Wikipedia:コメント依頼/tmonzenet
利用者:tmonzenet(会話 / 投稿記録 / 記録)さんの、ノート:ソア橋における議論姿勢について、コメントをお願いいたします。--法難輪戸尊(会話) 2012年9月14日 (金) 13:43 (UTC)
経緯と概要
発端は、ソア橋のあらすじについて利用者:Ks(会話 / 投稿記録 / 記録)さんが依頼者である利用者:法難輪戸尊(会話 / 投稿記録 / 記録)の会話ページにコメントを寄せたことです。議論はノートに移り、内容も含めた議論になったところでtmonzenetさんが登場し、コメントを寄せました[1]。この時点では、コメント内容におかしな点は見当たりません(むしろ、依頼者の説明不足が問題と思われます)。しかしその後、依頼者がtmonzenetさんの主張に賛同しなかったところ、突然議論姿勢が豹変し、不誠実な対応を繰り返すようになります。以下「詳細」節でtmonzenetさんの議論姿勢を検証しますが、長文ですので時間のない方は議論姿勢が端的に現れている二つの発言だけでもお読みください。--法難輪戸尊(会話) 2012年9月14日 (金) 13:43 (UTC)
詳細
被依頼者であるtmonzenetさんは、一見ではごく普通のコメントをしているように見えます。しかし、実際には議論相手の主張を曲解してすり替え、質問には回答せず、訂正にも応じていないのです。
- 『ソア橋の項目で『本陣殺人事件』のネタバレをすべきでないというご意見は賛成しません。』 → 依頼者は、このような主張をしていません。依頼者は『「『本陣殺人事件』のトリックの具体的な仕方」ですが、「ソア橋」の項目で他作品の詳細なネタバレをする必要はないと判断し、トリック節には書きませんでした。『グリーン家殺人事件』や「一枚の切符」のトリックの詳細を書いていないのと同様です。』と回答しています[2]。しかし、tmonzenetさんはなぜか対象を「本陣殺人事件」のみに限定し、『他作品の詳細なネタバレをする必要はない』という依頼者の主張を、『『本陣殺人事件』のネタバレをすべきでない』というガイドライン違反となる主張にすり替え、賛成しないとしています。
- 『百歩譲って本陣殺人事件の項目にはネタバレを記載したくないというなら尊重します』 → 依頼者はこのような主張をしていません。してもいない主張を、勝手に尊重されても困ります。
- 『どんな影響があったのか具体的に書くのが百科事典の役目なので、知りたいなら実物を「読めばいい」というのでは意味がありません。』 → 依頼者はこのような主張をしていません。なぜ「実物(=小説?)」を読まなければならないのでしょうか。意味が分かりません。
- 『出典さえ明記されていれば何を書いてもいいというご意見も理解できません。お望みならガイドラインのいくつかを引用することもできますが、書くべき場所に必要なこと(だけ)を書くというのは方針以前の常識ではないでしょうか。』 → 依頼者はこのような主張をしていません。「出典さえ明記されていれば何を書いてもいい」などと主張していれば、方針熟読のためにブロックされても文句は言えないと思いますが、依頼者は『「ソア橋」が探偵小説界に与えた影響を語る上では欠かせないと考えて記述しています。出典を明記している内容の除去・簡略化をする必要はないと思いますが、どうでしょうか?』と回答しています[3]。しかし、tmonzenetさんはこれを曲解して方針違反となる主張にすり替え、依頼者には常識がないと批判しました。
上記のように、tmonzenetさんは依頼者の主張をすべてすり替え、そのすり替えた主張を前提として、依頼者に反論・批判しています。してもいない主張に対し反論・批判されても困惑するだけであり、訂正を要求しました。しかし、tmonzenetさんは回答しません。なお、履歴で確認できますが、tmonzenetさんはこの間も編集活動を継続しており、意図的に回答せず対話拒否をしているのは明白です。そこへもう一人の当事者であるKsさんが、tmonzenetさんを擁護しつつ、『ここは客観的に考えませんか?今ここに3人が意見を寄せている。多数はどちらですか?その方がまっとうな見方なのだ、という判断は出来ませんか?』[4]とわずか3名、2対1の状況で多数派に従うべきだという、ウィキペディアの合意形成を無視した主張を行ないました。そのため、依頼者は合意を求めてコメント依頼を提出しました。
コメント依頼提出後、新たに利用者:PPPRPPPR(会話 / 投稿記録 / 記録)さんが登場し、コメントを寄せました。これに対し、訂正要求に回答せず沈黙していたtmonzenetさんの寄せたコメントがこちらです。検証2
- 『「tmonzenetさんがどのトリックも詳細に書くべきとお考えなら、反対しません」なんていわれても困る。書く気なんてないよ。』 → 依頼者は『確認ですが、tmonzenetさんの主張は、「本陣」『グリーン家殺人事件』「一枚の切符」のすべてについて説得力を増すためにトリックの詳細を書くべきだ、という理解でよろしいですか? 「凧糸の謎」「猫の首輪」についてはどうでしょうか? 同じ回答の繰り返しですが、「tmonzenetさんがどのトリックも詳細に書くべきとお考えなら、反対しません」。』と質問しています[5]。tmonzenetさんはこの質問に回答せず、質問のある前半を削除して引用し、勝手に困っています。質問に回答すればいいだけなのですが。『書く気なんてないよ。』という反応も意味不明です。依頼者が加筆を求めたのはKsさんに対してであり、tmonzenetさんではありません。同一人物なのでしょうか?
