逆転負けを喫して7位に終わった。2011年の[[2011年世界柔道選手権大会|世界選手権]]には出場しなかった。[[2012年ロンドンオリンピック|ロンドンオリンピック]]では準々決勝で福見に指導2で敗れると、3位決定戦でもベルギーの[[シャルリーヌ・ファンスニック]]に指導2で敗れて5位に終わり、前回に続くメダル獲得はならなかった<ref name="Biography"/>。2014年の[[2014年世界柔道選手権大会|世界選手権]]では決勝で[[近藤亜美]]に指導2で敗れたものの2位になった<ref>[http://www.worldjudoday.com/en/IJF-News-115-World-Championships-Chelyabinsk-2014-DAY-1-291.html World Championships, Chelyabinsk 2014]</ref>。2015年の[[2015年世界柔道選手権大会|世界選手権]]でも決勝まで進んで元世界チャンピオンの[[浅見八瑠奈]]と対戦すると、指導1を先取されながら後半指導2を取り返して逆転勝ちを果たして、2003年の[[2003年世界柔道選手権大会|世界選手権]]63kg級で優勝した[[ダニエラ・クルコウェル]]以来、アルゼンチンの選手として2人目の世界チャンピオンになった<ref>[http://www.intjudo.eu/News/cikk3585 World Championships 2015, Astana - DAY 1]</ref>。さらには世界選手権での優勝が評価されて、2015年のアルゼンチンにおける最優秀スポーツ選手にサッカーの[[リオネル・メッシ]]などを押しのけて選ばれた<ref>[http://www.clarin.com/deportes/Premios-Olimpia-Paula-Pareto-deportista_0_1490251457.html Premios Olimpia: Paula Pareto, la mejor deportista del 2015]</ref>。2016年の[[2016年リオデジャネイロオリンピックの柔道競技|リオデジャネイロオリンピック]]では準決勝で近藤を袖釣込腰の技ありで破ると、決勝でも韓国の[[鄭普涇]]を[[小内刈]]の技ありで破って金メダルを獲得した<ref>[http://www.ippon.org/oly2016.php Judo Olympic Games 2016]</ref>。2017年の[[2017年世界柔道選手権大会|世界選手権]]には出場しなかった<ref name="judobase"/>。2018年の[[2018年世界柔道選手権大会|世界選手権]]では準決勝でウクライナの[[ダリア・ビロディド]]に技ありで敗れるも3位になった<ref>[http://www.ippon.org/wc_sen2018.php World Judo Championships 2018]</ref>。2019年には[[グランドスラム・エカテリンブルグ2019|グランドスラム・エカテリンブルグ]]とパンナム選手権で優勝するも、[[グランプリ・モントリオール]]では自らより15歳若い[[古賀若菜]]に反則負けして3位だった<ref name="judobase"/>。
柔道は9歳の時に始めた。2008年の[[2008年北京オリンピック|北京オリンピック]]では準々決勝で[[谷亮子]]に指導1で敗れるが、その後の3位決定戦で北朝鮮のパク・オクソンを[[技あり]]で破って[[銅メダル]]を獲得した<ref name="Biography"/>。2010年の[[2010年世界柔道選手権大会|世界選手権]]では準々決勝で[[福見友子]]と対戦して、先に有効2つを取りながら終盤に[[小内刈]]で逆転負けを喫して7位に終わった。2011年の[[2011年世界柔道選手権大会|世界選手権]]には出場しなかった。[[2012年ロンドンオリンピック|ロンドンオリンピック]]では準々決勝で福見に指導2で敗れると、3位決定戦でもベルギーの[[シャルリーヌ・ファンスニック]]に指導2で敗れて5位に終わり、前回に続くメダル獲得はならなかった<ref name="Biography"/>。2014年の[[2014年世界柔道選手権大会|世界選手権]]では決勝で[[近藤亜美]]に指導2で敗れたものの2位になった<ref>[http://www.worldjudoday.com/en/IJF-News-115-World-Championships-Chelyabinsk-2014-DAY-1-291.html World Championships, Chelyabinsk 2014]</ref>。2015年の[[2015年世界柔道選手権大会|世界選手権]]でも決勝まで進んで元世界チャンピオンの[[浅見八瑠奈]]と対戦すると、指導1を先取されながら後半指導2を取り返して逆転勝ちを果たして、2003年の[[2003年世界柔道選手権大会|世界選手権]]63kg級で優勝した[[ダニエラ・クルコウェル]]以来、アルゼンチンの選手として2人目の世界チャンピオンになった<ref>{{Cite web |url=http://www.intjudo.eu/News/cikk3585 |title=Championships 2015, Astana - DAY 1 |accessdate=2015年8月24日 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20150926150946/http://www.intjudo.eu/News/cikk3585 |archivedate=2015年9月26日 |deadlinkdate=2020年5月 }}</ref>。さらには世界選手権での優勝が評価されて、2015年のアルゼンチンにおける最優秀スポーツ選手にサッカーの[[リオネル・メッシ]]などを押しのけて選ばれた<ref>[http://www.clarin.com/deportes/Premios-Olimpia-Paula-Pareto-deportista_0_1490251457.html Premios Olimpia: Paula Pareto, la mejor deportista del 2015]</ref>。2016年の[[2016年リオデジャネイロオリンピックの柔道競技|リオデジャネイロオリンピック]]では準決勝で近藤を袖釣込腰の技ありで破ると、決勝でも韓国の[[鄭普涇]]を[[小内刈]]の技ありで破って金メダルを獲得した<ref>[http://www.ippon.org/oly2016.php Judo Olympic Games 2016]</ref>。2017年の[[2017年世界柔道選手権大会|世界選手権]]には出場しなかった<ref name="judobase"/>。2018年の[[2018年世界柔道選手権大会|世界選手権]]では準決勝でウクライナの[[ダリア・ビロディド]]に技ありで敗れるも3位になった<ref>[http://www.ippon.org/wc_sen2018.php World Judo Championships 2018]</ref>。2019年には[[グランドスラム・エカテリンブルグ2019|グランドスラム・エカテリンブルグ]]とパンナム選手権で優勝するも、[[グランプリ・モントリオール]]では自らより15歳若い[[古賀若菜]]に反則負けして3位だった<ref name="judobase"/>。


