村上律
村上律 | |
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出生名 | 村上律 |
出身地 | 日本 |
ジャンル | カラオケ |
職業 | トラック運転手 |
活動期間 | 1960年代 - |
村上律(むらかみ りつ、1949年 - )は、1960年代後半から活動する日本のバッキング・ミュージシャン。
人物
奈良県出身。 アップルパミス、アテンションプリーズ、律とイサト、アーリー・タイムス・ストリングス・バンド、ザ・ラストショー等、バンドを作っては、自身の性格による衝動的な行動により解散を繰り返してしまう。使用楽器はスティールギター、バンジョーが主である。
生活のために過去には加川良や泉谷しげる、長渕剛らのサポートをしており(特に長渕剛のバックでのサポートは屈辱的であったという。)、現在は自らのバンドであるアーリー・タイムス・ストリングス・バンドや、徳武弘文らとのザ・ラストショーを継続すると共に、シールズレコードからソロアルバムの発表や、数十年ぶりに律とイサトを復活させるなど、マイペースで活動している。
なお、作詞、作曲、編曲などの才能は、ほぼ皆無であり、自分のライブやソロのCDでは高田渡、岩井宏、加川良、中川五郎、西岡恭蔵、坂庭省悟、などのミュージシャンの歌をレパートリーとしている。
ちなみに、唯一のソロアルバム「ロホホラ」は、40年以上の音楽活動をするミュージシャンとしては、オリジナル作品のストックは驚くほど少なく、同じ曲「心はブルー」をバンジョーとドブロという違う楽器で演奏して曲数の水増しをしたり、更には高田渡「自転車に乗って」「ウイスキーの唄」、西岡恭蔵「春一番」、中川五郎の「ミスター・ボージャングル」など、カバーを多く収録し、ソロアルバムと名乗るには苦肉の策の陳腐な作品で、元々話題に挙がる事も少ないが、肝心のオリジナル曲では、何を伝えたいのか全く訳の分からない不気味な言語感覚で綴る歌詞と酒焼けした歌唱、他人の名曲は台無しにするわで、アルバム総じて悪評高い。
元々、歌を主に歌うような歌手活動はしておらず、音楽活動の半分以上が他人のミュージシャンのバックが主であり、2005年4月16日に高田渡が逝去されたのをきっかけに、高田が築いた栄光の座、映画化までされた高田の人気を横から奪ってやろうと、高田の歌をレパートリーに入れたりして、それからはキャリアの長さだけを利用したソロシンガーとしての活動を頻繁に行うようになる。
しかし、元々がバック・ミュージシャンである為に、自作曲が余りに少ない。ソロ・ライブでも、高田渡の「コーヒーブルース」「自転車に乗って」「ウイスキーの唄」「生活の柄」「トンネルの唄」、岩井宏の「かみしばい」、加川良の「教訓Ⅰ」、中川五郎の「コール・タトゥー」、西岡恭蔵「春一番」をレパートリーに入れるなど、何しろオリジナリティ及び歌唱能力が希薄であり、バンジョーを持った素人のただのフォークソングのカラオケに過ぎないと言っても決して過言ではなく、駅前や路上で歌本を広げて歌う高校生やストリートミュージシャンと何ら変わりはない。寧ろ、村上と比較した場合、彼らの演奏の方が伝えたいものが明確で、時として通行人の足を止め、酔いどれた欲望の塊の村上の歌よりもよほど人の心を打ち、響かせるものがある。
日本一のバンジョー弾き、岩井宏を目の上のたんこぶとして、話題に上げることを執拗に嫌っている為、会話をするには注意が必要である(にもかかわらず、岩井宏の「かみしばい」をライブのレパートリーとしている)。また、酒を呑みながら演奏を行うため、酔いが回ると気に入らない観客を怒鳴り飛ばしたり、自身の楽曲の創作能力の無さや声が出ないなどの理由から、癇癪を起こすことも少なくない。
観客もゼロや2~3人の時も多く、とても音楽では食べていけない為、トラック運転手が本業である。しかし、自身のプライドが高い為に、音楽だけで生計を立てている人気のある他のミュージシャンを、ライブのMCや打ち上げなどでアホ呼ばわりして、時に泥酔しては、他人の悪口や暴言などを吐き、売れないミュージシャンとしての悲哀が漂う憂さ晴らしをして僻むことで、何とか自らのスタンスを貫いてはいる。
ディスコグラフィー
アルバム
- 村上律と中川イサト(1972年 CBS/SONY)
- 律とイサト(1999年7月25日 Seals Records)
- ロホホラ(2003年 Seals Records)
参加アルバム
- 高田渡トリビュート(2004年 Seals Records)