ノート:相模広小路駅
私が最近、匿名で相模小田原駅の記事を改変していた者です。匿名でできる範囲で協力できれば、と思い、図書館や国土地理院に足を運び調べました。で、ノートでの議論をしたほうがいいと思えるようになったので、ログインIDを取得して、ここに書いています。図書館で「小田原市史」を参照してきました。これは、鉄道の歴史の本とは異なり、合併して小田原市になる前の村史や町史、当時の新聞などを元に作られた、立派な資料です。それによると、仮小田原駅は「相模小田原」と改称されたのではなく、「相模広小路」と改称されています。そこで、項目名の変更と、他の記事にも現れている「相模小田原」を全て「相模広小路」に訂正することを提案します。相模小田原と書いてある文献がどうやらあって、元記事はそれに基づいたのだろうと思いますが、「小田原市史」とどっちが信じられるかを考えてみてください。--おおねこ 2007年10月28日 (日) 11:36 (UTC)
- (改名
に慎重すべき)「小田原市史」も二次史料の一つであり、一次史料によらねば判断は難しいでしょう。それまでは「小田原市史」ではこうなっている、という現状の記述が限界 (但し相模小田原説にも出典が欲しい) ではないでしょうか。--Jms 2007年11月5日 (月) 20:10 (UTC)
いくつか史料を調べてみました。
「鉄道省監督局調 地方鉄道軌道一覧」社団法人鉄道同志会発行 昭和七年 (復刻鉄道名著集成所収)
- 大雄山鉄道の項に「仮小田原ハ相模廣小路ト改称」とあり。運輸開始認可昭和2年4月9日
「昭和九年十二月十五日現在鉄道停車場一覧」(復刻鉄道名著集成所収)
- 大雄山鉄道の項に「相模廣小路」あり。営業開始大正14年10月15日 (この日付は大雄山鉄道の営業開始日)
大正14年10月の官報で大雄山鉄道の駅として「仮小田原」は確認できました。しかし、昭和二年の三月から六月の官報の目次では大雄山鉄道は見当たりませんでした。 官報では確認できなかったものの、それに準ずる史料で矛盾なく「相模廣小路」への改称を確認できましたので、改名ならびに訂正を強く支持します。即時実施でよいでしょう。--Jms 2007年11月6日 (火) 11:10 (UTC)
改名なさらない様なので改名し、内容も編集しておきました。--Jms 2007年11月18日 (日) 08:14 (UTC)
ありがとうございました。--おおねこ 2007年11月25日 (日) 00:08 (UTC)