ウァロ・アタキヌス
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ウァッロ・アタキヌス | |
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誕生 |
紀元前82年 ガリア・ナルボネンシス |
死没 | 紀元前35年頃 |
国籍 | 共和政ローマ |
活動期間 | 古代ローマ黄金期 |
ウィキポータル 文学 |
プブリウス・テレンティウス・ウァッロ・アタキヌス(ラテン語: Publius Terentius Varro Atacinus, 紀元前82年 – 紀元前35年頃)は、古代ローマ黄金期の詩人。
同時代人のマルクス・テレンティウス・ウァッロ(Varro Reatinus)とはよく混同される。
生涯
[編集]ウァッロは、ローマの属州ガリア・ナルボネンシスに生まれた。そこはガリア地方の南部にあたり、首都ナルボンヌのあったところである。アタクス川(現オード川)に面していて、アタキヌスというコグノーメンはそこが生まれ故郷であることを示している。
作品
[編集]現存するウァッロの作品は断片のみである。
- Bellum Sequanicum – アリオウィストゥスと戦うガイウス・ユリウス・カエサルを描いた詩。
- Satires
- Argonautica(アルゴナウティカ) – アレクサンドリア人のロドスのアポローニオスの叙事詩『アルゴナウティカ』のラテン語翻訳。
- Cosmographia(またはChorographia)– 地理書でウェルギリウスが参考にした。
- Ephemeris – アラトス以降の農業暦。
- Rerum Rusticarum
ウァッロの断片では、『The Tombs of the Great(名士の墓)』というエピグラム(警句)がよく知られている。本当にウァッロの作品かどうかはおくとして、それは俳句に似て、簡明かつ懐疑的なローマ時代の特徴を持っている。
- Marmoreo Licinus tumulo jacet, at Cato nullo,
- Pompeius paruo: credimus esse deos?
((奴隷から自由民になった)リキヌスが眠る大理石の墓にて。それでもカトーにとっては、存在しない者。/ポンペイウスにとっては、取るに足らない者。何故? 我々は神々だと思うのか?)
参考文献
[編集]- Charles Thomas Cruttwell, History of Roman Literature 1877: Book II, part I Note III