嵐 (グループ)/log20200717
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嵐 | |
---|---|
別名 |
アラシ ARASHI |
出身地 | 日本 |
ジャンル | J-POP |
活動期間 | 1999年 - |
レーベル | ジェイ・ストーム |
事務所 | ジャニーズ事務所 |
メンバー |
大野智 櫻井翔 相葉雅紀 二宮和也 松本潤 |
嵐(あらし)は、日本の男性アイドルグループ。所属する芸能事務所はジャニーズ事務所、レコードレーベルはジェイ・ストーム。
概要
1999年、ジャニーズJr.内で人気の高かった人物から選出され結成された男性アイドル歌手グループ。同年9月15日 デビュー記者会見を行い、11月3日 「A・RA・SHI」でCDデビューを果たす。
グループ結成、およびCDデビューは、当人たちには十分に知らされないまま進められたもので、結成会見までほとんど話したことのないメンバーがいるほど唐突の出来事であり、嵐というグループとしての持ち味はもちろん、結束もCDデビューと並行して図らなければならなかった。 結成時から各メンバーの知名度、人気は高かったが、結成後しばらくの間はジャニーズJr.活動の場を同じくすることが多く、その人気もJr.の延長であったことは否めない。 2002年よりメンバーのソロ活動(『木更津キャッツアイ』、『ごくせん』など)が充実しはじめたことをきっかけに、もうジャニーズJr.ではない、ひとつのアイドルグループ嵐としての人気が定着。 音楽活動、テレビドラマ、映画、バラエティ番組などメンバー各人がそれぞれの個性を活かしながら活動を行なっている。
メンバー
- 大野智(おおの さとし 1980年11月26日- A型 東京都出身)嵐のリーダー・メインボーカル
- 櫻井翔(さくらい しょう 1982年1月25日- A型 東京都出身)ラップ担当
- 相葉雅紀(あいば まさき 1982年12月24日- AB型 千葉県出身)
- 二宮和也(にのみや かずなり 1983年6月17日- A型 東京都出身)
- 松本潤(まつもと じゅん 1983年8月30日- A型 東京都出身)
年譜
- 嵐の結成、およびCDデビューが発表された。
- 1999年11月3日 「A・RA・SHI」でCDデビュー
- 前々日に行われた握手会には約8万人のファンが殺到し話題になった。
- デビューCD「A・RA・SHI」は結成後2ヵ月で発売されたにもかかわらず、初回出荷枚数は36万枚(曲が決定する以前から発売が決まった時点で枚数は決定していた)、発売1週間の初動売上は約56万枚(オリコン調べ、デビューCDとしては当時歴代1位)、累計売上約97万枚。
- 2000年4月6日 初めてのコンサートツアー「嵐 FIRST CONCERT 2000」を開催
- 2001年10月3日 初めての冠番組「真夜中の嵐」が放送開始
- 2001年11月7日 所属レコード会社をポニーキャニオンからジェイ・ストームへ移籍
- ポニーキャニオンから発売されたCDはすべて廃盤となったため、翌年5月16日、ポニーキャニオン在籍時のシングル曲を収めた「嵐 Single Collection 1999-2001」が発売されている。
- 2002年3月 相葉雅紀が肺気胸のため入院し、4人で活動する
- 映画「ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY」で復帰
- 2002年10月18日 メンバー5人全員での初主演映画「ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY」が公開
- 主題歌、挿入歌も担当
- 2004年3月1日 初主演映画の続編「ピカ☆☆ンチ LIFE IS HARDだからHAPPY」が公開
- 前作同様主題歌、挿入歌共に担当
- 2004年8月21日、8月22日 「24時間テレビ 「愛は地球を救う」」第27代メインパーソナリティを務める
- 大野智がTシャツのデザインを手がける。
- 番組終盤には相葉雅紀がメンバーへの手紙を読み上げ、メンバー全員の涙をさそった。
- 4月25日に帰国するまで、4人での活動に。
- 2006年7月31日 キャンペーン「JET STORM」でタイ王国、台湾、韓国の3ヶ国をわずか1日で回り、アジア進出を大々的にPR
- 2006年9月16日、9月17日 台北市でコンサートを開催
