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「ウォルト・ディズニー・レコード」の版間の差分

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m 日本: コロムビア以前の配給の話。
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== 日本 ==
== 日本 ==
日本では1960年代[[日本コロムビア]]とライセンス契約を結び、1962年12月からディズニー楽曲の[[日本語]]盤の発売を開始<ref name=yomi621107>「娯楽 ディズニー・レコード 日本語盤が登場」『[[読売新聞]]』1962年11月7日付夕刊、7面。</ref>。日本コロムビアにおける日本語盤の第1回作品は『[[101匹わんちゃん|101匹わんちゃん大行進]]』『[[バンビ (映画)|バンビ]]』『[[三匹の子ぶた (1933年の映画)|三匹の子ぶた]]』『[[眠れる森の美女 (1959年の映画)|眠れる森の美女]]』の4タイトルだった<ref name=yomi621107 />。1970年からは[[キングレコード]]とライセンス契約を結び<ref name=yomi700708>「ディズニーの漫画映画 日本語でLPに」『読売新聞』1970年7月8日付夕刊、9面。</ref>、キングレコードにおける日本語盤の第1回作品は『101匹わんちゃん大行進』『[[白雪姫 (1937年の映画)|白雪姫]]』『[[シンデレラ (1950年の映画)|シンデレラ]]』の3タイトルだった<ref name=yomi700708 />。1980年には再び日本コロムビアとライセンス契約を結び、同年12月10日から音楽ソフトの販売を開始した<ref>「日本コロムビア、米社の販売権取得しディズニーレコード発売へ──子供向け拡充図る」『[[日経産業新聞]]』1980年12月1日付、4頁。</ref>。1990年代前半から1999年の初夏まで[[ポニーキャニオン]]、1999年の夏から[[エイベックス・エンタテインメント]](品番はAVCW)がそれぞれライセンス契約を結んでいたが、世界販売網共通化に伴い、2018年6月25日に、[[ユニバーサルミュージック (日本)|ユニバーサルミュージック]]と新たにライセンス契約を結び、同年10月1日以降音楽ソフトの販売を開始、音楽配信の権利を同社に移行した<ref>[https://www.universal-music.co.jp/press-releases/2018-06-25/ ウォルト・ディズニー・レコーズの日本国内における独占ライセンス契約を締結]、ユニバーサルミュージック、2018年6月25日。</ref><ref>但し、ディズニー声の王子様シリーズに限り、詳細は不明だが、[[エイベックス・ピクチャーズ]]が担当する。</ref>(品番はUWCD)。ロシア/CISでは[[ワーナー・ミュージック・グループ]]がライセンス契約を担当していたが、2019年現在音楽配信のみ行われており、[[ユニバーサル ミュージック グループ]]が管理をしている。
日本では1960年に日本ウエストミンスターが配給を開始したが、1962年<ref>日本ウエストミンスターが1955年に創業した際の設立発起人表だった長沼弘毅が日本コロムビアに入社し、代表取締役会長に就任した直後の出来事である。</ref> に[[日本コロムビア]]とライセンス契約を結び、年12月からディズニー楽曲の[[日本語]]盤の発売を開始<ref name=yomi621107>「娯楽 ディズニー・レコード 日本語盤が登場」『[[読売新聞]]』1962年11月7日付夕刊、7面。</ref>。日本コロムビアにおける日本語盤の第1回作品は『[[101匹わんちゃん|101匹わんちゃん大行進]]』『[[バンビ (映画)|バンビ]]』『[[三匹の子ぶた (1933年の映画)|三匹の子ぶた]]』『[[眠れる森の美女 (1959年の映画)|眠れる森の美女]]』の4タイトルだった<ref name=yomi621107 />。1970年からは[[キングレコード]]とライセンス契約を結び<ref name=yomi700708>「ディズニーの漫画映画 日本語でLPに」『読売新聞』1970年7月8日付夕刊、9面。</ref>、キングレコードにおける日本語盤の第1回作品は『101匹わんちゃん大行進』『[[白雪姫 (1937年の映画)|白雪姫]]』『[[シンデレラ (1950年の映画)|シンデレラ]]』の3タイトルだった<ref name=yomi700708 />。1980年には再び日本コロムビアとライセンス契約を結び、同年12月10日から音楽ソフトの販売を開始した<ref>「日本コロムビア、米社の販売権取得しディズニーレコード発売へ──子供向け拡充図る」『[[日経産業新聞]]』1980年12月1日付、4頁。</ref>。1990年代前半から1999年の初夏まで[[ポニーキャニオン]]、1999年の夏から[[エイベックス・エンタテインメント]](品番はAVCW)がそれぞれライセンス契約を結んでいたが、世界販売網共通化に伴い、2018年6月25日に、[[ユニバーサルミュージック (日本)|ユニバーサルミュージック]]と新たにライセンス契約を結び、同年10月1日以降音楽ソフトの販売を開始、音楽配信の権利を同社に移行した<ref>[https://www.universal-music.co.jp/press-releases/2018-06-25/ ウォルト・ディズニー・レコーズの日本国内における独占ライセンス契約を締結]、ユニバーサルミュージック、2018年6月25日。</ref><ref>但し、ディズニー声の王子様シリーズに限り、詳細は不明だが、[[エイベックス・ピクチャーズ]]が担当する。</ref>(品番はUWCD)。ロシア/CISでは[[ワーナー・ミュージック・グループ]]がライセンス契約を担当していたが、2019年現在音楽配信のみ行われており、[[ユニバーサル ミュージック グループ]]が管理をしている。