- 『だいたい、編集合戦が起きているわけでもないのになんで合意を求める? 本当に他人の意見を求めてるなら、「議論活性化のため」でいいんじゃないの?』 → なぜか合意を求めコメント依頼を提出したことも非難しています。編集合戦が起きなければ、合意を求める必要がないのでしょうか?Wikipedia:コメント依頼#合意形成のためのコメントには、『議論の中で意見対立が生じている場合や、記事の大幅な改稿等で合意形成が必要が生じた等の理由により、合意形成に向けて第三者による客観的な視点からの議論のリードを要請したい場合は、合意形成のためのコメント依頼に依頼を記載してください。』と書かれていて、当時のノートの状況に合致しています。
- 『そのお手伝いをしたかったけど、もうどうでもいいよ。』 → この発言は重要です。『私自身はこの記事に加筆するつもりはありません。』『書く気なんてないよ。』『もうどうでもいいよ。』すべてtmonzenetさんの発言であり、なぜこんな考えの利用者が、この後も延々とこの記事に執着し続けるのでしょうか。また、PPPRPPPRさんの『tmonzenet さんは、訂正して話を続ければいいんじゃない?ソア橋にこだわりないなら引き下がったほうがいいと思うけど。』[6]という意見には回答せず、訂正もしていません。
結局、以前に依頼者が求めた訂正要求および質問については、完全に無視されたままでした。こんな議論姿勢の利用者に対し、誠実に対応する必要もないと考えた依頼者は態度を硬化させ、『tmonzenet様の「勝手にやって」「そのお手伝いをしたかったけど、もうどうでもいいよ」とのご意見、了解しました。不誠実な方では手伝いどころか迷惑にしかなりませんので、止むを得ません。どうでもいいのであれば、二度と私に関わらないでください。』などとコメントしました[7]。それに対しtmonzenetさんは『文句つける暇あったらさっさと記事書いたら? くだらない邪推してんじゃないよ。今は下手くそな文章だが、書いていけばそのうちよくなるよ。応援してるよ。がんばって、自演さん。』と応酬し[8]、議論は中断状態になります。そして1月弱の中断後、PPPRPPPRさんのコメントを契機に議論が再開し、tmonzenetさんも再登場して「提案」を行ないます。提案
一見まともな提案のようですが、戻そうとする版がこちら[9]で、この時点での版はこちら[10]です。つまり、これ以降編集がなければ半年後には内容も出典も貧弱な版に戻すという、記事破壊に等しい提案です。PPPRPPPRさんから『なんでこんなダメな状態に戻そうとするんだろ。少しでもよくする手伝いがしたいって書いてた気がするけど嘘だったの?』と意見が寄せられ[11]、依頼者も意味不明な提案であり嫌がらせとしか思えないとコメントしましたが、tmonzenetさんはまたしても回答しません。
そして依頼者があらすじの削減を行なったところ、tmonzenetさんは今までに積み重なった訂正要求や質問には一切応じないまま、あらすじについての演説を行ないました[12]。なお、演説内容自体はごく正常なもので、これまでの経緯がなければ傾聴に値するものだったと思います。しかしながらこれまでの経緯がありますので、まずは積み重なった訂正要求や質問に対し回答すべきだ、と依頼者が最後の警告を行なったところ、tmonzenetさんの寄せた回答がこちらです。検証3
- 『もともとあらすじで揉めてるんだから、揉める前の版に戻して仕切り直しでおかしくないだろ。』 → それならばあらすじ節についてのみ、以前の版へ戻すべきだと主張するのが普通です。あらすじ以外で有意義な加筆があるのですから。
- 『けちつけられるのが嫌なら、自分の方が優秀だってこと証明してみろよ。』 → ウィキペディアのプロジェクトがどういうものか、根本的に誤解しているとしか思えない発言です。なお言うまでもありませんが、依頼者が『けちつけられるのが嫌』などという幼稚な主張をしたことはありません。被依頼者の議論姿勢にうんざりしているのは事実で、それを隠すつもりもありませんが。
- 『普通に書こうか?』 → 普通に書けるのに、書かなかった。これは、tmonzenetさんが確信犯的に嫌がらせを行なってきたことを、自ら認めてしまった発言です。
