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フォード・RS200

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フォード・RS200Eから転送)
フォード・RS200
ラリー仕様車
ロードバージョン
ボディ
乗車定員 2人
ボディタイプ 2ドアクーペ
パワートレイン
エンジン 直列4気筒2.1リットル/1.8リットル
DOHC ターボ
最高出力 250 PS @ 6,500–7,000 rpm
最大トルク 29.70 kgf·m @ 4,500–5,000 rpm
変速機 5速MT
前後ダブルウィッシュボーン
前後ダブルウィッシュボーン
車両寸法
ホイールベース 2,530 mm
全長 4,000 mm
全幅 1,764 mm
全高 1,322 mm
車両重量 1,180 kg
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RS200は、フォード・モーター世界ラリー選手権(WRC)に参戦する目的で1984年から1986年まで製作したスポーツカーである。この時期のラリーカーとしては珍しい流線型のフォルムを持っている。

概説

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RS200は世界ラリー選手権(WRC)に参戦するためグループB規定に則って作られた。設計は、数多くのフォーミュラ1マシンをはじめとするレーシングカーの設計を手がけ、のちにル・マン24時間レースにも出場したスポーツカー世界選手権(SWC)用グループCマシンのトヨタ・TS010を設計するトニー・サウスゲート、ボディデザインはフォード・モーターの傘下にあるカロッツェリア・ギアが担当した。当時のグループBカーは、その大半が一般販売されている市販車を踏襲したデザインないしは車名を持っていたが、RS200はデザインも車名も市販車とは一切関連性がない。

機構

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シャシはアルミニウム製のハニカムモノコックで、車室だけでなくエンジンベイおよび前後サスペンションアーム取り付け部まで伸ばされることで、車体全体を支えている。鋼管サブフレームは前後サスペンションダンパー上部など車体上部の追加構造物として使用されているが、エンジンの支持はしておらず、エンジンはモノコックから左右のエンジンマウントとクラッチ部の3点支持で固定されている。ドライサンプ化されたエンジンは四輪駆動のプロペラシャフトを避けるために進行方向左側にオフセットされ、限界まで低く搭載されている。ターボチャージャーを含むエンジン部の重量バランス改善と重心低下のため、エンジン本体は右20°斜めに傾けて搭載されている。ボディカウルに関しては金属類はほとんど使われず、ガラス繊維強化プラスチックによって成型されている。

エンジンはBDTと呼ばれる水冷式直列4気筒DOHCガソリンエンジンで、コスワース製のBDAをベースにギャレット英語版製ターボチャージャーを装着した。排気量は1,803 cc。過給器係数1.4を掛けて2,524.2 ccとなり、2,500 cc以上3,000 cc未満のクラスに位置づけられる。この排気量はエボリューションモデルでの排気量追加を意図した設定と考えられる。BDAベースではあるが、ヘッド、ブロック、クランク、クランク支持部分構造に至るまで専用設計となっており、パーツ単位での互換性はほとんどない。市販車では最高出力250 PS、300 PS、350 PSの3種類が供給され、WRCで使用されたワークスカーでは公称450 PSと発表されている。

RS200Eと呼ばれるエボリューションモデル用エンジンであるBDT-Eの排気量は2,137 ccで、過給器係数1.4を掛けて3,000 cc未満となるよう設定された。コスワースエンジンのチューニングで実績のあるブライアン・ハートで製作された。高出力に対応するためエンジンブロックは鋳鉄で作成されており、BD系では唯一の非アルミ製エンジンとなっている。しかし、このモデルはホモロゲーション取得が間に合わなかったため、WRCでは実戦投入されていない。

トランスミッションはZF製5速マニュアルトランスミッション。ケース素材はマグネシウムとなっている。インプットシャフト・アウトプットを上部に集めた低重心設計となっており、トランスミッションはほぼホイールセンターより低く搭載されている。

サスペンションは前後ともダブルウィッシュボーン式で、ラリー競技中の高い負荷に対処するため、全てのサスペンションがツインダンパー・ツインスプリング化されている。また、フロント部とリア部ロアアームに関してはアルミモノコックと繋がっているが、フロント部のダンパーは前部サブフレーム、リア部のアッパーアームとダンパーは後部サブフレームに締結されている。また、アーム類はピローボールではなくゴムブッシュを介して締結されている。