== 契約アーティスト ==
== 契約アーティスト ==

2023年5月9日 (火) 05:18時点における版

ディズニー・ミュージック・グループ > ウォルト・ディズニー・レコード
ウォルト・ディズニー・レコード
親会社ディズニー・ミュージック・グループ
ディズニー・プラットフォーム・ディストリビューション
設立1956年2月4日
設立者ロイ・O・ディズニー
Jimmy Johnson
ウォルト・ディズニー
販売元ユニバーサル・ミュージック・ディストリビューション英語版
(Worldwide)[1][2]
ジャンルポップ
カントリー
サウンドトラック
アニメソング
United States
本社所在地500 S. Buena Vista Street,
Burbank, CA
公式サイトmusic.disney.com

ウォルト・ディズニー・レコード(Walt Disney Records)は、米国ウォルト・ディズニー・カンパニーのレコード会社ディズニー・ミュージック・グループのレーベル。旧名はディズニーランド・レコード(Disneyland Records)[3]日本での発売・販売元はユニバーサル ミュージック合同会社

歴史

ディズニーランド・レコード

1956年2月4日、ウォルト・ディズニー・プロダクションのレコード部門として、ジミー・ジョンソンを社長に迎え、ディズニーランド・レコードとして設立された[3]。ジョンソンはこの新会社のアーティストとレパートリー部門の責任者として音楽家のトゥッティ・カマラタを招いた。「ディズニーランド」印の10インチLPは、その数ヶ月前に「子供の詩の園」のミュージカル版が発売されていたが、これは音楽出版社チャールズ・ハンセンによって販売されていた。このレーベルが最初に制作、製造、販売、流通させたディズニーランド・レコードは、ウォルトが自分のレコード会社のために特別に録音した唯一のアルバム「Walt Disney Takes You to Disneyland」であった[4]。また、この最初の年には、7枚のディズニーのアニメーション映画のサウンドトラックが同社から発売された[5]

ディズニーランド・レコードは、創業から1年以内に映画『幌馬車隊西へ!』からパーカーのシングル「Wringle Wrangle」を発売し、このシングルはヒットとなった。これがきっかけとなり、同社は映画以外の音楽の録音を開始することになる。しかし、同社から発売されたものは、業界では子供向けと分類されていた。しかし、同社から発売されるものは、業界では子供向けとされていた。価格設定は、子供向けというより、大人向けであった。唯一社外で成功したのは、カマラータのアルバム「トゥッティのトランペット」であった。こうして1959年、ディズニーランド・レーベルはサウンドトラックと子供向けレーベルとなり、ブエナ・ビスタ・レーベルはときどきポップソングのレコードを出すようになった[5]

カマラタは、「白雪姫」、「バンビ」、「シンデレラ」などのディズニーの名曲をジャズでアレンジしたアルバムや、オリジナルのコンセプトアルバムなど、本格的な音楽のレーベルとしてスタートし、サウンドトラックのフォーマットも歌だけでなく、曲の一部分も収録するようになった[6]。トゥッティの音楽業界におけるコネクションは、メアリー・マーティン、ルイ・アームストロングルイ・プリマ、フィル・ハリスといったアーティストを同レーベルに招き入れた。人気のあるマウスケティアのアネット・ファニセロが『ミッキーマウス・クラブ』のテレビシリーズで「How Will I Know My Love」という曲を歌った後、ファンからスタジオに連絡があり、このレコードはマイナーヒットとなった。これをきっかけに、カマラタ、ジョンソン、ウォルト・ディズニーは、レーベル初のアーティスト・イン・レジデンスとしてアネットのキャリアを後押しすることになった。1959年、ブエナ・ビスタ・レコードは、フニセロの選りすぐりの録音物、サウンドトラック・アルバム、その他現代のオーディオマニア音楽のために結成されたレーベルである[7]

アネットにふさわしい曲を探していたトゥッティたちは、ラジオから流れてきたリチャード・M・シャーマンとロバート・B・シャーマンの曲を聴いて、二人の作曲家コンビを発見した。シャーマン兄弟とハリウッドにあるサンセットサウンドの2人の技術者の参加を得て、カマラタは「アネットサウンド」と呼ばれる、アネットの声を強調するための特殊な多重録音を作り上げ、これが業界の標準となったのである。シャーマン兄弟はアネットの歌を数多く手がけただけでなく、1960年代以降のディズニーを代表する歌のほとんどを担当した。テーマパークの「小さな世界」「チキ・チキ・チキルーム」、そして「メリー・ポピンズ」「プーさんとはちみつ」「ジャングル・ブック」「プーさんと大あらし」「ベッドかざりとほうき」の歌などである。