- 『ノートで感情的な要素を含む議論の応酬が続いていますが、双方とも冷静になって、記事の改善を目指すべきではないでしょうか。』 → なぜか他人事のようです。しかも『けちつけられるのが嫌なら、自分の方が優秀だってこと証明してみろよ。』『普通に書こうか?』と同時の発言でもあります。根本的な原因が誰にあるのか、一目瞭然ではないでしょうか。
以上のような経緯から、コメント依頼の提出に至りました。--法難輪戸尊(会話) 2012年9月14日 (金) 13:43 (UTC)
被依頼者であるtmonzenetさんからコメントが寄せられました。しかし、そのコメントは議論姿勢がまったく変わっていないことを、如実に示しています。検証4
- 「法難輪戸尊さんは、あらすじが長すぎることについては7月31日に認めていながら、本記事に対して7月28日以来一切編集を行っていません。」 → これは事実です。しかし、tmonzenetさん自身があらすじについて「すぐにどうこうすることもないが、将来的に記事の見通しがついたら、もっと簡潔にまとめたらよろしいかと」と発言している[13]ことは、都合よく忘れているようです。すぐにやらなくてもいいと言われ、記事の見通しをつけるための議論を行なっていたら、すぐにやらない、と批判される。依頼者はいったいどうすればいいのでしょうか?
- 「ひたすら謝罪を求めてノートで口論するより、記事充実に専念してはどうか」「謝罪させることだけが目的のようにも思えました」「この時点で私は法難輪戸尊さんに謝罪する必要があるとはどうしても思えませんでした」「法難輪戸尊さんは、謝罪がないことを理由にして、私を「Ks様の同類とみなし、以後はそのように対応します」と一方的に宣言なさいました」「以降は謝罪せよ、出て行け、の一点張りで、私が行った具体的な提案については応答しようとしません」 → 依頼者がtmonzenetさんに対し謝罪を要求したことはただの一度もありません。これはノート:ソア橋をすべて読んでいただければ、誰にでも検証できます。もし謝罪要求があるというのなら、差分で明確に示せるはずです。
被依頼者コメントは「依頼者が些細なことで執拗に謝罪要求をしている」という前提で書かれていますが、その前提が間違っている(存在しない)のです。--法難輪戸尊(会話) 2012年9月16日 (日) 08:02 (UTC)
依頼者コメント
「詳細」節で検証したように、被依頼者であるtmonzenetさんは、依頼者の主張をすり替えて議論を行い、訂正要求には応じず、数々の質問に対してもほとんど回答せず、確信犯的に嫌がらせを行っています。tmonzenetさんの議論姿勢は、『けちつけられるのが嫌なら、自分の方が優秀だってこと証明してみろよ。』という発言に集約されます。依頼者はこのようなtmonzenetさんの議論姿勢が、到底許容されるべきではないと考えています。しかし、議論の当事者の一人Ksさんはtmonzenetさんの議論姿勢を批判するどころか擁護しており、ウィキペディア日本語版においては、tmonzenetさんのような議論姿勢が許容・推奨されているのかもしれません(お二人とも活動歴の長いベテランです。もう一人の当事者PPPRPPPRさんはtmonzenetさんに批判的ですが、ソア橋とそのノートにしか登場していません)。客観的な視点からのご意見をお寄せいただきたいと思います。
- (お願い)この依頼は、tmonzenetさんの議論姿勢についてコメントを求めるものです。tmonzenetさんの議論姿勢に問題はないのか、あるのか。tmonzenetさんとの対話を継続すべきなのか、それとも打ち切ってよいのか。依頼の焦点がずれないよう、「ソア橋」の記事そのものについてのご意見はノート:ソア橋へ、依頼者の法難輪戸尊やKsさん・PPPRPPPRさんについてのご意見は、それぞれの会話ページかこのコメント依頼のノートへお願いいたします。--法難輪戸尊(会話) 2012年9月14日 (金) 13:43 (UTC)
- (tmonzenetさんへ)またしても、私の主張をすり替えています。不必要な「謝罪」を要求されたことにして、それを論点にしたいようですが、依頼者がtmonzenetさんに対し謝罪を要求したことはただの一度もありません。まずは最優先で、謝罪要求が行なわれているという差分を提示してください。--法難輪戸尊(会話) 2012年9月16日 (日) 08:02 (UTC)
