アセット・フリップ
アセット・フリップ(asset flip)とは、他の開発者から既成の人物や物体、背景などを購入し、それをほとんど加工することなく、完成品のゲームとして販売することを指す[1]。利用規約に反しているか否かにかかわらず、このようなソフトはゲーマーにとってクリエイティブではないとみられる傾向にあり[2]、このようなソフトによって人気度は低いが高品質の作品が埋もれてしまうと考えられている。アセット・フリップはオンライン配信サービス、特にSteam[3]にとって悩みの種になる。 また、Nintendo Switchのニンテンドーeショップにおいてもアセットフリップは問題視されており[4]、このようなソフトの販売を許したとして、ライセンサーのニンテンドー・オブ・アメリカ(任天堂米国法人)にまで批判の矛先が向けられたケースもあった[5]。
定義
[編集]アセットフリップはコンピュータゲームにおける粗製乱造(ショベルウェア)の手法の一種であり、商用利用が認められた、市販または著作権フリーの「アセット」(ゲームの素材やスクリプトをまとめたもの)を適当に組み合わせたジェネリック商品である[2]。また、このような粗悪品を作成したうえで、その類似品、あるいはタイトルを変えただけの作品を乱造する業者も存在する。アセットフリップという言葉は、2015年頃に、コンピュータゲームを専門とするジャーナリストジム・スターリングによって生み出された[1][2]。「アセット」はゲームの素材やスクリプトをまとめたものを意味し、「フリップ」は素早く転売するという意味である[6]。この言葉には、でき合いのアセットで低品質のゲームを作るという侮蔑的な意味合いが込められている。
一方、Viceでは「どうにかゲームとして機能するだけの、素材の寄せ集め」("cobbled together, barely-functioning games")と定義している[7]。
アセット・フリップに該当しない作品
[編集]2017年にサービスを開始した『PlayerUnknown's Battlegrounds』(PUBG)は市販のアセットを使用していたため、これに該当するか否か論争となった[8][9]。 『PUBG』のクリエイティブ・ディレクターであるBrendan GreeneはE3 2018のセッションの中でこのことについて触れ、アセットフリップと呼ばないでほしいとコメントしているほか、同作を運用しているPUBG Corp.のコミュニケーション担当Ryan RigneyもRedditにて市販のアセットを使う事情を説明し理解を求めた[9]。
Bennett Foddyら一部の批評家や開発者は、「アセット・フリップ」が「十把一絡げ」 (catch-all) な用語であると嘆かわしく見ており、例えばPUBGのような高品質のゲームや実験的なゲームが、大量のアセットを使っているという理由だけで、プレーヤーから「アセット・フリップ」というレッテルを貼られることがあると考えている。[3]
歴史
[編集]アセットフリップは著作権フリーのアセットが市販され始めた2010年代から登場し始めた。
2010年にアセットストアを始めたUnityは[10]、2015年の時点でアセットの使いまわし問題を把握していたことを当時のブログ記事の中で明らかにしており[11]、スターリングがアセットフリップという言葉を使いだしたのもこのころである[2]。
Digital Homicide Studiosは自社製品『The Slaughtering Grounds』を酷評したスターリングとSteamユーザーを名誉毀損として訴えたものの裁判所から棄却されたうえ[12]、Valve Softwareから取引停止を言い渡されてSteamから同社のソフトがすべて削除された[13][14][15]。また、Valveは2017年にもSilicon Echo Studios(およびZonitron Productionsなど関連ブランド含む)から出された同様の作品173本をSteamから一掃している[16]。同社は2017年8月と9月だけでも86タイトルを発売しており、これは同期間におけるSteamで配信開始されたゲームの一割を占めていた[16]。 同社のゲームはUnityのストアで売られているアセットで構成されており、バンドルとして配信することで、100ドルの手数料を回避していた[17]。Valveは同社宛の警告文の中で、「ほぼ同一のソフトを大量に発売したことで、ストアの機能に支障が出、プレーヤーが楽しいゲームを見つけたくなるのを困難にしている」とコメントしている[18]。 その後、Silicon Echo Studiosの削除されたタイトルは200以上におよび、同社は操業停止に追い込まれた[19]。
2018年5月、Steamは シューティングゲーム『Active Shooter』を削除した[20][21]。この作品はスクールシューティングを想起させるとして批判を呼んでいた上、アセットフリップとしても批判されていた[22]。また、アセットフリップ作品を多く配信してきたBunchOD00dzがAsset Flip Simulatorという作品を配信し、批判を呼んだ[23][24]。Asset Flip Simulatorを含めてこの製作者のソフトは2018年6月8日までにSteamから一掃されている[25][26]。