- 2006年11月11日、11月12日 ソウル特別市でコンサートを開催
- 2007年4月4日 3本目の主演映画「黄色い涙」が公開
- 2007年4月29日 東京ドームで初の単独公演を開催、約5万5000人を動員する
- 2007年 「Happiness」が9月度の月間シングルランキングで1位を獲得し、グループ初の月間1位を果たす
- 2007年 オリコンの年間シングルランキングで「Love so sweet」が4位になり、グループ初の年間トップ10入りを果たす
- 2008年 SMAP、KinKi Kidsに続き、五大ドームツアーを行う
- 6月1日 名古屋ドームのリハーサル内で櫻井が舞台から転落。全治1カ月の右手の骨折と足の捻挫となり、当日のライブでは踊らず立って歌い、自由の利く左手で観客を盛り上げた。
- 東京公演は、単独アーティストとしては3組目となる国立競技場での開催が予定されている。
エピソード
グループ名の由来
- 嵐というグループ名は、「世界中に嵐を巻き起こす」「芸能界に嵐を巻き起こす」という意味のほか、頭文字が五十音でも最初の“あ”、アルファベットでも最初の“A”であり、「頂点に立つ」という意味が込められている。そして、トップに立つという意味も込められている。
- 他には「?」(クエッションズ)などの候補があった。しかし、嵐は番組の中でクエスチョンズ(後に単数形ではあるが後輩のバンド名に)よりも嵐のほうが良いと言っていた。
結成まで
- 大野は当時Musical Academyのメンバーだったが、Jr.のレコーディングの手伝いをしてほしいと頼まれ承諾。大野はそれまでに2度、事務所に辞意を伝えていた為、デビューの話を持ち出して大野に逃げられる事を恐れた事務所側に騙される形で、9月初頭にレコーディングを行なっている。その際、ラップも歌っており、「メロとラップ、どっちがいい?」と聞かれ、「メロ」と答えた為メロディ担当となった。嵐のメインボーカル。
- 櫻井は当時、嵐を一時的な物と考えており、『1999年ワールドカップバレーボール』のイメージキャラクターとしての仕事が終われば、ユニットは解散してまたJr.に戻るものと思っていた為、メンバー入りを引き受けた。
- 櫻井、二宮、松本は夏前からレコーディングや振り付けを行っていたが、CDデビューすることは知らされていなかった(当時、ジャニーズJr.にはCDデビューには至らない数々のユニットが存在した)。
- メンバー5人が初めて揃ったのは、デビュー記者会見を行うハワイ州に渡る3日前。一度4人で集められた所に、二宮といつも一緒にいた相葉が居ないのを見て、社長が二宮、松本に「YOU達なんで相葉ちゃん入れてあげないんだよ」と問い詰め、社長がその場で相葉に「パスポートを持っているか」と電話をし、「持っている」と返事をし、相葉の嵐加入が決定した。
- ハワイ州には各自別々に行き、ハワイ州に着いて5人揃ってからデビューすることを聞かされた。
- 後に雑誌「H」のインタビューで、「もともと櫻井、二宮、松本の3人でグループを結成する予定だったが、『相葉と大野も加入させたほうがいい』と3人で提案し、5人のグループになった」と答えている。
リーダー
- 大野が嵐のリーダーに決まったのは、1999年11月2日に放送されたテレビ番組「少年隊夢」内でのこと。それまでは大野がダンスリーダー、櫻井が勉強リーダー、相葉はアイドルリーダー、二宮が芝居リーダー、松本がお笑いリーダーと分担制だった。
特徴
- デビュー当時、グループ内の年齢差が3歳以内というのはジャニーズ事務所でもめずらしかった。
- 庶民的な雰囲気と面白さで今の位置を維持している。
- アイドルらしくない趣味を有していることを自覚している。アンダーグラウンド、アキバ系、文化系、マイナー、シュールなどと自称。
- テレビ番組やコンサートのMCでの自由奔放なトークや動きは時として破壊的な笑いを生む。自分達の冠番組では度々お笑い芸人をゲストに迎えているが、逆にお笑い芸人の方があまりの面白さに驚くことがある。
- アイドルの枠を超えたキャラの濃さと嵐独特のうだうだなノリが売りである。
仲が良い
- メンバー同士で誕生日プレゼントを渡している。また海外に行った折には、お互いに土産を買って帰っている。
- メンバーでカラオケに行くこともある。その際は「嵐愛」として自分達の歌を歌い、全員で改めて「良い歌だね」と確認し合うこともある。
- プライベートで旅行をしたことがある。
- 喧嘩をしたことがなく、休憩スペースが広くても五人で片隅に集まり雑談をしていることが多いという。
