塩の街
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『塩の街』(しおのまち、文庫版サブタイトル:wish on my precious)は有川浩によるライトノベル作品。第10回電撃ゲーム小説大賞受賞作。文庫のイラストは昭次。
概要
「塩害」によってすべてが塩で埋め尽くされようとした世界に住まう男と少女の物語。
ライトノベルとしては異例の「文庫からハードカバーになった作品」でもあり、出版社側は当初、ハードカバーとして出版することを望んでいたが、電撃小説大賞の大賞を受賞したがゆえに文庫として出さざるを得なくなってしまい、その後に大幅な改稿を行った後にハードカバー化されたという経緯がある。 そのため文庫とハードカバーで年齢などの設定が多少変わっており、文庫であった航空機のシーンがハードカバーでは存在しない。
注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。
あらすじ
塩害により塩に埋め尽くされ、社会が崩壊しかけた東京で暮らす秋庭と、真奈。2人の前を時に穏やかに、時に激しく人が行き過ぎる中で、2人の気持ちは徐々に変わりつつあった。
そして、2人の許へ訪れた1人の来客が秋庭と真奈、そして世界の運命を変えることとなる。
塩害について
ここでいう塩害とは一般的にいう塩害とは異なる。 この作品中での塩害は東京湾羽田空港沖に建設中の埋め立て用地基礎に落下した、巨大な塩化ナトリウムの結晶を視認したことにより人が感染・塩化し、死に至る病が広がっていることを指す。入江はこの巨大な結晶を「暗示性形質伝播物質」と呼び、紛れもない生物だと明言している。これに感染・塩化し、死に至った人間の亡骸である「塩の柱」もこの病の感染源となる。ただし直接的に塩を目視しない限り感染効果はなく、そのためテレビ等では塩害にはならない。 役所が機能を停止するまでに出された塩害による死亡届は延べ300万人分を超え、最低でも推定数百万人以上はいると言われている。入江がこの塩害は結晶を見ると伝染すると考えた理由の大きなものとして、この死亡者の中に視覚障害者が一人もいないという、確率的にありえない事態が起こっていたからであった。
この物語の舞台は結晶が落下した半年後と考えられる。この落下により真奈は両親を失い、また国家が臨時国会期間中だったこともあってか国会に登院しようとした議員・政府要人がことごとく被害にあい、内閣・各省庁も事実上の壊滅状態に陥る。関東圏の人口は3分の1に減り、海外でも塩害は広がり始めていた。
一時放送各局は報道合戦状態で華やかだったが、スポンサーが無くなるとともに採算の合わなくなった局から閉鎖、最終的にはNHKだけしか残らなかった。残ったNHKも放送局として機能せず、再放送だと疑われるニュースだけを延々と流すだけであった。
かろうじてラジオが機能しているかどうかというだけで、情報も入ってこない閉鎖された世界となっていた。
また警察などのシステムも機能せず、秋庭のように引き出し(技術や知識)を持たない俗に言う社会的弱者は、配給により食料を手に入れるくらいしか生活するすべがない。 生きるのが苦しい人は、誰も住んでいない家や学生などの弱者が住んでいる家、誰もいなくなった商店等を襲撃して食料を手に入れるようになり、治安は悪化を超えてまさに無秩序。生きることが狩る側と狩られる側の戦い無しでは不可能に近い時代と言える。 真奈も狩られる側となったが、そこで秋庭に助けられ暮らす場所を与えられた。
登場人物
主要人物
- 秋庭 高範(あきば たかのり)
- 元航空自衛隊二等空尉。航空自衛隊に所属していたが、世間と入江から行方をくらますためか新橋に住んでいる男。真奈が街で襲われているのを発見し「寝覚めが悪いから」と素っ気なく助けたところ、身寄りが無いことから仕方なく真奈の保護者となる。
- 一見荒っぽい人間に見えるが相当の照れ屋で、正義感の持ち主でもある。真奈いわく「人に優しくする時に素っ気なく、怒ったような態度をとる人」。また引き出し(技術や知識)を多く持ち、普段はそれで足りない生活資金を稼いでいる。配給もあるのであまり生活は苦しくないようだ。