- (海獺さんと114.173.47.52さんへ)ご意見ありがとうございます。発言1発言2はいわゆる「暴言」の類であり、極端に言えば無視するだけでよく、対処は簡単です。それよりも依頼者にとっては「一見で分かりにくい悪質な議論姿勢」の方が問題です。検証1などは、この発言だけを読んだ場合「依頼者が方針やガイドラインに違反した非常識な主張をしている」と誤解されかねません。被依頼者コメントも同様で、「依頼者が些細なことで執拗に謝罪要求をしている」と誤解されかねません。このような、「相手の主張を曲解し、すり替える」「都合の悪い質問にだけは回答しない、実質的な対話拒否」などを行なわれても、その発言自体を無視することはできず、このように毎回反論しなければなりません(コメントを返さないと議論放棄とみなされ、相手の言い分が通ってしまう)。tmonzenetさんはこうした行為が問題だとは認めておらず、今後も繰り返されるでしょう。依頼者は、tmonzenetさんからの謝罪など望んではいません。これ以上私に関わらず、編集の妨害をしないで欲しい。ただそれだけです。しかし、今後もtmonzenetさんからコメントが寄せられるたびに、議論に応じなければならないのでしょうか?--法難輪戸尊(会話) 2012年9月16日 (日) 08:02 (UTC)
- (ksさんへ)この合意というものを誤解した発言[14]が、依頼者のこの発言[15]に対するtmonzenetさんへの擁護ではないと主張するのですね。ksさんの中ではそうなのでしょう。それより、依頼者が謝罪要求をしたことがあるのなら、ksさんでも構いませんので、差分で提示してくださるようお願いします。さて論より証拠、tmonzenetさんの議論姿勢を具体的に模倣してみましょう。対象はksさんのこの発言です[16]。「ksさんの、過去に記事を編集したことがあれば、以後その記事に対する全ての編集について無条件で差し戻す権利がある」という主張には、賛成できません。お望みならWikipedia:記事の所有権を引用することもできますが、ウィキペディアのプロジェクトは共同作業で作り上げるものである、というのは方針以前の常識ではないでしょうか。「そんな主張はしていない!」と訂正を要求したくはありませんか?それとも、このまま広い心で受け入れますか?もちろん、実際に依頼者がこのような議論姿勢を取ることはありません。Wikipedia:腕ずくで解決しようとしないに違反するからというよりも、社会常識的に許されない行為だからです。しかし、ksさんなら許してくれそうですね(穴だらけの主張をして、無駄な返信をさせないでください。依頼者が個々に返信を続けると、「聞く耳を持たない」と見做され悪印象となる傾向があるようです)。--法難輪戸尊(会話) 2012年9月16日 (日) 13:58 (UTC)
- これについてはここに反論を書いておきます。でないと、見つけてもらえそうにないから。
- 私はこう書いた。「私の方が先に該当項に手を入れていたのだから(これは記事の所有権・編集権といった話でなく、単なる事実として)」これが「私が先に書いたからそう言う権利がある」と主張していると読めるわけですか?そう読まれると困るから「所有権・編集権といった話ではなく」と書いたのですよ。
- 私が言いたかったのは、
- 私が先にそこにいた。
- あとからあなたが来た。
- その行動を私がとがめた。
- するとあなたは「つきまとうな」といった。
- こういう事実です。つきまとうというのは、私があなたの後ろにいて、あなたの行くところに一緒に行くのを指します。事実はそうですか?--Ks(会話) 2012年9月16日 (日) 15:51 (UTC)
- ksさんから即座に返信が来ました[17]。コメント前に予想していた通りの内容で、目新しさはありません(わざわざ個々に返信を続けると悪印象になる、と承知していることを明言したのに……)。この「依頼者コメント」節を読めば誰にでも検証できますが、私が「反論」しているのは、tmonzenetさんとksさんにだけです。いかがなものかと思われても、ウィキペディアの慣例上、黙っていると認めたことになるようなのでやむを得ません。そして重要なことですが、tmonzenetさんに対するコメント依頼の場で、ksさんは依頼者に対する意見しか述べていません。焦点を依頼者の議論姿勢に逸らしたいのでしょう。宣言通り引っ込んでいてくださることを希望します。--法難輪戸尊(会話) 2012年9月16日 (日) 14:55 (UTC)
