池田満
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池田 満(いけだ みつる、1955年 - )は、国語と歴史および日本の思想の研究家である。漢字渡来の以前の、ヲシテ時代の、おおよそ4世紀か3世紀かの以前に、わが国の歴史や国語、それにともなう歴史観や哲学の分野を研究し続けている。著書も多い。
著書などの仕事
- 「ホツマ神々の物語」(長征社、1991年)
- (松本善之助監修)「和仁估安聡本 ホツマツタヱ」(新人物往来社、1993年)
- (松本善之助監修)「校本三書比較 ホツマツタヱ・上編」(新人物往来社、1995年)
- (松本善之助監修)「校本三書比較 ホツマツタヱ・中編」(新人物往来社、1996年)
- 「The world of Hotsuma Legends」(Japan Translation Center、1996年)
- (松本善之助監修)「校本三書比較 ホツマツタヱ・下編」(新人物往来社、1997年)
- 「ホツマ辞典」(松本善之助装丁、池田満著、展望社、1999年)
- (松本善之助監修)「校註 ミサカフミ・フトマニ」(展望社、1999年)
- 「ホツマツタヱを読み解く」(展望社、2001年)
- (松本善之助監修)「定本 ホツマツタヱ」(展望社、2002年)
- 「縄文人のこころを旅する」(展望社、2003年)
- 「記紀原書ヲシテ・上下巻」(展望社、2004年)
- 「ホツマ縄文日本のたから」(展望社、2005年)
- 「縄文文字ヲシテA」(漢字国字化時代の以前に遡及したヲシテのフォントの製作、池田満編、公開、2006年。
- (青木純雄・平岡憲人著)「よみがえる日本語 - ことばのみなもとヲシテ -」の監修([ 明治書院]、2009年) ISBN 9784625634079
- 「ホツマで読むヤマトタケ(日本武尊)物語」(展望社、2010年)
- 「新訂ミサカフミ・フトマニ」(展望社、2012年)
- 「よみがえる縄文時代イサナギ・イサナミのこころ - 新発見『ミカサフミ ワカウタのアヤ』アマテルカミが解き明かす -」(展望社、2013年)
- (青木純雄・斯波克幸著)「よみがえる日本語II - 助詞のみなもとヲシテ -」の監修(明治書院、2015年)ISBN 9784625634154 図書館協会の選定図書[1]
- 「ホツマツタヱ発見物語」(松本善之助著、池田満編、展望社、2016年)ISBN 978-4-88546-319-8
- 「東雲物語」(池田満、小説PDF、公開、2018年)
- 「和仁估安聡筆風のヲシテのフォント」(池田満編、公開、2018年)
脚注
研究歴史
- 昭和30年(1955)大阪府 生まれ。 (写真:熊野にて) 池田満は、17才の時(1972)に、『ホツマ ツタヱ』に巡り会う。ここで即座に、厳格な松本善之助氏に入門を決意する。 松本善之助は、『現代用語の基礎知識』の自由国民社の編集局長。ドラッカーの『現代の経営』の初代翻訳本の編集でも有名。のちに『ホツマ ツタヱ』の現代発見と研究に生涯を捧げた。 ヲシテ文献の解明に取り組み始めた、池田満は、原文の暗唱を手始めに、『古事記』『日本書紀』との比較研究に没頭する。また、系図、年表などの作成、語彙の当時の意味解釈にと、基礎的研究に邁進する。 この成果をまとめて『ホツマ辞典』(展望社)を上梓出版した。『古事記』『日本書紀』との比較研究の成果は、『校本三書比較ホツマツタヱ』(上・中・下、新人物往来社)にまとめて上梓出版し、さらに、一冊本の『定本ホツマツタヱ』(展望社)に改定して出版した。ヲシテ文献の『ミカサフミ』『フトマニ』にも、研究を進めて『校註ミカサフミ・フトマニ』(H11)さらに、『新訂ミカサフミ・フトマニ』(H24 展望社)を上梓・出版した。 また、原写本の発見保存の分野でも、池田満の活躍は認められる。最古の完写本の『ホツマツタヱ』が平成4年(1992)に発見され、池田満が、虫食いになって散逸目前だった写本を修復して保存に糸口を付けた。