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カベアナタカラダニ

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タカラダニから転送)
カベアナタカラダニ
カベアナタカラダニ Balaustium murorum
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
亜門 : 鋏角亜門 Chelicerata
: クモガタ綱 Arachnida
亜綱 : ダニ亜綱 Acari
: 汎ケダニ目 Trombidiformes
亜目 : ケダニ亜目 Prostigmata
: タカラダニ科 Erythraeidae
亜科 : Balaustiinae
: アナタカラダニ属 Balaustium
: カベアナタカラダニ Balaustium murorum
学名
Balaustium murorum
(Hermann1804[1])[2]
シノニム

Trombidium murorum
Hermann, 1804[1]

カベアナタカラダニBalaustium murorum)は、汎ケダニ目タカラダニ科アナタカラダニ属に属するダニの一。派手な赤色の花粉食性ダニで、主に北半球ユーラシア大陸に広く分布する[3][4][5]

形態

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体長約 1 mm、幅約 0.66 mm(幼虫の場合はそれぞれ約 0.4 mm と約 0.24 mm)。成虫と第二若虫は全身が派手な赤色で、楕円形の胴体部の背面から末端にかけて白い剛毛が密生する場合があり、成虫の方が毛深い。1対の赤い単眼を胴体部の前方左右にもち[3]、その後方にウルヌラ (urnula) というBalaustiinae亜科特有の分泌器官の穴があり、これがアナタカラダニという和名の元となっている[6][5]

顎体部のうち鋏角は目立たない短剣状、胴体部内に格納できる。触肢は他の同属種より発達で、腿節-膝節は太く、脛節-跗節は円錐状、跗節末端は丸みを帯びる。胴体部の4対のは基部が前後2対でかけ離れ、全ての肢節に剛毛が生えて、それぞれの跗節末端に爪間盤と1対の鉤爪をもつ[3]

2匹のカベアナタカラダニ。

分布と分類

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花粉に集まっているカベアナタカラダニ(東京千代田区)。

旧北区日本からヨーロッパアフリカ北部まで、ユーラシア大陸を中心に北半球に広く分布する[3]。日本では北海道から沖縄まで全域に分布する[6]。人の移住によって分布を拡大したとされており[6]、日本個体群をヨーロッパからの移入種とする説もあるが、リボソームRNAミトコンドリアDNAに基づいた分子系統解析に否定的とされる[7]

日本やオーストリア個体群の分子系統解析から、日本個体群はオーストリア個体群に近縁な系統と遺伝距離の離れた複数の系統に分かれる結果が得られており、日本でカベアナタカラダニとされるダニ類には少なくとも3つの未記載種(隠蔽種)が含まれていることが示唆されている[注釈 1][7]

日本の個体群は2001年に全国の若虫・幼虫の形態観察が行われるまで,浜辺を中心に住むハマベアナタカラダニ(明確な学名なし)種群と混同されていた[8]。また、かつて本種と考えられたオーストラリア産の個体群は Balaustium medicagoense の誤同定とされる[9]

本種は汎ケダニ目 (Trombidiformes, 旧ケダニ亜目) タカラダニ科 (Erythraeidae) Balaustiinae 亜科に分類される[10][3]。1804年にフランスの医者・博物学者であるジャン=フレデリック・エルマン英語版[注釈 2]によって記載され、当初はナミケダニ属 (Trombidium) の一種 Trombidium murorum として分類されていたが[1]、Heyden (1826)[2] 以降からアナタカラダニ属 (Balaustium) の一種 Balaustium murorum として再分類され、その属の模式種タイプ種)となっている[10]。なお、本種の模式標本は紛失しており、Mąkol (2010) の再記載でゲルリッツ産の新基準標本(ネオタイプ)を設けられる[3]

生理学と生態

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タカラダニという和名は、本科の多くの種類が幼虫期にセミなどの昆虫寄生し、それが付いている昆虫の様子が宝物を抱えているように見えることに由来とされる[11]。しかし本種は他の同属種と同様、どの成長段階も自由生活で、他の生物には寄生しない[6][5]雑食花粉を主食とし[12][5]トビムシアブラムシなどを捕食することもある[8]

