中村惕斎
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中村 惕斎(なかむら てきさい、寛永6年2月9日〈1629年3月3日〉 - 元禄15年7月26日〈1702年8月19日〉)は江戸時代前期の儒学者、本草学者。名は之欽(しきん)。字は敬甫。通称は七左衛門、仲二郎。
生涯
[編集]京都の呉服屋の子として生まれる。7、8歳で句読を授かり、読書を好み物価や世事にうとく、かつ市中の騒がしさを嫌って家業を顧みなかった[1]。店が零落しても意に介さず学問に専心した。ほぼ独学で朱子学を修め、天文・地理・度量衡・音律の蘊奥を究め、当時その学識は伊藤仁斎と比較され、兄たり難く弟たり難しと評された。門弟としては、菊池黄山・加藤艮斎・増田立軒(増益夫)がいる。
礼儀・徳義を重んじ、かつて家の手代に財を持ち逃げされた時も「我が財のために人を死地に追いやるは不慈」として訴え出なかったという。また、「自ら著書を刻行して名を求むるは恥である」という理由で、著書の大部分は惕斎没後に出版されたという。
著書・編著
[編集]- 『四書示蒙句解』27巻
- 『訓蒙図彙』
- 『入学紀綱』
- 『大学筆記』『中庸筆記』『論語筆記』『孟子筆記』
- 『詩経筆記』『書経筆記』『周易筆記』『春秋筆記』『礼紀筆記』
- 『読易要領』
- 『四書鈔説』12巻
- 『孝経集解』
- 『通書筆記』
- 『西銘筆記』
- 『三器通考』6巻
- 『天文考要』4巻
- 『匠人測景定方図説』
- 『愼終疏節』4巻・『追遠疏節』
- 『筆記律呂新書説』3巻
- 『姫鑑』32巻
- 『近思録鈔説』『近思録示蒙句解』
- 『孝経示蒙句解』『小学示蒙句解』『詩経示蒙句解』
- 『筆記詩集伝』16巻
- 『太極図説筆記』