この最古の完写本は『和仁估安聡本ホツマツタヱ』として影印本を新人物往来社から出版をおこなっている。また、平成24年(2012)には、『ミカサフミ』に所収の『ミカサフミワカウタのアヤ』の発見・解明に取り組み『よみがえる縄文時代、イサナギ・イサナミのこころ -新発見『ミカサフミ アワウタのアヤ』アマテルカミが解き明かす-』(展望社)を平成25年(2013)に上梓した。 池田満は、ヲシテ(日本固有文字)のフォント(文字形状)の縄文時代への遡及製作や、縄文時代の国文法の解明にも精力的に挑み続けて、『よみがえる日本語』(青木純雄・平岡憲人、明治書院)の監修もした。ヲシテ文献に拠り、真実の日本の姿とは何か? 「日本」の目指すべき先は、何処か? 国学のあらたなる再構築を目指して。 ∞ ∞ ∞ 最新刊は、『よみがえる縄文時代、イサナギ・イサナミのこころ -新発見『ミカサフミ アワウタのアヤ』アマテルカミが解き明かす-』展望社。 ∽ ∽ ∽ ― 表紙カバー・箱、のデザインなどにつきまして ― 池田 満 『ホツマツタヱを読み解く』(平成13年11月 発刊。 2001) 地中海の古代ガラスの美しさを、同時代性に準(なぞら)えてデザインしました。(ガラスは女房のコレクション) 『ホツマ辞典』(平成11年6月 発刊。 1999) 松本善之助先生筆の「さくら」の絵です。ヲシテ文字の署名の「よし」は、善之助先生の読みの「よしのすけ」の「よし」です。裏のミョウガも松本善之助先生の絵です。ミョウガは、ヲシテ時代に「メガ」と呼ばれていて、病気除けに有効だと言われていました。箔押しの書名は銀押しに控えました。原字原文こそが永遠の金であるためです。本体の本の上装の布地は、黄色にしました。語彙解釈などは重なり落ちてゆく落ち葉に例えましての意味です。ハル(春)が来て、もっと良い芽吹きの元になるためです。 『よみがえる縄文時代、イサナギ・イサナミのこころ -新発見『ミカサフミ アワウタのアヤ』アマテルカミが解き明かす-』(平成25年3月 発刊。 2013) あけぼのの富士山に水鳥が蹴り泳ぐ情景を、氷の張った岸辺で撮影しました。裏表紙カバーには、カモ(鴨)の蹴り泳ぐ姿を近景に配置しました。国語の大原理の「オヨクキ(泳ぐ、及ぼし来る、固めてより良くする)」の概念は、実のところ「カモ」の泳ぐ姿が原理発見の端緒に成ったものだったのでした。また、アマテルカミのこのご講義が語られましたのは、富士山(ヲシテ時代での名称は、ハラミヤマ)の麓であったことが判って来ました。アマテルカミと富士山とは係わり合いが深いです。何しろ、ご尊父のイサナギさまが、富士山(ヲシテ時代での名称は、ハラミヤマ)の頂上のコノシロイケで目を洗ってのミソギ(禊ぎ)をなさって、ミコ(皇子)の誕生を祈願なさいました経緯もあって、アマテルカミのご誕生に結びついたのでした。(ホ4-14(501)、ホ24-76(5065)) アマテルカミのご誕生の土地も富士山の山麓であったのです。(ミ3-15(11129)、ホ3-14(415)、ホ4-25(543)) 水鳥の蹴り泳ぐスピードは、思いの外に早いものです。氷の張った岸辺を急いで走って行って転(ころ)げそうになるぐらいでした。「オヨクキ」の原理は、本当の意味の「日本精神」の真髄だと思います。それで、「カモ」にこだわりました。 『記紀原書ヲシテ』(平成16年8月 発刊。 2004) ヲシテ文献の『ミカサフミ』に出典のある言葉の「ミヲヤカミ ミテクラソムル ハルアキノ イキハクタヨリ サキリナス」(『ミカサフミ』6-130)からイメージした、春と秋の風景をデザインしました。 『縄文人のこころを旅する』(平成15年5月 発刊。 2003) 熊野の那智大社の火祭り(扇祭り)の扇御輿の12体が、社殿に並ぶ壮観さを前面に出しました。縄文哲学の優雅さ壮麗さをイメージしてもらいたいと願いました。ゴテゴテしたサイケさの世界ではないと理解しているためです。 『ホツマで読むヤマトタケ(日本武尊)物語』(平成22年8月 発刊。 