- 航空戦競会三連覇という自衛隊での伝説的な過去を持つが、真奈は立川駐屯地でその話を聞くまで知らなかった。意外と潔癖な性格で、大規模テロ作戦に参加する時も自分の業績が原因で内閣軍閥化(自衛隊が政治の実権を握る状態)にならないよう、配慮を多々していた。
- 小笠原 真奈(おがさわら まな)
- 塩害により両親を失い、暴徒に襲われそうになったところを秋庭に助けられた普通の女子高校生。おとなしく目立たない外見だが、優しく一途でとても健気な少女。意外と決めたら頑固であり、秋庭が最終的にいつも折れる。また『その後』ではノブオに大人しやか(大人びた・落ち着いた)と評されていた。
- 芯が強くとても理性的な性格をしていて、物事をしっかりと捉えて越えていく強さを持ち、秋庭との恋に関わること以外はワガママすら言わない。ちなみに喧嘩する時は理詰めで攻めるため秋庭を拗ねさせたことも。他人からは可愛いと言われるが、狩られる側を実体験したことがある彼女にとっては嬉しい言葉ではなく「要らない」と返したことがある。
- 秋庭と暮らし始めていつからか猫、犬、そして遼一を拾ってくる。秋庭いわく「余計なものに引っかかって見なくてもいいものを見てしまう」人間。
- 秋庭のことを前から好きとは思っていたようだが、秋庭が大規模テロ作戦に参加する話をきっかけにする前までは無意識に過ごしていた。
二人の前を行き過ぎた人間たち
- 谷田部 遼一(やたべ りょういち)
- 海へ向かう途中に倒れて真奈に助けられた青年。幼馴染みの海月との最後に彼女をきれいな海に溶かすことを約束し、海月の塩の亡骸をリュックに詰め込んで旅に出る。旅の途中で飢えていたところを真奈に保護され、秋庭たちの協力を得て目的地の海に向かう。最期は海月の亡骸を海に撒いて2人と別れた後、自らも海に溶けて一緒になった。
- 海月(みつき)
- 遼一の幼馴染み。将来を約束した相手がいたが、塩害にかかったとき「本当は遼一のことが好き」だと気づき、死ぬ前に遼一のところに来てその気持ちを伝え、彼の腕の中で最期を迎えた。
- トモヤ
- 囚人。罪は明らかにされていないが懲役1年6ヶ月の判決を受けていた。その後は塩害にかかり、怖くなった彼は刑務所を脱走。遼一を海に送ってきた帰路についていた秋庭と真奈を襲う。そのうち真奈の姿・料理などの特徴が彼が憧れ、淡い恋心を抱いていた横山ユウコに重なり、最期は真奈に優しくしてくれと懇願した後、彼女を想いながら息を引き取った。
- 後に入江から塩化実験の被験体であったことを明らかにされる。その際に入れられた部屋の壁は白く光っていて綺麗だったと彼自身は語っていたが、これはすべて結晶から削ってきたものでできていた。ここで彼は塩害に感染し、塩化が始まる。
- 横山 ユウコ(よこやま ゆうこ)
- トモヤが通っていた高校のクラス委員。トモヤがひそかに憧れていたが、照れて素直な気持ちを言えなかった。
自衛隊関係
- 入江 慎吾(いりえ しんご)
- 陸上自衛隊・立川駐屯地司令で、秋庭の高校の同級生。秋庭のことを「お友達」と称してかなり気に入っているが、秋庭は彼のことを好きではなく、全面的に信用していない。ただし彼の知識の多さ・言う事の正しさに関してはそれなりに理解している。また彼は秋庭が唯一、恐怖を抱く存在。
- とにかく頭が切れる人間で、さらに自身を天才と臆面もなく称するほど性格もかなりキレている。塩害前はエリート大学にストレート進学して警視庁の技官になっていたが、塩害が目視で感染する可能性にいち早く気づいて周囲に打診する。だがよってたかって握り潰されてしまい、このまま人間(主に自分)が滅ぼされる状況が絶対に嫌な彼は、塩害で自衛隊の指揮系統が壊滅しているのをいいことに、まんまと立川駐屯地司令の地位を手に入れてしまう。