- メンバー5人とジェイ・ストームのスタッフでフットサルのチームを組んでいる。ユニフォームも作った。
音楽活動
- タイアップについてはジャニーズ タイアップ一覧を参照
- 大野が振付けた曲については大野智(音楽活動)を参照
シングル
- A・RA・SHI (1999年11月3日)
- SUNRISE日本 / HORIZON (2000年4月5日)
- 台風ジェネレーション -Typhoon Generation- (2000年7月12日)
- 感謝カンゲキ雨嵐 (2000年11月8日)
- 君のために僕がいる (2001年4月18日)
- 時代 (2001年8月1日)
- a Day in Our Life (2002年2月6日)
- ナイスな心意気 (2002年4月17日)
- PIKA☆NCHI (2002年10月17日)
- とまどいながら (2003年2月13日)
- ハダシの未来 / 言葉より大切なもの(2003年9月3日)
- PIKA★★NCHI DOUBLE (2004年2月18日)
- 瞳の中のGalaxy / Hero (2004年8月18日)
- サクラ咲ケ (2005年3月23日)
- WISH (2005年11月16日)
- きっと大丈夫 (2006年5月17日)
- アオゾラペダル (2006年8月2日)
- Love so sweet (2007年2月21日)
- We can make it! (2007年5月2日)
- Happiness (2007年9月5日)
- Step and Go (2008年2月20日)
- One Love (2008年6月25日)
アルバム
オリジナルアルバム
- ARASHI No.1 ~嵐は嵐を呼ぶ~ (2001年1月24日)
- HERE WE GO! (2002年7月17日)
- How's it going? (2003年7月9日)
- いざッ、Now (2004年7月21日)
- One (2005年8月3日)
- ARASHIC (2006年7月5日)
- Time (2007年7月11日)
- Dream "A" live (2008年4月23日)
ベストアルバム
サウンドトラック
- ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY THE ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK (2002年10月30日)
- 黄色い涙 オリジナル・サウンドトラック (2007年4月4日)
コンサート
2000年
2001年
- ARASHI SPRING CONCERT 2001 〜嵐が春の嵐を呼ぶコンサート〜 (3月25日 - 4月30日)
2002年
- 8月18日は「嵐と一緒に犬のキモチになってみたりしてワンワン ワワワワン 特別公演」として開催。
- 大野と二宮のユニット「大宮SK」が初登場。
2003年
- 2001年に中止となった松山公演を、2年越しの実現を果たした。
- WINTER CONCERT 2003-2004 〜LIVE IS HARD だから HAPPY〜 (12月28日 - 2004年1月12日)
- 1月5日は「日テレプレゼンツ Dの嵐!スペシャルライブ 一回限りのドキ・Doki・ドキュメント!!」として開催。
2004年
- 2004 Dの嵐!Presents 嵐!いざッ、Now Tour!! (7月27日 - 8月31日)
2005年
2006年
- 嵐 SUMMER TOUR 2006 “ARASHIC ARACHIC ARASICK Cool&Soul” (7月9日 - 8月31日)
- ARASHI FIRST CONCERT 2006 in Taipei〜久等了!嵐來了!〜 (9月16日、9月17日)
- ARASHI FIRST CONCERT 2006 in Seoul 〜You are my 서울 SOUL〜 (11月11日、11月12日)
- 台湾公演、韓国公演ともにチケットは完売、それぞれ約2万人、約1万6000人を動員した。
- 韓国での単独公演は、ジャニーズ事務所内で初めてである。
- 10月7日にはバンコクの「日タイ修好120周年記念プレイベント」に出演する予定だったが、9月19日に発生したクーデターのため中止になった。
2007年
