YOKOHAMAベイサイドスタジオ
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(ヒューマンTV・ベイサイドスタジオから転送)
YOKOHAMAベイサイドスタジオ | |
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ジャンル | 情報番組 |
演出 | 西田俊憲ほか |
出演者 |
宮内恒雄 鎗田圭子 原良枝 ほか |
製作 | |
プロデューサー | 荒木善信 |
制作 | テレビ神奈川(TVK) |
放送 | |
放送国・地域 | 日本 |
放送期間 | 1987年4月 - 1990年 |
放送時間 | 火曜・水曜・木曜20:00 - 21:30 (野球中継期間中は20:55 - 21:50) 土曜21:00 - 21:50 |
特記事項: 野球中継延長時は短縮・休止の場合があった。 |
YOKOHAMAベイサイドスタジオ(ヨコハマ・ベイサイド・スタジオ)は、1987年~1990年にテレビ神奈川で放送されていた情報番組である。
概要
[編集]TVKのプロ野球中継の番組名が「YOKOHAMAベイサイドナイター」に改題された1987年に放送開始。プロ野球中継の延長対応(20:55-21:50。のちに21:25-に短縮)の補完番組として用意されており、当初は完全中継化にあわせ、試合が延びた場合は以降の番組を繰り下げて、時間短縮して20分間程度放送していたが、1989年からは放送が休止された。また、シーズンオフは通常の情報番組として火曜日、木曜日の20:00-21:30、土曜日(野球中継のある日曜も含む)の21:00-21:50に放送された。また、ナイターのない水曜日は19:30-の放送で一応タイトルも「YOKOHAMAベイサイドスタジオ」だったが、放送内容は映画枠「水曜ビッグスクリーン」だった。
この当時、月曜は数寄屋橋・ソニービルからの「ファンキートマト」が、また金曜は「TVグラフィック42番街」が編成されており、TVKでは水曜以外の平日ゴールデンタイムをすべて生ワイド番組でまとめるという、他にあまり例を見ない編成を組んでいた。
その後1990年のシーズンオフにニュースショーの色彩の濃い、木曜のみOAの「ヒューマンTV・ベイサイドスタジオ」にリニューアルするも、半年で終了した。1991年のシーズン中は、単にニュースとプロ野球速報を伝えるだけの「ベイサイド・ナウ」にダウンサイズされたが、補完番組はその年限りになった。
主なコーナー
[編集]- きょうのニュース
- プロ野球速報
- パネルクイズホエールズで大当たり
- テレフォンアンケート
エピソード
[編集]- 当時、テレビ朝日「ニュースステーション」が「日本一速いプロ野球速報」を謳っていたが、司会の宮内恒雄は「うちはテレビ朝日さんより速いですから」と口にしていた。
- 一度、テレビ埼玉からヒットナイターをネット受けしていたとき、20時過ぎに試合終了してしまい、20:25でネット受けも終了、急にスタジオにカメラが回ってきたが、司会の宮内と鎗田圭子は西武戦には興味はないのか何も知らず、なんとスタジオで真顔で新聞を読んでいた。
- 木曜に大洋戦が0時過ぎに終了したときもOAがあり、このときは人気番組「ライブトマト」があったため苦情が殺到、「申し訳ありません、ライブトマト以降の番組は130分繰り下げてお送りします。」と平謝りであった。
司会・レギュラー出演者・リポーター
[編集]コメンテーター
[編集]- 内山陸雄
ディレクター
[編集]- 西田俊憲(TVKテレビ)※アクトワン・クリエイションズ側のディレクター名テロップもあり。
- 山田啓司(フリー、木曜日担当)、栗本慎司(火曜日担当、アクトワン・クリエイションズ)(敬称略)※曜日担当ディレクター
- 高瀬、栗田、山根、酒井(敬称略)※アシスタントディレクター
※橋本玲奈、坂本恵美子、小杉佳代 *タイムキーパー
プロデューサー
[編集]- 荒木善信(アクトワン・クリエイションズ)※TVKテレビ側のプロデューサーテロップは無し。
スタジオ
[編集]- 第1スタジオ(山下町旧社屋1F)