Valveは「荒らし」や違法行為は削除対象とする一方[27]、アセットフリップは放置され、その数は増加の一途をたどってきた[24]。そして、ついには多くのインディー作品の発見可能性が、その品質にかかわらず、急速に下落した現象を指す、"Steampocalypse" (Steam + apocalypse、「Steamの終末」の意) という言葉まで出てきてしまった[3]。
家庭用ゲーム機における例
[編集]家庭用ゲーム機向けに配信されているダウンロード専売のタイトルにも、素材の画像やBGMを差し替えただけで根本のゲームシステムが全く同じアセット・フリップが多数存在することが確認されている。
たとえば、2017年にWii U/3DS用ソフトとして配信された『SHOOT THE BALL』は、Epilex Gamesのテンプレート「Shoot The Ball - Ready To Publish Fun Arcade Game」を流用しているという指摘がある[28]。
2022年8月より、ドイツのゲームメーカーThiGamesが日本・欧米向けPS4/PS5用ソフトとして配信した『The Jumping Noodles』(および『The Jumping Noodles: TURBO』)を始め、アセットの画像を色々な料理(タコス、サンドイッチ、ハンバーガー、巻き寿司など)や背景を差し替えただけのゲーム『The Jumping xxx』シリーズも多数配信されており[29]、×ボタンを一定時間押し続けるだけで簡単にトロフィーを獲得できる。
日本国外向けにNintendo Switch用ソフトとして発売された『The Bullet: Time of Revenge』という作品は「Hammer 2」のアセットを流用しており、最終的にはこのようなソフトの流通を許した米国任天堂も非難された[30]。
脚注
[編集]- ^ a b Sterling, Jim (2015年5月25日). “The Asset Flip (The Jimquisition)”. 2023年6月18日閲覧。
- ^ a b c d White, Kaila (2016年9月21日). “Free speech or criminal harassment? Arizona game maker sues online commenters for $18M”. 2013年1月15日閲覧。
- ^ a b c Grubb, Jeff (2018年7月12日). “In defense of asset flips on Steam” (英語). VentureBeat. 2018年7月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月14日閲覧。
- ^ Craddock, Ryan (2020年5月11日). “Nintendo Accused Of Hosting Asset Flip Game On Switch, And Fans Aren't Happy” (英語). Nintendo Life. 2020年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月14日閲覧。
- ^ Kawase, Ayuo (2020年5月12日). “Nintendo Switchに「ネットで売られる素材集そのまま」のゲームが発売され批判集まる。eショップに迫る“低品質ゲームの魔の手””. AUTOMATON. 2023年1月13日閲覧。
- ^ “flipの意味・使い方|英辞郎 on the WEB”. アルク. 2023年6月18日閲覧。
- ^ Gault, Matthew (1970年1月1日). “'Asset Flip Simulator' Highlights a Huge Problem on Steam”. Vice.com. 2022年8月13日閲覧。
- ^ Grayson, Nathan (2018年6月18日). “No, PUBG Is Not An 'Asset Flip'”. Kotaku.com. 2022年8月13日閲覧。
- ^ a b Ishii, Ryuki (2018年6月19日). “『PUBG』は“ストアアセットの寄せ集め”との批判に開発陣が反論。既製アセットの利用はゲーム開発の円滑化に欠かせない”. AUTOMATON. 2023年1月14日閲覧。
- ^ “Unity Technologies Launches 3rd Party Marketplace 'Unity Asset Store' | Unity”. 2023年1月15日閲覧。
- ^ Meeks, Caitlyn (2015年7月16日). “Asset Store: A force for creative goodness”. Unity. 2023年1月5日閲覧。
- ^ D'Anastasio, Cecilia (2017年2月21日). “Court Throws Out Digital Homicide's Case Against Critic Jim Sterling” (英語). Kotaku. 2017年2月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月14日閲覧。