2010) 国立公文書館に所蔵してある『ホツマツタヱ』写本を前面に出しました。『古事記』『日本書紀』の翻訳前の原書ですからね。ヤマトタケさんの強い思いがここに結実したからです。また、縄文時代に遡及してヲシテの文字形を再究明中の「立体ヲシテ」で、「や」「ま」「と」の文字を添えました。外国語の漢字によるのではなくて、もともとのヲシテ文字(日本固有文字)で基礎を固め直してゆく必要があると思うからです。 『ホツマ縄文日本のたから』(平成17年1月 発刊。 2005) 青森の三内丸山遺跡の復元の姿に、大きな縄文土器を添えてデザインしました。 『定本ホツマツタヱ』(平成14年3月 発刊。 2002) 縦横の糸から織りなす歴史を、布に例えて箱にデザインしました。(布は、女房の姉の森茉莉さんの作品) 本体の布張りの布も、タテヨコ(経緯)のすきっと決まる布(きれ)を用いました。 『新訂 ミカサフミ・フトマニ』 (平成24年4月 発刊。 2012) ヤマ サクラ(桜、日本自生種のサクラ)の開花のハル(春)の風景を表しました。国民の活力ある生活を実現しようとするのが、『ミカサフミ』を記述した家の役割・職分であるためです。裏表紙の右肩にはキリの実・種のそよぎを配置しました。遅く咲く事で、重要な意味の役割を担(にな)う植物もあることを『フトマニ』にも重々に述べられているからです。文明力のはなはだ深いわが国の深奥は、『フトマニ』や『ミカサフミ』の原文に原字のヲシテ文字でトライするしか迫りゆけるはずが有り得ません。それは、わが国、わが民族の文明力がとても大きいからだと思います。訳すと言う行為は、根っ子をちょん切ってしまうおこないです。根無し草の再製作なのですね。原文を読み込んでゆく為の、必要最小限の注釈に控えるのは、そのためです。国家・民族の再確認を為しゆくには、ヲシテ(日本固有文字)文献の原文に如何にまじめに接っしてゆくか? この現実・現在の我々のひとりひとりの今日・明日の為し行きの行為にこそに、ひとえに掛かっていて、此処こその千日ほどの日々が揺るがす事の出来ない万世に刻む根拠であるためです。 ・ ・ また、返す返すも思います事ですが、鳥居礼君が『ホツマツタヱ』などヲシテ文献に入門してきた際(昭和57年頃、1982頃)に、ヲシテ文献に取り組む心得や基礎的研究方法、「系図」や「三書比較」の当時完成したての最先端のホヤホヤの原稿をコピーさせてあげたり、などなど全面的公開で私が手ほどきをしたのでしたが、現代漢字仮名交じり文への直訳で事足れりとする、彼の間違った姿勢を直す前に無言で去って行ってしまったことは悲しい事でした。 特に、江戸時代ごろ以降の「神道」説の用語に当てはめての解釈はいけません。「言霊」の言葉などは、新興宗教の匂いが強く染み込んでいますので極力避けるべき語彙ですね。近い概念のそして避けるべき言葉は、細心の心使いをして、大きな誤解を生じさせないようにするのが、本当のまごころの親切です。 「ちょっとわかり易い」、の事々は後の大きな誤解を招くだけなのです。「小さな親切、大きな迷惑」有り難た迷惑ですね。直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」の偽書制作のねずみ男は、こう言う経過で生じてくるのです。ちょっとの親切が、大きな迷惑です。読者を混乱させ、本来の「日本」文明の輝きを消し去る行為です。直訳偽書を製作する「秀真伝(しゅうしんでん)」の彼らの浅はかな動きは、大きな構造での意味を取り違える、バイアスが働いてしまうからです。謂わばオカルト的な方向に大きく方向をずれさせるバイアスですね。 ヲシテ時代の語彙の「トコヨ」を、「常世」とするのもいけませんし、ヲシテ時代の「ホツマ」の言葉を「秀真」と直訳的に当て付けするのもいけませんね。それやこれや、ちょっと見には見過ごしてしまいそうな所ですが、そこに彼らUFO超古代史研究家達にとっては、付け込むすきを見い出しているようですね。桑原くわばらです。東には「ミミズク」教、西には「ウサギ」教がご活躍です。