IJF世界ランキングは5466ポイント獲得で、4位(19/8/12現在)<ref>[https://www.ijf.org/wrl World ranking list]</ref>。
IJF世界ランキングは5466ポイント獲得で、4位(19/8/12現在)<ref>[https://www.ijf.org/wrl World ranking list]</ref>。
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==外部リンク==
==外部リンク==
* {{JudoInside|35243}}
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*[http://www.paulapareto.com/ Paula Pareto, Judo Argentino]
*[https://web.archive.org/web/20120107065231/http://www.paulapareto.com/ Paula Pareto, Judo Argentino]


{{柔道競技オリンピック金メダリスト女子超軽量級}}
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2020年5月29日 (金) 01:29時点における版

獲得メダル

パウラ・パレト
アルゼンチンの旗 アルゼンチン
柔道
オリンピック
2016 リオデジャネイロ 48kg級
2008 北京 48kg級
世界柔道選手権
2015 アスタナ 48kg級
2014 チェリャビンスク 48kg級
2018 バクー 48kg級

パウラ・ベレン・パレトPaula Belén Pareto 1986年1月16日- )は、アルゼンチンブエノスアイレス州サン・フェルナンド出身の柔道選手。階級は48kg級。身長150cm[1][2]ブエノスアイレス大学医学部に入学すると[3]、2014年1月には医師の資格を得た[4]

人物

柔道は9歳の時に始めた。2008年の北京オリンピックでは準々決勝で谷亮子に指導1で敗れるが、その後の3位決定戦で北朝鮮のパク・オクソンを技ありで破って銅メダルを獲得した[1]。2010年の世界選手権では準々決勝で福見友子と対戦して、先に有効2つを取りながら終盤に小内刈で逆転負けを喫して7位に終わった。2011年の世界選手権には出場しなかった。ロンドンオリンピックでは準々決勝で福見に指導2で敗れると、3位決定戦でもベルギーのシャルリーヌ・ファンスニックに指導2で敗れて5位に終わり、前回に続くメダル獲得はならなかった[1]。2014年の世界選手権では決勝で近藤亜美に指導2で敗れたものの2位になった[5]。2015年の世界選手権でも決勝まで進んで元世界チャンピオンの浅見八瑠奈と対戦すると、指導1を先取されながら後半指導2を取り返して逆転勝ちを果たして、2003年の世界選手権63kg級で優勝したダニエラ・クルコウェル以来、アルゼンチンの選手として2人目の世界チャンピオンになった[6]。さらには世界選手権での優勝が評価されて、2015年のアルゼンチンにおける最優秀スポーツ選手にサッカーのリオネル・メッシなどを押しのけて選ばれた[7]。2016年のリオデジャネイロオリンピックでは準決勝で近藤を袖釣込腰の技ありで破ると、決勝でも韓国の鄭普涇小内刈の技ありで破って金メダルを獲得した[8]。2017年の世界選手権には出場しなかった[2]。2018年の世界選手権では準決勝でウクライナのダリア・ビロディドに技ありで敗れるも3位になった[9]。2019年にはグランドスラム・エカテリンブルグとパンナム選手権で優勝するも、グランプリ・モントリオールでは自らより15歳若い古賀若菜に反則負けして3位だった[2]

IJF世界ランキングは5466ポイント獲得で、4位(19/8/12現在)[10]

主な戦績

(出典[2]JudoInside.com)。

脚注

外部リンク