- 不思議な雰囲気を持ち性格の全容はとても把握できない。見た目・態度は自衛隊らしくない(そもそも正式な自衛官ではない)が、言うことに間違いは無く結果のためなら手段を選ばない冷酷な面を持つ人間である。自分の都合で他人を使役するのは好きだが、逆に自分が使役されることは嫌う。自分の気に入らない状況は絶対に跳ね返すと言い切り、秋庭に「大規模テロ」と称する対塩害作戦への誘いを持ちかけ、作戦が終わった後は地位に興味も持たずさっさと雲隠れした。
- 秋庭には明かさなかったが実はロマン主義者な面もあり「恋は世界を救わず当事者だけを救う」と明言している。真奈いわく「おかしな男」で、初対面で銃口を向けられたのにも関わらず、最後まで一緒にいて恐怖を抱かなかった。余談だが、作者ですら把握することを拒まれていたらしい。
- 野坂 由美(のさか ゆみ)
- 陸上自衛隊三曹。ひょんなことから真奈と親しくなった自衛官。野坂 正の妻。旧姓は関口。自衛隊内では強そうに見えるが、行き帰りは自衛隊の制服で過ごすなど実は普通の女性であることを真奈に明かす。大規模テロ作戦の話し合いが始まった自衛隊内では、ある意味唯一の真奈の理解者である。
- 恋や自然な気持ちのためなら公私混同でもなんでもこい…という気概のある強気な人物に見えるが、本来の自分がとても弱いことを知っていて、それを誤魔化さず涙できる女性。入江とはある意味で正反対の人。
- 野坂 正(のさか ただし)
- 陸上自衛隊通信科所属。由美の夫。秋庭を探すために由美から相談されるが、秋庭から直接頼まれたことがあったために応じたふりをして2人を部屋に閉じ込めた。性格としてはとても優しく落ち着いていて、少々天然で押しに弱いが頭の回転は速い。入江の指令としての命令に対して逆らうという面も見せた。キツいタイプが好みらしい。心から由美を愛していることが作品中で何回か描写されていて、『塩の街、その後』では自身の方から告白したというエピソードも語られている。余談だが大賞応募時には登場していない人物だった。
米軍関係
- グレッグ・マクファーレン
- アメリカ海軍大尉・厚木基地航空隊所属。秋庭が作戦を実行中に無線で通信していたF/A-18戦闘機のパイロットで、塩害の破壊作戦の情報を間近で収集し本国に報告する予定だった。秋庭が作戦を延期しない理由を聞いて、思わず口笛を吹いて茶化したことも。作戦のパイロットに選ばれるだけあって腕は一流だった(それでも秋庭には及ばなかったようだ)が、後部座席のRIO(ニックス)が作戦終了間際に塩化・死亡したことをうけ機内が塩に埋もれて目視不能になり、秋庭に脱出するように言われて脱出した。
- カール・ニックス
- アメリカ海軍中尉・厚木基地航空隊所属。RIO(Radar Intercept Officer)としてマクファーレンの後部座席に搭乗。秋庭が塩の結晶を爆破して頭上に塩の雨が降った際、戦果確認の癖で振り返ったことにより塩化・死亡した。
なお、上記の2人はハードカバー版には登場しない。
塩の街、その後
『塩の街、その後』(しおのまち、そのご)は、本作品のサイドストーリーに当たる短編小説である。電撃hpに掲載された三話と、単行本化の際に書き下ろした一話の、合計で四つの話があり、題名にはそれぞれ、本編より後の話には「飛行後打ち合わせ」の意味を持つ「debriefing」が、本編より前の話には「飛行前打ち合わせ」の意味を持つ「briefing」が冠されている。
- -debriefing- 旅のはじまり
- -briefing- 世界が変わる前と後
- -debriefing- 浅き夢みし
- -debriefing- 旅の終わり
『その後』の登場人物
- 秋庭の父
- 秋庭の父親。元航空自衛官のパイロットであり、自分がパイロットであったせいで妻の臨終を看取れなかったことを後悔している。そのため自分と同じ道を目指す秋庭と対立し、長いあいだ絶縁状態にあった。
書籍情報
- 「塩の街 wish on my precious」(メディアワークス、2004年、ISBN 4840226016)
- 「塩の街」(メディアワークス、2007年、ISBN 978-4840239219)
外部リンク
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