体の赤色の色素抗酸化作用をもつカロテノイド由来である。中でもアスタキサンチンの濃度が非常に高く[注釈 3]太陽紫外線や放射に晒される厳しい生息環境の高温を耐えるのに役立つと思われる[4][5][13]

日当たりの良い場所に生息し、自然環境では岩石の割れ目に住むが、45まで耐える高温耐性[14]により人工環境への適応力も高く、名前の通りコンクリートに発生することが多い[8][7][15][5]。コンクリート表面に棲む理由は、コケ地衣類が住処と食物を提供する、春先で花粉が大量に付着して餌が豊富、コンクリート表面が高温になり,5月の強い紫外線を受けるため天敵が少ない、などが推測されている。

赤い体色は人間から見ると目立つが、天敵である捕食性昆虫アリ捕食カメムシなど)の目は通常赤を識別できないため、これらの捕食者に狙われる確率に影響はないと考えられる[5][13]。危険を感じると、前述したウルヌラから警戒フェロモンと防御アロモンの作用をもつ液体を噴出する[6]

性個体のみ存在し、クローンを産むような単為生殖で繁殖すると考えられている[16]。年1回の単為生殖を行い、梅雨の頃に産卵し、次の春まで卵でを越して休眠すると考えられる[6][5]。コンクリート壁の隙間や壁の割れ目に産卵する。卵は光沢ある赤褐色の楕円体で、長径約 0.2 mm、短径約 0.16 mm[17]

日本では国内にビルが増えた1970~1980年代以降からよく目撃されるようになる[7][13]関東地方では3月末に幼虫が見られ、4月下旬から5月中下旬に成虫が大量発生し、7月にかけて漸減してゆく事が確認されている[8][18][15]ヨーロッパでは7月まで多く発生し[3]、日本より一ヶ月遅く姿を消す[6]

人間との関わり

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動きが素早く真っ赤な体色から気味悪がられ、また条件が良好な屋外であれば自転車サドル洗濯機の胴部などにも大量発生し、それらを体色によりまだらに赤く染めてしまうことから、1980年頃より不快害虫として駆除対象にされている[11]

生体はヒトを刺すことはなく、単なる接触では症候を引き起こすこともない。しかし体液に長時間接触すると皮疹を生じる恐れがあるため、不注意に潰して体液を皮膚に付けないように注意する必要がある[19][6]。本種では札幌で1例、アメリカカナダに分布する類似種で4例の皮疹が報告されている[20]

脚注

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注釈

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  1. ^ Balaustium sp. 1:東京美咲町)、Balaustium sp. 2:北海道えりも町)、Balaustium sp. 3:四国愛南町
  2. ^ ジャン・エルマンの子。
  3. ^ 主要カロテノイドの60%、濃度 334.8 ng/μg protein。同じ赤いダニであるミカンハダニの127倍で、知られる節足動物の中でも最も高い。