被依頼者コメント
法難輪戸尊さんは、ホームズ作品の記事充実をご自身の主要な課題に掲げて活動しておられる方のようですが、記事ソア橋に2012年5月10日から参加していらっしゃいます。まず冒頭部を書き換えた後[18]、7月15日の編集において、「あらすじ」を長大なものに書き換えました[19]。Ksさんはこの「あらすじ」について、長すぎるのではないか、というコメントをノートに寄せました[20]。これに対して、法難輪戸尊さんは、あらすじが長い、というコメントを記事全体から見て「バランスが悪い」という意味に置き換え、他の部分を長くすることで対応しようとしました。議論がかみあっていないようですが、めくじらをたてるほどのことはなさそうでしたし、法難輪戸尊さん自身「長い目で見てやってくださいませ」と書いていらっしゃるとおり、そのうちに改善される気がしました。
次に法難輪戸尊さんは、「不要節除去の提案」なる提案を行いました[21]。私が最初にコメントしたのはこの時点です。私のコメントの趣旨は、(1)あらすじが長すぎること、(2)クリスティへの言及の除去に賛成すること、(3)ソア橋であえて『本陣殺人事件』のネタバレを削るまでもないこと、(4)ただし、ソア橋の『本陣殺人事件』への影響が実際にあったか否かは、記事「ソア橋」ではなく、記事「本陣殺人事件」に書く方が自然であること、の4点です。ところが、私が文中で「論理破綻」という強い言葉を使ったのが法難輪戸尊さんのお気に召さなかったらしく、極めて強い口調で反論されてしまい、tmonzenentが、「法難輪戸尊は、ガイドラインも方針も無視した主張を繰り広げている、という曲解と事実誤認に基づいた意見」を述べている、というまったく心当たりのない非難をされてしまいました[22]。もちろん、法難輪戸尊さんは、「悪意はないと思いますが」と断っていらっしゃいますが、私自身も「失礼な言い方をお許し頂ければ」と書いているのであり、なぜここまで激高なさるのか、まったく理解できませんでした。(本コメント依頼の「詳細」節に書いていらっしゃる個々の論点については、この場で議論すべきことではなさそうですので割愛します。私としては、この時点で、法難輪戸尊さんが本気で私に反論しているのか、それとも難癖をつけられているのか測りかねており、どう応答すべきかわからなかった、というだけです。)
法難輪戸尊さんは、この後、私とKsさんだけではらちがあかないと思ったらしく、8月3日にコメント依頼を提出されました。このコメント依頼には一週間なんの応答もありませんでしたが、これに対して、PPPRPPPRを名乗るアカウントの方が8月10日にコメントをされました[23]。このコメントに対して私は、PPPRPPPRさんの口調をまねながら、(1)法難輪戸尊さんが私を非難しているような、印象操作を行う意図はなかった、(2)コメント依頼の目的は、「合意形成」よりも「議論活性化」が適切だったのではないか(これはまあ、トリビアルな論点ですが)、(3)ひたすら謝罪を求めてノートで口論するより、記事充実に専念してはどうか、という3つの主張を行いました。実際、法難輪戸尊さんは、あらすじが長すぎることについては7月31日に認めていながら、本記事に対して7月28日以来一切編集を行っていません。その後9月9日になって編集なさいましたが、この時点では、熟慮なさっているともとれるが、謝罪させることだけが目的のようにも思えました。
