バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
バーミンガム・ロイヤル・バレエ団 | |
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一般情報 | |
名前 | バーミンガム・ロイヤル・バレエ団 |
現地名 | Birmingham Royal Ballet |
旧名 |
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創立年 | 1946年 |
創立芸術監督 | ジョン・フィールド |
桂冠名誉芸術監督 | ピーター・ライト |
拠点劇場 |
バーミンガム・ヒポドローム Hurst Street, Birmingham England, B5 4TB |
ウェブサイト |
brb |
上級スタッフ | |
最高責任者 | キャロライン・ミラー |
理事 |
デヴィッド・ビントレー (2019年退任) カルロス・アコスタ (2020年 - )[1] |
助理事 |
マリオン・テイト (2020年まで)[2] |
支配人 | ウィル・モシュリン |
バレエマスター | マイケル・オヘア、ドミニク・アントヌッチ、ヴォルフガング・シュトルヴィッツァー |
その他 | |
姉妹カンパニー | ロイヤル・バレエ団 |
オーケストラ | ロイヤル・バレエ・シンフォニア |
公式スクール | ロイヤル・バレエ学校 |
構成 |
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バーミンガム・ロイヤル・バレエ団(Birmingham Royal Ballet)は、ロイヤル・バレエ団、イングリッシュ・ナショナル・バレエ団、ノーザン・バレエ団、スコティッシュ・バレエ団と並ぶ、英国の5大バレエ団の1つである。1946年、ロイヤル・オペラ・ハウスが再開されるにあたってサドラーズ・ウェルズ・バレエ団が傘下に置かれることになり、その際に一部のダンサーをサドラーズ・ウェルズ劇場に残して作られたサドラーズ・ウェルズ劇場バレエ団が源流である。
サドラーズ・ウェルズ劇場バレエ団は芸術監督ジョン・フィールドの指揮のもとサドラーズ・ウェルズ劇場で活動を続け、1977年にはロイヤルの名を用いることが認められてサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団となった。1990年にバーミンガムに移転するにあたって国内・海外巡演を行った。その際、バーミンガムではバーミンガム・ヒポドローム劇場を会場とした。バーミンガム・ロイヤル・バレエ団は、ダンス・スタジオの他、ダンス傷害の予防と治療のためのジャーウッド・センター(Jerwood Centre for the Prevention and Treatment of Dance Injuries)や、スタジオ・シアターのパトリック・センターなどの専用施設を有している。1997年には、ロイヤル・バレエ団から独立を果たした。
歴史
[編集]1926年、アイルランド生まれのダンサー、ニネット・ド・ヴァロアは、女子向けのダンススクール "Academy of Choreographic Art" を設立した。ド・ヴァロアはかねてからレパートリーを持って上演するバレエ団と、その付属校を作ることを望んでおり、舞台プロデューサー・劇場オーナーであったリリアン・ベイリスと出会ったことで実現に踏み出した。オールド・ヴィック・シアターとサドラーズ・ウェルズ劇場を所有していたリリアン・ベイリスは、1925年にド・ヴァロアと契約して両劇場でダンスを上演する機会を与えた(ただし、この時点ではサドラーズ・ウェルズ劇場は荒廃して再建中であった)。
サドラーズ・ウェルズ劇場は1931年に再建され、劇場の敷地内にヴィック・ウェルズ・バレエ団とヴィック・ウェルズ・バレエ学校が設立された。これが現在のロイヤル・バレエ団およびバーミンガム・ロイヤル・バレエ団、そしてロイヤル・バレエ学校の前身となった。
1937年11月にリリアン・ベイリスが亡くなり、1939年にはオールド・ヴィック・シアターとの繋がりがなくなってしまった。第二次世界大戦が始まると1940年にサドラーズ・ウェルズ劇場も閉鎖の憂き目に遭った。これを受けて国内を巡演せざるを得なくなったが、これがかえってサドラーズ・ウェルズ・バレエ団の名を知らしめることになった。終戦後はサドラーズ・ウェルズ劇場に戻ったが、1946年にコヴェント・ガーデンに新装なったロイヤル・オペラ・ハウス付きのバレエ団として招聘された。ロイヤル・オペラ・ハウスでの初公演は、ニネット・ド・ヴァロアによる『眠れる森の美女』であった。
移転に伴ってバレエ学校もその敷地内に移転し、サドラーズ・ウェルズ劇場で引き続き公演を行う姉妹バレエ団としてサドラーズ・ウェルズ劇場バレエ団が設立された。これがバーミンガム・ロイヤル・バレエ団の前身である。サドラーズ・ウェルズ劇場バレエ団の初代芸術監督はジョン・フィールドであった。ジョン・フィールドは後にロイヤル・バレエ団の共同芸術監督になり、スカラ座バレエ団やイングリッシュ・ナショナル・バレエ団の芸術監督も歴任した。
1955年、サドラーズ・ウェルズ劇場バレエ団はサドラーズ・ウェルズ・バレエ団を親カンパニーとする巡演用バレエ団となってサドラーズ・ウェルズ劇場付きではなくなり、ロイヤル・オペラ・ハウスに移転した。