出典

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  1. ^ a b c Hermann, J.F. (1804). Mémoire Aptérologique, 144+9 pp., F.L. Hammar, Strasbourg.
  2. ^ a b Heyden, C. H. G. von (1826). Versuch einer systematischen Eintheilung der Acariden. Isis von Oken, 18(6): 609–613.
  3. ^ a b c d e f g Mąkol, Joanna (2010-09). “A Redescription of Balaustium murorum (Hermann, 1804) (Acari: Prostigmata: Erythraeidae) with Notes on Related Taxa” (英語). Annales Zoologici 60 (3): 439–454. doi:10.3161/000345410X535424. ISSN 0003-4541. http://www.bioone.org/doi/abs/10.3161/000345410X535424. 
  4. ^ a b Osakabe, Masahiro; Shimano, Satoshi (2023-01-01). “The flashy red color of the red velvet mite Balaustium murorum (Prostigmata: Erythraeidae) is caused by high abundance of the keto-carotenoids, astaxanthin and 3-hydroxyechinenone” (英語). Experimental and Applied Acarology 89 (1): 1–14. doi:10.1007/s10493-022-00766-z. ISSN 1572-9702. https://doi.org/10.1007/s10493-022-00766-z. 
  5. ^ a b c d e f g h 春先、コンクリート壁でみかける派手な赤いダニは、なぜ赤い?~法政大学と京都大学の研究グループが真っ赤な体色の原因を解明~”. www.atpress.ne.jp (2022年12月23日). 2023年5月18日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h 正彦, 大野 (2016-01). “カベアナタカラダニの生態と防除 : 新たな知見を加えて”. Pest control Tokyo : (公社)東京都ペストコントロール協会機関誌 70: 5–9. http://www.pestcontrol-tokyo.jp/img/pub/070r/070-03.pdf. 
  7. ^ a b c d Hiruta, Shimpei F.; Shimano, Satoshi; Shiba, Minoru (2018-03-01). “A preliminary molecular phylogeny shows Japanese and Austrian populations of the red mite Balaustium murorum (Acari: Trombidiformes: Erythraeidae) to be closely related” (英語). Experimental and Applied Acarology 74 (3): 225–238. doi:10.1007/s10493-018-0228-0. ISSN 1572-9702. https://doi.org/10.1007/s10493-018-0228-0. 
  8. ^ a b c d 花岡暭、大野正彦、狩野文雄、関比呂伸「カベアナタカラダニの生態に関する観察事例」『東京都健康安全研究センター研究年報』第59号、2008年、301–305頁、ISSN 1348-9046 
  9. ^ Halliday, Rb (2001-10-12). “Systematics and biology of the Australian species of Balaustium von Heyden (Acari: Erythraeidae)” (英語). Australian Journal of Entomology 40 (4): 326–330. doi:10.1046/j.1440-6055.2001.00244.x. ISSN 1326-6756. http://doi.wiley.com/10.1046/j.1440-6055.2001.00244.x. 
  10. ^ a b Southcott, R. V. (1961). “Studies on the systematics and biology of the erythracoidea (Acarina) with a critical revision of the genera and subfamilies” (英語). Australian Journal of Zoology 9 (3): 367–610. doi:10.1071/zo9610367. ISSN 1446-5698. https://www.publish.csiro.au/zo/zo9610367. 
  11. ^ a b タカラダニをご存知ですか? 京都府保健環境研究所
  12. ^ Yoder, Jay A.; Jajack, Andrew J.; Tomko, Patrick M.; Rosselot, Andrew E.; Gribbins, Kevin M.; Benoit, Joshua B. (2012-12). “Pollen feeding in Balaustium murorum (Acari: Erythraeidae): visualization and behaviour” (英語). International Journal of Acarology 38 (8): 641–647. doi:10.1080/01647954.2012.733024. ISSN 0164-7954. http://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/01647954.2012.733024. 
  13. ^ a b c ダニの生存戦略 習性知り駆除に生かす”. 読売新聞オンライン (2023年5月12日). 2023年5月21日閲覧。
  14. ^ Wohltmann, A. (2001-09-28). “The evolution of life histories in Parasitengona (Acari: Prostigmata)” (英語). Acarologia 41 (1-2): 145–204. ISSN 0044-586X. https://www1.montpellier.inra.fr/CBGP/acarologia/article.php?id=136. 
  15. ^ a b 正彦, 大野 (2019). “コンクリートブロック塀におけるカベアナタカラダニの発生消長”. ペストロジー 34 (2): 89–94. doi:10.24486/pestology.34.2_89. https://www.jstage.jst.go.jp/article/pestology/34/2/34_340215/_article/-char/ja/. 
  16. ^ コンクリート・アスファルトで目を凝らせば見つかる“小さな赤い生き物”「カベアナタカラダニ」とは 潰すと赤い汁が...そしてメスしか確認されていない不思議な生態 RSK山陽放送、2024年4月14日閲覧
  17. ^ 大野正彦, 関比呂伸, 花岡暤「カベアナタカラダニBalaustium murorumの産卵場所」『都市有害生物管理』第5巻第1号、都市有害生物管理学会、2015年、7-13頁、doi:10.34348/urbanpest.5.1_7ISSN 2186-1498NAID 130007801534 
  18. ^ 島野 智之,メーリングリストアーカイブ 農林水産研究情報総合センター
  19. ^ 大野正彦, 花岡暤, 関比呂伸, 大貫文「カベアナタカラダニの短期接触による皮膚障害発生の可能性」『都市有害生物管理』第1巻第2号、日本家屋害虫学会、2011年12月、111-117頁、ISSN 21861498NAID 110008798931 
  20. ^ 芝 実,第44回全国環境衛生大会講演集(2000/11)p29,日本環境衛生センター

外部リンク

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