RS200のメカニズム的特徴は、前後の重量比を50:50とするためにトランスミッションを前方に配置した世界初のミッドシップ・トランスアクスル式四輪駆動(4WD)システムにある。FR車のトランスアクスルを前後逆にした格好であり、このため2本のプロペラシャフトが往復するという特異な構造になっている。

4WDの動作モードとして、駆動力の配分をコントロールするモードが3種類用意されており、前後37:63の比率で駆動力を配分するモード、センターデフフルロックし直結4WDとするモード、そしてフロントに一切のトルクを供給しない後輪駆動モードがある。後輪駆動モードは4WDによるアンダーステアを嫌った、いわば回頭性能や運動性能を重視した舗装路ラリー専用のモードで、他のラリーマシンには見られないユニークな制御ロジックを搭載している。しかし、実戦でこのモードは使われず、またこのモードでもフロントLSDは作動するためアンダーステア傾向は残った。ロードカーではこのモード切り替えレバーはオプションであり、多くの個体は前後37:63のフルタイム4WDのみで供給されている。

日本には十数台のロードカーが存在するとされており、四国自動車博物館にも展示されている。

レース活動

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1985年にテストとして英国ラリー選手権英語版に投入され、結果を残した上で同年のWRCの最終戦RACラリーからの参戦を予定していたが、グループB参戦の必須条項である「連続する12か月以内に200台以上の生産をすること」を達成できなかったため、RACラリーには出走できなかった。

1986年のWRCでも、主にハートのエンジン開発の遅れから20台のエボリューションモデル(RS200E)のホモロゲーションを取得できず、開幕戦ラリー・モンテカルロはキャンセル、第2戦スウェディッシュラリーではエボリューションモデルでの参戦は保留として、ロードカーベースでの出走に踏み切った。2,137 cc / 650 PSで出走する予定だったエンジンは、規定上わずかの差で2,500 cc以上のクラスに入ってしまう1,803 cc / 450 PSのままとなった。ライバルのランチア・デルタS4プジョー・205ターボ16が2,500 cc以下のカテゴリになり最低重量が890 kgであった一方で、RS200は3,000 cc以下のカテゴリとなり最低重量が960 kgになったため、ライバルから比べて70 kgもの重量増を課せられた。ロードカーベースでの暫定的な投入だったためシャシも改良されておらず、スペアタイヤキャリアはそのままで、車内もロードバージョンと同じダッシュボードを使用していたことが写真で確認できる。リザルトはカーレ・グルンデル英語版が3位表彰台を獲得するも信頼性の低さも露呈し、スティグ・ブロンクビストはエンジントラブルでリタイアとなった。続く第3戦ポルトガルラリーでは、ヨアキム・サントスフランス語版ポルトガル語版がコース上に侵入した観客を避けようとした結果、路肩の観客を巻き込んでクラッシュし、4人が死亡、31人が負傷するという重大事故を起こしてしまう。この事故を引き金にフォードワークスはポルトガルラリーを途中で棄権してWRCからも一時撤退、第6戦アクロポリスラリーと第12戦RACラリーにワークス体制で出場したが成績は芳しくなかった。その後ほどなくしてWRCにおけるグループBが廃止に追い込まれたため、RS200がWRCで目立った成績を残すことはなかった。

1986年RACラリー終了後、英『AutoCar』誌による測定でRS200ワークスカーは0-60 mph加速2.8秒を記録している。RS200Eは2.1秒という記録を持ち、当時の世界最速の車としてギネス・ワールド・レコーズに掲載された。また、WRC王者のカルロス・サインツは「自身の乗った中での最強のラリーカーは?」という問いにRS200と答え、その理由にエンジンパワーを挙げている[1]

翌1987年ヨーロッパ選手権ではグループB規定が有効だったため、RS200は前年と違い活躍を見せ、年間19勝を記録している[要出典]

またRS200Eは2001年、2002年、2004年パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムに元ワークスドライバーのスティグ・ブロンクビストがMach 2 Racing Teamからアンリミテッドクラスとして出場し、2004年には優勝している。2008年にも同チームのパイクスピークへの出場が予定されていたもののキャンセルとなり、2009年には英国エイボンタイヤを装着した1,150PSもの大出力仕様でマーク・レニソンが走行した。

脚注

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  1. ^ 『Racing on』第368号、三栄書房、2003年7月、47頁。 

外部リンク

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