悲しくも哀れなる事で御座います。 安易な安直的な直訳的な理解に走る姿勢や、ヲシテ文献に典拠の無い事物を仮託するのは、意味ずらし時代ずらしの誤謬の製造になるからです。みなみなさまには、ご注意のほどを、よくよくお願い申し上げたいと存じます。 ・ 他に、鳥居礼君の他にも、同様の類(たぐい)の鏑邦男さんのような直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」創作の人々はびっくりする程にもの数にて多く居てまして、わざわいの多くの事に、わが国の国学の再構築に極めて醜悪で深刻な妨害をするだけのものです。禍(わざわい)を振りまいているだけなのが、どうしても、本人には理解が出来ない不勉強なのでしょうね。なにしろ、まともに記紀の原文なども読めはしないのであると思われますね。ちゃんと、漢字文献類との比較を原文でしてから、その、差異について詳しく前後関係や・不当な誤訳がどの程度に包含せしめられてしまっているのか? 繊細な神経を鋭意に研ぎ澄ませて、漢字国字化時代の初期の動乱の時代の混乱を見抜く事をしなくてはなりません。それでこそ「国学」の再構築です。偽書にほとんど近い『古事記』におもねって、尻尾を振って擦り寄ってどうしますか? それは、ダメ路線も甚だしい事です。 ヲシテ時代の「アマテルカミ」はアマカミ(神武以前の天皇陛下)の8代目にご即位されたお方です。ですが、記紀では、雲上の世界に居られて、一度も地球上にはおいでになられてないお方なのです。これが「天照大神」です。ヲシテ文献の古代の天皇陛下としての「アマテルカミ」と、誤訳で塗り固められた記紀の雲上の世界の誤りのイメージの「天照大神」とを、イコールで結んで置き換えてしまうのです。このように、本質が違うものをごちゃ混ぜにしてしまうのが、そもそもの誤訳です。大問題の、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」の製作の第一歩です。これは、全くの間違いなのです。ダメなのです。 天皇陛下を意味するヲシテ時代の「お上(かみ)」の言葉を「神」の漢字に当てて誤訳するからダメなんです。祖先を意味しているヲシテ時代の「カミ(ご先祖さま)」の言葉を、「神」の漢字に当てて誤訳するからダメなんです。 漢字以前の、ヲシテ文献の大文献が出現しましたのですから、1300年ほどの歴史研究はいったんリセットするのが正しい事です。祖先の偉人の意味の「カミ」素晴らしいリーダーの天皇陛下のようなお方の「カミ」のヲシテ時代の言葉に「神」を当てたら大きな誤訳です。この事を、しっかりとご理解願いたい事で御座います。 つまり、味噌も糞もごった煮と一緒の(表現が汚くて済みません)、そんな数多くの直訳偽書「秀真伝(しゅうしんでん)」作りに、蟷螂の斧というよりも、売国のレベルに勤(いそ)しむような中のひとりの、彼、鏑邦男さんもいました。偽書作りは後世に悪名を残すだけですよと、事ある毎に説明しました。とは言え、彼の思いは違う所にあったようでした。金銭関係か名誉的な事だか? 彼の真意は解りかねますが。 ちゃんとした事でありましたら、わたくしとても応援も出来ますが、直訳偽書の製造と頒布には、どのようにある事態にても、関与は拒否のこと。このことは、死んでも、どんな拷問に掛けられたとしましても、わたくしは、拒否をする事になります。偽書の製造は千年・万年に渡る罪ですからね。 ・ 彼のような気持ちは鳥居礼君と同様の様な次元の事だと思います。残念ながらまったく、わたくしの主張については、聞く耳を持たない人でした。ワケ無しの人には、五月蠅いだけなんでしょうね、わたくしの言う事なんかはね。 ですが、わたくしは、嫌がられても、言わざるを得ないのですね。どうあってもです。こちらは、国学をきちっと、本来のヲシテ文献に拠っての再構築を目指してますから、ですね。 当時の単身赴任中の茨城県石岡市のワンルーム・マンションで、何回も電話で大声で鏑さんに説明して、頭に来てたのを思い出します。