1960年、カマラタはスタッフを離れ、ロイ・O・ディズニーの提案で、ディズニーとブエナビスタのレコードのほとんどを録音、ミキシング、エンジニアリング、カット、マスタリングする総合レコーディングスタジオ、ロサンゼルスのランドマーク、サンセットサウンドを設立した。事実上、彼は70年代初めまでディズニーと関わりを持っていた。ディズニーランド・レコードは1965年に、歌手兼俳優のロビ・レスター・パフォーマーがレーベルの歴史の中で最も多くのタイトルに出演して、読み聞かせのシリーズを開始した。[1]

1971年には、ディズニーランド・レコードは、ディズニーランド/ビスタ・レコードとも呼ばれるようになった[5]。また、『子供の詩の園』もまだラインアップされていた。ランキン/ベースはディズニーランド/ビスタに1977年のアニメ映画『ホビットの冒険』に関連した6枚のレコードを発売させた。ランキン/ベースはディズニーランド/ビスタに、それ以前のホリデースペシャルである『Frosty's Winter Wonderland 』と『Twas the Night Before Christmas』のサウンドトラックを提供した[8][9]

同社は「ミッキーマウス・ディスコ」のアルバムで大成功し、ディズニーランドは1980年10月までにポップミュージックに再び進出することを検討した。その成功はまた、アルバムの曲を基にした劇場用短編アニメーションの発行にもつながった。そのようなオリジナル作品は、ウィリオとフィリオ(ウィル・ライアンとフィル・バロン)のコメディ歌手のチームが登場する「That Waddlin' Crazy Guy」と「Pardners」の2作品であった[10]

ウォルト・ディズニー・レコード

1989年、ディズニーランド・レコードはウォルト・ディズニー・レコードと改名された。

1990年頃、ウォルト・ディズニー・レコードはパラシュート・エクスプレスやノーマン・フートといった若者をターゲットにしたアーティストと契約を結んだ。しかし、ディズニーの方針が長編アニメーション映画の支援、カタログを活用した本やテープのパッケージやコンピレーションの制作に変更されたため、これらのアーティストは数年後に移籍した[11]

2000年5月、ウォルト・ディズニー・レコードはレーベル初のティーン歌手、マイラと契約し、彼女のレーベルでの最初のシングル「マジック・カーペット・ライド」は、アルバム「ラ・ヴィダ・ミッキー」の一部として2000年5月23日にリリースされた[12]

2014年6月24日、ウォルト・ディズニー・レコードは『レガシー・コレクション』の発売を開始した。このシリーズには、オリジナルのサウンドトラックのほか、未発表の音源や 作曲家、プロデューサーの解説書も同梱している。このコレクションには、様々なディズニー映画やディズニーランドの様々な記念日の間にある14枚のアルバムが含まれている[13]

2012年12月21日のディズニーによるルーカスフィルムの買収に伴い、2015年12月18日の『フォースの覚醒』サウンドトラックから、同スタジオおよびスター・ウォーズ関連のすべてのサウンドトラックを扱う公式レーベルとなった。2017年1月、ディズニーはソニー・クラシカルからスター・ウォーズの全音楽カタログの配信権を取得し、その後、第1作から第6作までのサウンドトラック・アルバムがウォルト・ディズニー・レコードから同日にデジタル配信で開始された[14][15]。ディズニーは2018年5月4日、『スター・ウォーズ』のオリジナル・サウンドトラック・アルバムをデジタル・リマスターし、CDとして再発売した[16]

日本

日本では1960年に日本ウエストミンスターが配給を開始したが、1962年[17]日本コロムビアとライセンス契約を結び、同年12月からディズニー楽曲の日本語盤の発売を開始[18]。日本コロムビアにおける日本語盤の第1回作品は『101匹わんちゃん大行進』『バンビ』『三匹の子ぶた』『眠れる森の美女』の4タイトルだった[18]。1970年からはキングレコードとライセンス契約を結び[19]、キングレコードにおける日本語盤の第1回作品は『101匹わんちゃん大行進』『白雪姫』『シンデレラ』の3タイトルだった[19]。1980年には再び日本コロムビアとライセンス契約を結び、同年12月10日から音楽ソフトの販売を開始した[20]。1990年代前半から1999年の初夏までポニーキャニオン、1999年の夏からエイベックス・エンタテインメント(品番はAVCW)がそれぞれライセンス契約を結んでいたが、世界販売網共通化に伴い、2018年6月25日に、ユニバーサルミュージックと新たにライセンス契約を結び、同年10月1日以降音楽ソフトの販売を開始、音楽配信の権利を同社に移行した[21][22](品番はUWCD)。ロシア/CISではワーナー・ミュージック・グループがライセンス契約を担当していたが、2019年現在音楽配信のみ行われており、ユニバーサル ミュージック グループが管理をしている。

契約アーティスト

現在