上記コメントは私の意図について誤解されているようなので釈明の意味で行ったものですが、この時点で私は法難輪戸尊さんに謝罪する必要があるとはどうしても思えませんでした(法難輪戸尊さんに対して私が乱暴な言葉遣いをするのは、もっと後の話です)。私のコメントはPPPRPPPRさんにあてたものですが、当然ながら法難輪戸尊さんに言及しているものですから、法難輪戸尊さんは8月11日さんに私に対して再反論をおこなっています[24]。再反論の中で法難輪戸尊さんは、謝罪がないことを理由にして、私を「Ks様の同類とみなし、以後はそのように対応します」と一方的に宣言なさいました。よく意味はわかりませんが、どうも法難輪戸尊さんは人を敵味方に分類することが好きであるらしく、敵に分類されたのではないかと思います。付け加えると、その区別を法難輪戸尊さんは相手を「さん」付けするか「様」付けするかで行っているようです。ノートの履歴をご覧頂くとわかりますが、この時点から私は「様」でよばれています。形式的には礼儀に適っているとは言え、人目につきにくいこのような区別をして悦に入るのは果たして適切でしょうか。
さらに法難輪戸尊さんは、同じ文章の中で、法難輪戸尊さんを批判しているという一点だけを理由にして、あたかも私とKsさんが同一人物であるかのような主張を行い、しかもその主張を繰り返しています[25]。根拠もなく同一人物扱いするのは非礼であり、暴言そのものではないでしょうか。
誤解のないようにいえば、私はKsさんが関わったいくつかの記事を通じてKsさんを知っていますし、そのうちのいくつかには私自身も関わっています(インチキ外国語、退屈等)。私は包摂主義的な傾向がありますから、基本的にはKsさんの加筆を生かす方向で記事をふくらませていますが、私とKsさんが別人であることは一目瞭然です。
ところで、上記コメント中で私は、なぜご理解頂けないのか私自身戸惑い、半ば投げやりになって、「もうどうでもいいよ」と書きました。すると法難輪戸尊さんはこれを私の撤退宣言と解釈し、二度と関わるな、と主張しました。以降は謝罪せよ、出て行け、の一点張りで、私が行った具体的な提案については応答しようとしません(項目本陣殺人事件と項目ソア橋に記載を分ける、さらなるあらすじの削減の提案。後者については、きつい書き方をしましたし、自分の文章を削るのはなかなか難しいようですから、仕方のない面もあります(本コメント依頼の「詳細」節で、ようやく応答なさっています)が、前者についてまったく無視する理由がわかりません。
私自身、途中から厳しい口調で法難輪戸尊さんに接した(確信犯的に、で間違いありません)という意味で、礼儀を忘れない、に反したことは事実ですし、その点については率直に謝罪したいと思います。しかし、それは法難輪戸尊さん自身が行った非礼に対して、感情的に反応したものです。この点を法難輪戸尊さんはご理解なさっているのでしょうか。
法難輪戸尊さんは旺盛な執筆意欲という点では大変評価できる方であると思います。しかし、たいへんプライドが高く、自身を批判されることを大変嫌っていらっしゃるか、あるいはそれに慣れていない方のようです。ホームズ記事の充実に力を注いでくださるのはよいですが、文章はやや冗長で、現状では他人の目を入れることによって改善を図るのが最善であると思います。しかし、他人に手を入れられるのを嫌ったり批判的なコメントをされるのを「つきまとい」としか取れないのはいかがなものか、と思います。--以上の署名のないコメントは、tmonzenet(会話・投稿記録)さんが 2012年9月15日 (土) 14:14 (UTC) に投稿したものです(法難輪戸尊(会話)による付記)。
コメント
- (コメント)経緯が長いのですべて追えているわけではないのですが、少なくとも発言1 発言2のような議論姿勢は、「Wikipedia:礼儀を忘れない」に反するものだと考えます。許容できるものではないですし、このような発言を向けられれば、純粋に記事を充実させていこうという気持ちが萎えてしまうでしょう。被依頼者さんは非礼を依頼者さんに詫びた上で仕切り直してから、記事の発展に対して有意義な議論を行ってほしいと思います。「Wikipedia:議論が白熱しても冷静に」を読んで、今後は姿勢を改めていただけるよう望みます。--海獺(会話) 2012年9月14日 (金) 14:55 (UTC)
- 法難輪戸尊さんの挙げられているtmonzenetさんの発言については先の海獺さんの意見と同じです。ただソア橋の微に入り細を穿つあらすじとノート:ソア橋の話の流れを追う限り、まだ穏便に会話をしているところでこう相手の発言を決め付けるコメントを返し、以降議論内容の整理も行なわれないまま以降の会話でノート:ソア橋自体がWikipedia:礼儀を忘れないにあるような「深刻な争いやストレスを引き起こす土壌をつくりだすような」状態になったためにあのような発言をしてしまったように思えます(状態を引き起こした具体例は挙げませんが)。--114.173.47.52 2012年9月15日 (土) 13:08 (UTC)
