ジェラード・ストリート (トロント)
ジェラード・ストリート (Gerrard Street) は、カナダ・オンタリオ州トロントの街路。この街路は2つの部分に分かれている[1]。古くからそれぞれロワー・ジェラード (Lower Gerrard) とアッパー・ジェラード (Upper Gerrard) と称されており、前者は、ユニバーシティ・アベニューとコックスウェル・アベニュー (Coxwell Avenue) の間、6kmにわたってオールド・トロントを横切っている。後者は、コックスウェル・アベニュー上の、ロワー・ジェラードの東端から北 300mの地点に発し、スカーバロー地区にある、クロンモア・ドライブ (Clonmore Drive) のビクトリア・パーク・アベニューとウォーデン・アベニューの間に位置する地点まで、 4kmにわたって延びている。
ジェラード・ストリートは、ディスカバリー・ディストリクト、イースト・チャイナタウン、ジェラード・インディア・バザールなど、トロントの中でも重要な地区を通っている。
街路名の由来
[編集]ジェラード・ストリートという街路名は、アイルランド出身の実業家サミュエル・ジェラード (Samuel Gerrard、1767年 - 1857年)にちなんだものである[1]。
ジェラード・ビレッジ
[編集]ジェラード・ストリート・ウェストのベイ・ストリートとラプランテ・アベニューの間の短い区間は、ジェラード・ビレッジ (Gerrard Village) と称され、19世紀後半から1920年代にかけて、グリニッジ・ヴィレッジのようなボヘミアンな地区として知られ、1960年代末頃までその名残があった[2]。当時の建物で残されているものもいくつかあるが、住民や事業所は、もはや過去とは結びついていない[3]。
ここに住んだり、縁があった者たちの中には、有名な著作家や芸術家もいた[3]。
- ピエール・バートン (Pierre Berton) - カナダの歴史家、著作家。
- アーネスト・ヘミングウェイ - アメリカ合衆国の小説家、記者:1919年から1920年にかけてトロント在住時にここに住んだ。
- ローレン・ハリス (Lawren Harris) - カナダの画家、グループ・オブ・セブンのひとり。
- アルバート・フランク (Albert Franck) - オランダ生まれのカナダの画家。
脚注
[編集]- ^ a b Springirth, Kenneth (2017-05-17). Toronto Streetcars Serve the City. Fonthill Media. "Route serves Gerrard Street which was named after Irish Bussinessman Samuel Gerrard. the section of Gerrard Street between University Avenue and Coxwell Avenue is referred to as Lower Gerrard Street. At Coxwell Avenue the road is one block to the north and is referred to as Upper Gerrard Street." Google books
- ^ McGinnis, Rick (2009年10月14日). “Vanished Bohemia: Remembering Gerrard Village and the Golden Age of the Coffee House”. blogTO / Freshdaily Inc.. 2020年6月14日閲覧。 Google books
- ^ a b Baute, Nicole (2008年12月25日). “Our lost Greenwich Village”. Toronto Star Newspapers Ltd. 2020年6月14日閲覧。