号 (称号)
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解説
かつては文士が書画を創作発表する際に使用され、歴史上初めて号を用いた人物は、中国北宋の欧陽脩とされる[1]。一万巻の蔵書・一千巻の拓本・一張の琴・一局の碁・一壺の酒・一人の居士ということから「六一居士」と号した。それ以降、名だたる文人がこれに倣い、例えば、蘇軾は(蘇東坡、別号:東坡居士)である[2]。
文人達が好んで号に用いた字句に、「道人、散人、山人、野人、居士、逸士、処士、隠士、迂士、逸民、外史、仙史、樵客、山樵、漁夫、漁叟」などが挙げられる。いずれも文人らしく隠逸志向がみられる。また居宅や書斎(文房)の名をそのまま号とすることも多く、たとえば蘇東坡は雪堂、米芾は宝晋斎、趙孟頫は松雪斎、日本でも池大雅の大雅堂、木村巽斎の蒹葭堂などがある。このような号は「 – 堂、 – 斎(齋)、 – 室、 – 館、 – 閣」などの語が附随するので、堂号(堂名)、斎号(斎名)、室号(室名)などと呼ばれる。明の文人である文徴明は「我が書屋は多く印上に起造す」と述べているように必ずしも実在の居宅や書斎ということではなかった。
創作活動に本名とは別の称号を使用する習慣は日本にも輸入され、現在に至るまで継続しているが、現在では主にペンネームや筆名と呼ばれ、俳句や日本画などの分野を除いては「号」の呼び方はあまり使用されなくなった。
脚注
出典
- 新関欽哉『東西印章史』東京堂出版、1995年、ISBN 4490202687。