- 直下のKsさんのコメントに対し法難輪戸尊さんのコメントが返っているのですが、私には下のコメントを強調部分のように解釈するのは想像力が過多であるように思えます(私の前のコメントは表層的にしか見ていただけなかったようですが)。依頼者はここでは被依頼者の言動についてコメントをして欲しいとのことですが、ノート:ソア橋の経緯を無視し被依頼者の暴言という結果のみを言及すれば被依頼者が悪いという結果以外出しようがありません、ノート:ソア橋内の各利用者の言動について指摘せず被依頼者のことのみ議論してもよいものなのでしょうか。あと法難輪戸尊さんに質問しますが、一般的に「悪辣な発言の撤回」への返答には謝罪の意味が含まれるものではないでしょうか?--114.173.47.52 2012年9月16日 (日) 15:55 (UTC)
- 強調部分は模倣だってあるよ。各利用者への指摘はしてもいいと思う。法難輪戸尊さん自身がしてるから説得力ないしただのお願いだし。でもKsさんみたいに本題忘れるのはちょっと。あと謝罪の意味は一般的に含まれないと思う。返答は「撤回します」か「撤回しません」で済むし。これを「謝罪を要求された」と解釈するのはtmonzenetさんの問題視されてる行動そのものになるけど。--PPPRPPPR(会話) 2012年9月17日 (月) 07:21 (UTC)
- 直下のKsさんのコメントに対し法難輪戸尊さんのコメントが返っているのですが、私には下のコメントを強調部分のように解釈するのは想像力が過多であるように思えます(私の前のコメントは表層的にしか見ていただけなかったようですが)。依頼者はここでは被依頼者の言動についてコメントをして欲しいとのことですが、ノート:ソア橋の経緯を無視し被依頼者の暴言という結果のみを言及すれば被依頼者が悪いという結果以外出しようがありません、ノート:ソア橋内の各利用者の言動について指摘せず被依頼者のことのみ議論してもよいものなのでしょうか。あと法難輪戸尊さんに質問しますが、一般的に「悪辣な発言の撤回」への返答には謝罪の意味が含まれるものではないでしょうか?--114.173.47.52 2012年9月16日 (日) 15:55 (UTC)
- (コメント)様子を見ていたのですが、依頼者の攻撃がややこしそうなので、書いておきます。
- 「議論の当事者の一人Ksさんはtmonzenetさんの議論姿勢を批判するどころか擁護しており」とありますが、これは事実誤認もいいところ。というのは、私がtmonzenet氏を擁護していない、と言うのではなく、順序が逆転しているからです。
- 話は、まず依頼者が該当項のあらすじをとんでもなく長いものにしたのを私が見とがめたことに始まります。で、それを批判した。するとそれに依頼者が反論して議論になりました。そこへtmonzenet氏が参入、その時点では依頼者と普通に議論していますが、その論が私のに近くなると途端に攻撃を激しくし、「居座るな。つきまとうな」などと言いだしたわけです。
- これは、私の時のパターンと同じで、私の場合にも「居座るな。つきまとうな」などと言っています。私の方が先に該当項に手を入れていたのだから(これは記事の所有権・編集権といった話でなく、単なる事実として)、「つきまとう」は明らかな誤判断ですね。しかし、彼はいったん敵と認定すると聞く耳を持たない性質があるらしいのですね。何しろ「tmonzenetさんのご意見は考慮するに値するが、Ks様の感想にはその価値がない」などと言い出すのですから。もちろん私の議論に孔があったのは私の間違いではあるのですが、こんな所にコメント依頼が出てくること自体が私は不思議です。--Ks(会話) 2012年9月16日 (日) 12:19 (UTC)