1956年にはバレエ団とバレエ学校に王立(Royal)の名を冠することを認める勅許状が下され、サドラーズ・ウェルズ・バレエ団がロイヤル・バレエ団、サドラーズ・ウェルズ劇場バレエ団がサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団、サドラーズ・ウェルズ・バレエ学校がロイヤル・バレエ学校に改称された。
サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団は1970年にサドラーズ・ウェルズ劇場に戻ったが、引き続き国内巡演を行った。1987年にはバーミンガム・ヒポドローム劇場から常設バレエ団として招聘を受けた。これを受けて1990年にバーミンガムに移転し、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団に改称された。
1977年から1995年までピーター・ライトが芸術監督を務め、その引退後はデヴィッド・ビントレーが引き継いだ。1997年にはバーミンガム・ロイヤル・バレエ団はロイヤル・バレエ団から独立し、ロイヤル・オペラ・ハウスの管理を離れた。2019年1月には、キューバ人ダンサーのカルロス・アコスタが2020年1月からビントレーの後任として芸術監督に就任することが発表された。
所属ダンサー
[編集]プリンシパル
[編集]名前 | 国籍 | 出身校 | BRB加入 | 昇格 | 備考 |
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厚地康雄[3] | 日本 | 石原千代バレエスクール | 2006年 | 2018年 | |
チョウ・ツーチャオ[4] | 台湾 | オーストラリア・バレエ学校 | 2011年 | 2017年 | |
マティアス・ディンマン[5] | イギリス | キーロフ・アカデミー・オブ・バレエ | 2006年 | 2015年 | イングリッシュ・ナショナル・バレエ団 ゲストアーティスト(2014年)
2006年ヴァルナ国際バレエコンクール 金メダル 2006年ユース・アメリカ・グランプリ 金メダル 2005年韓国国際バレエコンクール 金メダル 2004年ウィーン国際バレエコンクール 金メダル、ヴァーツラフ・ニジンスキー賞 |
サマラ・ダウンズ[6] | イギリス | ロイヤル・バレエ学校 | 2003年 | 2015年 |
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セリーヌ・ギッテンス | カナダ | ゴー・バレエ・アカデミー | 2006年 | 2016年 | |
平田桃子[7] | 日本 | 山本禮子バレエ教室 ロイヤル・バレエ学校 |
2003年 | 2013年 | 2001年ローザンヌ国際バレエコンクール エスポワール賞 |
ブランドン・ローレンス[8] | イギリス | ニザ・スクール・オブ・ダンス | 2011年 | 2019年 | |
セザール・モラレス[9] | チリ | サンティアゴ市立劇場
ヒューストン・バレエ・アカデミー |
2008年 | 2014年 | ウィーン国立バレエ団 プリンシパル・ゲスト・アーティスト(2006年) イングリッシュ・ナショナル・バレエ団(2004-2006年) アルタゾール賞 – 2002年、2003年 2003年ニューヨーク国際バレエコンクール 金メダル2002年プラハ国際バレエコンクール 金メダル |
タイロン・シングルトン[10] | イギリス | ロイヤル・バレエ学校 | 2003年 | 2013年 |
関連項目
[編集]- ロイヤル・バレエ団 - バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の姉妹カンパニー
- ロイヤル・バレエ・スクール - 傘下のバレエスクール
- イングリッシュ・ナショナル・バレエ団
脚注
[編集]- ^ Brown, Mark (15 January 2019). “Carlos Acosta to be Birmingham Royal Ballet director”. The Guardian 31 January 2019閲覧。
- ^ “Ballet Staff”. Birmingham Royal Ballet. 25 October 2019閲覧。
- ^ “Yasuo Atsuji”. Birmingham Royal Ballet. 24 October 2020閲覧。
- ^ “Tzu-Chao Chou”. Birmingham Royal Ballet. 24 October 2020閲覧。
- ^ “Mathias Dingman”. Birmingham Royal Ballet. 3 November 2017閲覧。
- ^ “Samara Downs”. Birmingham Royal Ballet. 3 November 2017閲覧。
- ^ “Momoko Hirata”. Birmingham Royal Ballet. 3 November 2017閲覧。
- ^ “Brandon Lawrence”. Birmingham Royal Ballet. 24 October 2020閲覧。
- ^ “César Morales”. Birmingham Royal Ballet. 3 November 2017閲覧。
- ^ “Tyrone Singleton”. Birmingham Royal Ballet. 3 November 2017閲覧。