『ホツマツタヱを読み解く』の執筆中で、重ねてヲシテのフォント(文字体)の縄文時代遡及の第一次の時期でして、躍起になって集中していた時期の事でした。当時は墨を摺って使ってましたので、クタクタなのですね。心身共にです。こちらは、ね。 とにかく集中しているものですからね。狭い部屋ですので、ヲシテを墨書しても乾かす時間が掛かります。それを、毎日、何枚こうやって、それから、縮小コピーを作って、さらに考えて、墨書をして... と。 延々たる作業をしている最中(さなか)です。記紀との比較の事を最低限にさえもやってなくて、ヲシテ文字も満足に特殊文字の区別すら付かない人を相手に、延々と、電話のやり取りをやってる空しさを、どうか、ご理解の事をお願い申し上げます。 それなのに、そんな、記紀など漢字文献類との比較をきちっとしたことも無いような、そのような程に、ともでも言う程のもの、とっても不勉強の人なのででしょうかね? 「糠に釘」とはよく言い得て絶妙な事だと思いました。ヲシテ文献の位置関係は聞き齧りの程度の理解しかない初心者。肝に据わったほどには掌握にほど遠い遥か以前の段階なのだったのは確かですね。ヲシテ文献の位置認識、こればっかりは、他人の言う事の鵜呑みでは、今現在の段階では、肚に据わった理解・恬覚を得るのは難しいですね。「ねずみ男」の類(たぐい)がうじゃうじゃ徘徊してますからね。実際に自分の目で、努力して労力を使ってはっきりと見定めないと無理だと思います。今にして思えば、彼、鏑邦男さんこそが「ねずみ男」の権化であったのでしょう。彼は、私に意見したかったのですね「直訳して、ばっと、広めればいいじゃないか!」 とね。 それは、「ねずみ男」の路線でしょう?! と、私は答えるわけですね。直訳偽書の「秀真伝(秀真伝)」はダメですよ。そんな汚いものを振りまくから、あとのお掃除がもっと大変になってしまうのですよ。 どちらが正しいか? この評価は、彼、鏑邦男さんの言う如くに、「歴史の評価にゆだねたい」の主意に託したいと思います。 おおよその判定の基準の在り処は、『よみがえる日本語』(明治書院、青木純雄・平岡憲人、池田満 監修)の前半の部分で理解がし易くなっていますので、そちらを、ご覧願いたく存じます。 国学の再構築には、基礎になるのが『日本書紀』『古事記』との対比比較です。この、三文献の内容の差異についての精査と、吟味、どれが最も先行文献であるのか? この判断をするのが、基本中の基本です。この作業を経なくては、根無し草です。ヲシテ文献に拠る「国学」再構築の、基礎の第一歩、つまり『日本書紀』『古事記』と『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』などヲシテ文献との対比比較を、きちっとする事が、第一歩です。すべて、お話は、この第一歩のことのあとの事から始まると思います。 ・ わたくしの考えるところとしましては、ヲシテ時代の当時の言葉の意味に、しっかりと真正面から向き合わなくては、先人に対しても、未来の人々に対しても申し開きが出来かねることになるのは自明の理です。ヲシテ文字(ホツマ文字)も読み書き出来ないでは、たったの初めの半歩も一歩も敷居がまたげていません。ヲシテ文字の読み書きが出来ないでは、はっきりと申しまして、100%の論外ですね。この事だけは、断言できます。ヲシテを放棄して、ひらかなに変えるなんて論外です。ねずみ男ですね。純粋さの溢れるようなピュアーですね。 ヲシテ(日本固有文字)の力(ちから)の大きさに心底からの覚醒を得ていない人を、これまで、彼ら彼らの他にもとても多くの人数を目にして来てしまいました。これが、わたくしの最も悲しみに耐え得ない事で御座います。 本当に我が国の歴史に自信を持つなら、どうして、ヲシテ(日本固有文字)に100%を信任出来ないではどうしますか? すでにして、『よみがえる日本語』(明治書院、青木純雄・平岡憲人、池田満 監修)で、ヲシテ(日本固有文字)こそが「やまとことば」の源泉であったことが明らかになった事を公表しています。