- 冬に行なわれた凱旋記念公演の追加公演。大阪ドーム、東京ドームで開催。「アラウンド・アジア・プラス・イン・ドーム」と読む。ファンの間では通称「AAA+」と呼ばれている。嵐としては初のドーム公演となった。
- 当初、追加公演として他会場同様、9月22日・23日に横浜アリーナ公演が決定していたが、再追加公演として9月23日・24日に京セラドーム大阪、及び10月7日・8日東京ドーム公演が決定したため、2公演が中止・振替となった。
2008年
- ARASHI Marks2008 Dream-A-live(5月16日 - 7月6日)
- 初の全国5大ドームツアー。
- 全10公演を展開し、44万人の動員を見込んでいる。
- arashi marks ARASHI AROUND ASIA 2008
- 二度目のアジアツアー
コンサート関連 DVD / VHS
- スッピンアラシ (2000年6月28日)
- ALL or NOTHING (2002年6月12日)
- How's it going? SUMMER CONCERT 2003 (2003年12月17日)
- 2004 嵐!いざッ、Now Tour!! (2005年1月1日)
- ARASHI AROUND ASIA Thailand-Taiwan-Korea (2007年5月23日)
- ARASHI AROUND ASIA+ in DOME (2007年10月17日)
- SUMMER TOUR 2007 FINAL Time -コトバノチカラ- (2008年4月16日)
出演
メンバー個人の出演については、それぞれ大野智、櫻井翔、相葉雅紀、二宮和也、松本潤を参照
テレビ
- NHK衛星第2テレビジョン
- ミュージック・ジャンプ (1999年 - 2000年3月26日)
- 日本テレビ
- 錦織&嵐! はじめてのN.Y.豪華夢の秘ツアー (2000年11月26日)
- 真夜中の嵐 (2001年10月3日 - 2002年6月26日)
- Cの嵐! (2002年7月3日 - 2003年6月25日)
- Dの嵐! (2003年7月2日 - 2005年9月28日)
- 朝なのにDの嵐! (2004年4月3日)
- 24時間テレビ27 「愛は地球を救う」〜あなたの夢はみんなの夢〜 (2004年8月21日 - 8月22日) :チャリティーパーソナリティー
- オーストラリア大陸縦断!激闘3000キロ ウルトラストロングゲーム (2005年3月30日)
- Gの嵐! (2005年10月5日 - 2006年9月27日)
- 驚きの嵐!世紀の実験 学者も予測不可能SP (2006年9月26日)
- 嵐の宿題くん (2006年10月2日 - )
- 驚きの嵐!世紀の実験 学者も予測不可能SP2 (2007年3月23日)
- 驚きの嵐!世紀の実験 学者も予測不可能SP3 (2007年10月11日)
- 驚きの嵐!世紀の実験 学者も予測不可能SP4 (2008年4月6日)
- 24時間テレビ31 「愛は地球を救う」 『誓い~一番大切な約束』(2008年8月30日 - 31日) :チャリティーパーソナリティー
- TBS
- ガキバラ帝国2000! (2000年4月15日 - 12月16日)
- ガキバラ! (2001年1月15日 - 3月10日)
- USO!?ジャパン (2001年4月14日 - 2003年9月13日)
- 探険! ホムンクルス 〜脳と体のミステリー〜 (2003年10月11日 - 2004年9月18日)
- 2007史上最大スポーツ大感謝フェスティバル超一流アスリート一挙大集合スペシャル!! (2007年12月25日)
- ひみつのアラシちゃん! (2008年4月10日 - )
- 花より男子 特別編 (2008年6月27日)
- フジテレビ
- Vの嵐 (1999年10月11日 - 10月29日)
- 嵐のV1 (1999年10月30日 - 11月27日)
- ワールドカップバレーボール'99直前 タモリの応援団長なんてやるもんじゃないスペシャル (1999年10月31日)
- めざましテレビ (1999年11月2日 - 12月2日)
- 「嵐がおとどけするワールドカップバレー」にコーナー出演
- ワールドカウントダウンスーパースペシャル24時間まるごとライブLOVE LOVE2000〜世界中の子供たちに僕らが愛でできること (1999年12月31日 - 1月1日)
- 嵐のなりきりバラエティー 犬のキモチになってみましたワン! (2002年1月4日)
- こちら葛飾区亀有公園前派出所 (2002年4月14日)