- ^ Matthew Handrahan (2016年9月23日). “ファン訴訟を起こしたDigital HomicideのゲームをSteamが削除”. GameIndustry.biz. Aetas. 2023年1月14日閲覧。
- ^ Kawai, Ritsuko (2016年9月21日). “Steamユーザー100人を名誉毀損で訴えた開発元をValveが絶縁、「顧客を敵に回す相手とは仕事しない」”. AUTOMATON. 2023年1月14日閲覧。
- ^ D'Anastasio, Cecilia (2017年2月21日). “Court Throws Out Digital Homicide's Case Against Critic Jim Sterling” (英語). Kotaku. 2017年2月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月14日閲覧。
- ^ a b “Valve,173本の「アセット置き換えゲーム」をSteamから削除”. gamesindustry.biz Japan Edition. Aetas (2017年9月29日). 2023年1月14日閲覧。
- ^ Bailey, Dustin. “After having 200 "fake games" pulled from Steam, Silicon Echo Studios are shutting down”. 2023年1月15日閲覧。
- ^ Frank, Allegra (26 September 2017). “Valve removes nearly 200 cheap, 'fake' games from Steam (Update)”. Polygon. 2023年1月15日閲覧。
- ^ Au Yeung Yu Leung (2017年10月5日). “ValveがSteam上から200以上の低品質ゲームを削除、開発会社は操業停止に”. IGN Japan. 2023年1月14日閲覧。
- ^ Lucero II, Louis (2018年6月8日). “Steam, After Pulling School Shooter Game, Says It Will Sell Nearly Everything” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331 2020年12月16日閲覧。
- ^ Yamanaka, Taijiro (2018年5月31日). “学校で銃を乱射できるFPS『Active Shooter』批判を受けてSteamから撤去し開発者を追放。しかし処分理由は“以前の素行不良””. AUTOMATON. 2023年1月14日閲覧。
- ^ Kain, Erik. “Valve Was Right To Remove 'Active Shooter' From Steam, But It's Not Enough” (英語). Forbes. 2023年1月14日閲覧。
- ^ Gault, Matthew (2018年5月5日). “'Asset Flip Simulator' Highlights a Huge Problem on Steam”. 2023年1月14日閲覧。
- ^ a b Kawase, Ayuo (2018年5月8日). “開発者自身が「マジのゴミ」と紹介する『Asset Flip Simulator』がSteamにて発売。開発の所要時間は5分”. AUTOMATON. 2023年1月14日閲覧。
- ^ “Valve removes AIDS Simulator, ISIS Simulator and more from Steam” (英語). PC GAMER (2018年6月8日). 2023年4月7日閲覧。
- ^ “Valve、『ISIS Simulator』を手がけた小規模スタジオの作品をSteamから削除―「いたずら」に該当か”. Game*Spark (2018年6月9日). 2023年1月14日閲覧。
- ^ Kawase, Ayuo (2018年6月7日). “Valve、Steamにおける“すべてのゲーム”を容認していく方針を明言。荒らしと違法行為」以外はポルノや暴力コンテンツについても制限せず”. AUTOMATON. 2023年1月14日閲覧。
- ^ 葛西 祝 (2020年8月15日). “「ファイナルソード」がハマった違法アセットという落とし穴。アセットストアはどこまで安全性を保証できるか?”. 4Gamer.net. Aetas. 2023年1月14日閲覧。
- ^ “料理・飲み物をジャンプさせるだけ”のゲームが、海外PS Storeに続々登場。メーカーの狙いとは
- ^ Kawase, Ayuo (2020年5月12日). “Nintendo Switchに「ネットで売られる素材集そのまま」のゲームが発売され批判集まる。eショップに迫る“低品質ゲームの魔の手””. AUTOMATON. アクティブゲーミングメディア. 2023年1月13日閲覧。