ポーツマス海軍造船所
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(ポーツマス海軍工廠から転送)
ポーツマス海軍造船所 Portsmouth Naval Shipyard | |
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メイン州キタリー | |
2004年撮影 | |
種類 | 造船所 |
施設情報 | |
管理者 | アメリカ海軍 |
歴史 | |
建設 | 1800年 |
使用期間 | 1800年- |
使用戦争 | |
ポーツマス海軍造船所 | |
所在地 | メイン州キタリー |
座標 | 北緯43度04分44秒 西経70度44分03秒 / 北緯43.078888888889度 西経70.734166666667度 |
面積 | 54エーカー (22 ha) |
建築様式 | 植民地様式、ギリシア復興様式 |
NRHP登録番号 | 77000141[1] |
NRHP指定日 | 1977年11月17日 |
駐屯情報 | |
現指揮官 | ウィリアム・グリーン大佐 (William Greene) |
ポーツマス海軍造船所 (ポーツマスかいぐんぞうせんじょ、Portsmouth Naval Shipyard) は、アメリカ合衆国のメイン州キタリーにあるアメリカ海軍の造船所(海軍工廠)。ポーツマス海軍工廠 (Portsmouth Navy Yard) とも呼ばれる。
造船所はピスカタカ川の中洲にあり、名の由来となったニューハンプシャー州ポーツマス市は川を挟んだ対岸にある。
この海軍工廠において、日露戦争の講和条約であるポーツマス条約が交渉・調印された。
概要
[編集]工廠は1800年に開設されており、アメリカ合衆国で最も古い海軍工廠の一つである。1814年には74門搭載の戦列艦「ワシントン(USS Washington)」が建造されている。また、1974年まではポーツマス海軍刑務所(Portsmouth Naval Prison)も併設されていた。
1905年にはセオドア・ルーズベルト大統領の仲介により、ポーツマス条約の交渉地となった。大日本帝国とロシア帝国の代表団は、ポーツマス市の隣のニューキャッスル(New Castle, New Hampshire)のホテルから、船で工廠に赴いて交渉を行った。2005年には調印100周年の記念式典が行われている。
2005年に一時、工廠の閉鎖が検討されたものの、従業員をはじめとする反対運動が行われ、閉鎖は撤回されることとなった。
脚注
[編集]- ^ National Park Service (9 July 2010). "National Register Information System". National Register of Historic Places. National Park Service.
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