- 本人役で出演。番組エンディングテーマ「ナイスな心意気」を紹介した。
映画
- ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY (2002年)
- ピカ☆☆ンチ LIFE IS HARDだからHAPPY (2004年)
- 黄色い涙 (2007年)
ラジオ
- ニッポン放送
- 当時18歳以下だった松本のみ録音
- 「知ってる?ストーリー」コーナーでラジオドラマ「How's it going?ストーリーズ」を放送。
- 嵐のオールナイトニッポン(2007年4月25日)
- 相葉、二宮、松本はコメント出演
- エフエム東京
- 嵐音(2000年4月3日 - 2002年9月30日)
- 全国FM放送協議会
CM
- ブルボン プチ (2000年 - 2002年)
- マクドナルド (2001年)
- 森永乳業 エスキモーPino (2002年 - 2003年)
- ハワイ州 STAND UP HAWAII!! キャンペーン (2002年)
- 日本コカ・コーラ コカ・コーラ (2003年)
- ハウス食品 オーザック (2003年 - 2005年)
- パルコ グランバザール (2004年)
- ハウスウェルネスフーズ C1000 ビタミンレモン、ビタミンゼリー、レモンウォーター (2006年 - 2007年)
- ハウス食品 とんがりコーン (2007年 - 2008年)
- au(KDDI) 2008年度イメージキャラクター「auの庭で。」 (2008年)
イベント
1999年
- 嵐デビュー記者会見 (9月15日)
- 1999年ワールドカップバレーボール イメージキャラクター発表記者会見 (10月4日)
- ジャニーズJr.特急<10・9>投球<10・9>コンサート10月9日東京ドームに大集合! (10月9日)
- ジャニーズ大運動会 (10月10日)
- 1999年ワールドカップバレーボール (11月2日 - 12月2日)
- デビューイベント“嵐”大集会 (11月3日、11月28日)
- 国立代々木競技場内の特設テントで行われた3日は約8万人を動員
2000年
- 第31回全国高等学校バレーボール選抜優勝大会 (3月20日 - 3月26日)
- ビデオコンサート (7月15日 - 7月23日)
- フジテレビイベント「お台場どっと混む!〜o-daiba.com〜」 (7月20日、8月8日)
- 生ライブを開催
- ジャニーズ大運動会 (10月8日)
- 嵐 FIRST ANNIVERSARY コンベンション (11月1日)
- ディズニーアンバサダーホテルよりラジオ公開生放送(「EMOTIONAL BEAT」エフエム東京)
- J-FRIENDS COUNTDOWN FROM TOKYO (12月31日)
- 18歳以上であった大野、櫻井、相葉のみ出演
2001年
- 第32回全国高等学校バレーボール選抜優勝大会開会式 (3月20日)
- 「時代」新曲発表会 (7月8日)
- Arashi Dreamy(9月9日)
- ジャニーズ大運動会 (10月7日)
- Vivaメントレ兄弟presents J-FRIENDS COUNTDOWN in TOKYO DOME (12月31日)
2002年
- 第33回全国高等学校バレーボール選抜優勝大会開会式 (3月20日)
- ARASHI ファンツアー イン ハワイ (3月30日、3月31日)
- ハワイ州「STAND UP HAWAII!!」キャンペーンのイベント
- アラシ株式会社入社式 (4月16日)
- 「ナイスな心意気」のプロモーション。東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)の入社式に「アラシ株式会社」の社員として登場。大野は企画部、櫻井は事業部、相葉は広報部、二宮は営業部、松本は総務部に配属された。
- pinoスーパードッジボール大会 (9月15日)
- エスキモーPino(森永乳業)嵐が当たるキャンペーンのイベント
- ジャニーズ大運動会 (10月13日)
- J-FRIENDS カウントダウンコンサート (12月31日)
2003年
- 第34回全国高等学校バレーボール選抜優勝大会 (3月20日 - 3月26日)
- エスキモーPino「ピノ学園」開校 (9月2日)
- 「ハダシの未来/言葉より大切なもの」発売記念握手会 (9月6日)