多分来ると思ったら、すぐ来ましたな。依頼者には、他者の意見を求めてこの場を作ったのではないですか?自分の納得できない意見には逐一反論するというのは、いかがなものかと思うんですよ。あと、読解力にも問題ありですね。私はもう引っ込みます。他の皆さんのご意見をお待ちします。--Ks(会話) 2012年9月16日 (日) 14:33 (UTC)引っ込みますけど最後にもうひと言。もちろん、依頼者氏の態度を問題視しています。むしろこんなのに絡まれたのがかわいそう。私も情けない。間、今本を探してます。見つけたらあらすじ削りますよ。--Ks(会話) 2012年9月16日 (日) 15:03 (UTC)- Ksさんへ。「多分来ると思ったら、すぐ来ましたな。」「むしろこんなのに絡まれたのがかわいそう。私も情けない」というような発言は挑発行為でしかなく、合意を目指す方向ではないようです。挙句に「今本を探してます。見つけたらあらすじ削りますよ」では、何のための話し合いなのかわかりません。(この依頼では被依頼者へのコメントのみを求められているようですけれど、あえて申し上げますが)このやり取りを見る限りKsさんの議論姿勢には非常に大きな問題があります。「あらすじの長短」が発端で、どの長さが適切か、という合意になぜこのような挑発的な発言をなさるのか、理解できません。どのような議論であろうと、感情的な、揶揄、あからさまな挑発的発言は認められないでしょう。履歴として残り続ける文章であると意識して、冷静に書き、合意を目指す方向に向かってください。
- 依頼者の方へ。依頼者さんはそのアカウント名からも(「ホームズワトソン」と読ませる意図があると解釈しています)、ほかの利用者から「ホームズに対する思い入れが強い」という先入観を持たれている、ということをもう少し意識なさったほうが良いかも知れません。--海獺(会話) 2012年9月16日 (日) 15:11 (UTC)
- 海獺様の言葉は正しい。私の言葉は挑発的でした。その点は謝ります。だ他、それ以前の議論で、依頼者に関して「自説を曲げない人」「特殊な価値観を持っている人」「議論より喧嘩をする人」という印象を持っています。ま、それも先入観にしてはいけないわけですが。以後注意します。--Ks(会話) 2012年9月16日 (日) 15:23 (UTC)
- 挑発的な語句に、取り消し線を入れていただいたほうが良いかと思います。そこが問題を解決する足掛かりだと考えていただけたらと思います。--海獺(会話) 2012年9月16日 (日) 15:28 (UTC)
- ご指導に従いました。--Ks(会話) 2012年9月16日 (日) 15:53 (UTC)
- 挑発的な語句に、取り消し線を入れていただいたほうが良いかと思います。そこが問題を解決する足掛かりだと考えていただけたらと思います。--海獺(会話) 2012年9月16日 (日) 15:28 (UTC)
- 海獺様の言葉は正しい。私の言葉は挑発的でした。その点は謝ります。だ他、それ以前の議論で、依頼者に関して「自説を曲げない人」「特殊な価値観を持っている人」「議論より喧嘩をする人」という印象を持っています。ま、それも先入観にしてはいけないわけですが。以後注意します。--Ks(会話) 2012年9月16日 (日) 15:23 (UTC)
(コメント)黙ってるつもりだったけどKsさんが登場しちゃったんで、不公平にならないように議論してた4人のひとりとしてコメント。tmonzenetさんの今後の発言には注目です。これまでtmonzenetさんは発言についてなにか指摘されると「1 指摘が正しくないと証拠をだして説明する 2 指摘を認めて発言を訂正する 3 指摘を無視する」ていう選択肢があるなかでいつも 3 を選んできてる。関係ない話をはじめたり相手を非難したり、いってもいないことをいったことにしたり、証拠はださないけど指摘は正しくないっていってみたり。これは被依頼者コメントでたっぷり証明されてるよね。いまも選択肢がみっつ。細かくかくと「1 謝罪要求があるという差分をだす 2 謝罪要求はないと認めて発言を訂正する 3 指摘を無視する」かな。どれを選ぶんだろう。法難輪戸尊さんはいつも 1 だね。それもどうかとおもうけど。ところでKsさん「今本を探してます」って、いまさら!?そりゃないよ、前もいったけどソア橋にかかわるべきじゃない。--PPPRPPPR(会話) 2012年9月17日 (月) 07:15 (UTC)