- How's it going?キャンペーン 呼ばれて飛び出て嵐ジャン!!!フィルム・フェスタ2003 (9月14日 - 10月5日)
- ジャニーズ 体育の日ファン感謝祭 (10月12日)
- ジャニーズスターシップカウントダウン (12月31日)
2004年
- ジャニーズビッグサプライズカウントダウンライブ (12月31日)
2005年
- 「サクラ咲ケ」発売記念イベント (3月24日)
- 「WISH」発売記念握手会 (11月20日)
- 見なきゃソンSONG「PRIDEかけてジャニーズ歌合戦」 (12月31日)
2006年
- 「ARASHIC」発売記念 巨大地球儀記者発表会 (7月7日)
- JET STORM (7月31日)
- 「JET STORM」(ジェットストーム)とはプライベートジェット機の名前。「JET STORM」に乗ってタイ王国、台湾、大韓民国を1日で回り、アジア進出のPRを行った。
- この日はコンサートツアー中だったため、大阪公演(1日3回公演)を終えた翌日、午前1時30分に東京国際空港を出発、午前8時(日本時間)にバンコク、午後3時(日本時間)に台北市、午後8時(日本時間)にソウル特別市とめぐった。
- 総移動距離は約1万km、1日にかかった費用は約1億円。
- C1000×嵐プレミアムイベント (9月4日、9月5日)
- 2006 ASIA SONG FESTIVAL (9月22日)
- 大韓民国、光州ワールドカップ競技場での音楽イベントに出演。観客は約5万人。
- ジャニーズカウントダウン2006-2007 (12月31日)
2007年
- C1000×嵐'07 プレミアムイベント (9月14日 Zepp Fukuoka、Zepp Tokyo-2回公演、9月15日 Zepp Osaka)
- 10年目だよ!見なきゃソンSONGジャニーズカウントダウン歌合戦 (12月31日)
- メイン司会を務めた。
雑誌
- RUN!嵐!RUN! (『週刊TVガイド』2001年10月)
- 嵐接近! (『週刊TVガイド』)
- 嵐接近!2 (『週刊TVガイド』)
- 嵐人 ARAJIN (『週刊TVガイド』)
- 月刊 嵐 (『月刊ザテレビジョン』)
- あらまし嵐 (『月刊Wink up』)
- 嵐 IZM (『duet』)
- 嵐の本日創刊!! (『SEVENTEEN』2002年10号 - 2005年24号)
- ARASHI STYLE (『TV LIFE』2004年 - )
- 嵐のセルフ・ポートレート (『H』2006年11月号 - 2007年3月号)
- デンゴンノアラシ (『SWITCH』2006年12月号 - 2007年5月号)
書籍
写真集
- 嵐04150515 (2002年10月4日、M.Co.)
- 主演映画「ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY」の写真集、岡本健一撮影
- ピカ☆☆ンチ AtoZ 嵐のピカンチダブルな日々 (2004年3月1日、M.Co.)
- 主演映画「ピカ☆☆ンチ LIFE IS HARDだからHAPPY」の写真集
- ARASHI AROUND ASIA (2007年1月11日、M.Co.)
- アジアツアーを追った写真集
- 黄色い涙 西暦一九六三年の嵐 (2007年4月4日、M.Co.)
- 主演映画「黄色い涙」の写真集、早船ケン撮影
- ARASHI IS ALIVE(2008年9月3日、集英社)
- 5大ドームツアーを追った写真集
単行本
- アラシゴト まるごと嵐の5年半 (2005年7月26日、集英社)
テレビ・映画関連 DVD / VHS
- Vの嵐 (2000年3月17日、ポニーキャニオン)
- ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY (2003年6月25日、ジェネオンエンタテインメント)
- メイキング オブ「ピカ☆☆ンチ」 (2004年2月18日、ジェネオンエンタテインメント)
- ピカ☆☆ンチ LIFE IS HARDだからHAPPY (2004年10月20日、ジェネオンエンタテインメント)
- C×D×G no ARASHI! (2006年11月1日、バップ)
- 黄色い涙〜より道のススメ〜 (2007年4月4日、ジェネオンエンタテインメント)
- 黄色い涙(2007年10月3日、ジェネオンエンタテインメント)
関連項目
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