コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

岳昕

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
岳昕
生誕 1995年/1996年(28歳 - 29歳)
中華人民共和国の旗 中華人民共和国 北京
失踪 2018年8月23日
中華人民共和国の旗 中華人民共和国 広東省恵州市
現況 失踪から6年と3か月
国籍 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
出身校 北京大学 (文学学士)
職業 学生、活動家
団体 佳士工人声援団英語版
テンプレートを表示

岳昕(がく きん、ユエ・シン、簡体字: 岳昕英語: Yue Xin、1995年/1996年 - )は中華人民共和国学生運動家で、北京大学の卒業生。佳士事件中国語版の抗議運動に参加中[1]、2018年8月23日に失踪した[2]マルクス主義者でありフェミニストである彼女は、労働運動女性の権利運動への支持で知られていた[3]

2018年春、#MeToo に触発され、北京大学の性暴力隠蔽疑惑に対する抗議運動を主導した[4][5]。同年、彼女は深圳佳士科技英語版工場におけるストライキに加わり佳士工人声援団英語版の主要メンバーになった[6][7]が、その後すぐ消息を絶った。彼女が最後に公の場に現れたのは、2019年1月に自らの罪状を認め政治運動を自己批判する様子の動画が広東省警察当局によって作成されたときである[8][9]

BBCニュースは彼女を2018年の最も影響力の大きい中国人左翼活動家の一人と評した[1]

来歴

[編集]

生い立ち

[編集]

北京に生まれる。中国人民大学附属中学で中等教育を受けた[注 1]。中高生時代に刘瑜英語版(政治学者)の著書『民主的细节中国語版』を読んだことで政治に関心を持ち、その頃は自由主義者だったという。高級中学に進学してからは労働者や農民の生活水準に関心を寄せるようになった。また、2013年の南方週末社説差し替え事件を目撃したことが後に人権活動家となるきっかけだったと振り返っている[10]

2014年、北京大学外国語学院に入学。2016年秋に交換留学生としてインドネシアを訪れた際、たとえ立憲民主主義が実現していても社会の矛盾と搾取は解決されないという観察に至り、その経験が彼女の政治的志向の「左旋回」を促した[1]

2018年に学部を卒業。ミズーリ大学ジャーナリズム・スクールへの進学予定があったがこれを中止し、ついで非営利報道機関に就職するかと思われたが、7月から広東省で工場労働者として働く道を選んだ。友人らによると、「労働者と共にあらなければならない」という思いからだったという[1]

北京大学性暴力隠蔽疑惑

[編集]
北京大学に貼り出された、岳昕への連帯を呼びかける匿名文書。

1998年に北京大学の女子学生が自殺した件で、当時同大学で教職にあった沈陽教授に性暴力の疑惑があった。これに関して当該学生の同級生が2018年に告発文書を公開したことで、MeToo 運動の文脈の中で事件が再度注目を浴びていた。

岳昕は同年4月に北京大学に対して事件の詳細を開示するよう請求したが、大学は文書不存在とした上で岳昕と彼女の母親に圧力をかけ、問題への関与をやめさせようとしたという[11]。岳昕は4月23日にその経緯と大学への要求を公開書簡としてインターネット上に公開し、大学内外で話題となった[12][13]

佳士労働争議

[編集]

2018年7月、溶接機等を生産する佳士科技公司英語版の深圳工場において、労働環境改善のための組合設立を工場側が強権的に妨害したことをきっかけとし、労働争議が熾烈化。同月末、警察がデモ行進の参加者30名を未決拘禁に置くと、8月までに多数の左派知識人や有名大学の学生らが連帯を表明するほか、香港でもデモが展開される事態となった[14]

岳昕は7月29日、「北大生による『深圳7-27維権労働者逮捕事件』連帯メッセージ」を起草し、拘禁下にある労働者らの即時釈放を求めた[15]。その後現地へ赴いて佳士工人声援団の中心メンバーとなり、8月10日、沈夢雨中国語版らとともに深圳市坪山区検察院にオープンレターを提出[16]。8月13日、全国の大学から集まった学生らと会合し、少なくとも30人から40人が集まったと述べた[16]。しかし、最重要人物であった沈夢雨が11日に失踪する中、岳昕も同月下旬に入って学生の保護者らが公安部から圧力を受けているらしいこと、自身の WeChat アカウントがすでに停止されたことなどを海外メディアに語った[17][18]

失踪とその後

[編集]

8月24日午前5時、重装備の警察が抗議運動の根拠地に侵入し、参加者50人余を拘束して運動を鎮圧した。岳昕もこれに巻き込まれ消息不明となった[19]

2019年1月21日、声援団は公式サイト上で、岳昕を含む主要メンバー4人が広東省警察に自白を強要され、「過激派集団の洗脳を受けていた」「違法行為を行った」などと認める様子を当局に録画されたと述べた[20]。岳昕はさらに動画中で MeToo の際の自身の運動についても過ちを認めた。このような自白動画は中国当局の常套手段であり、公共放送に使用される他、拘束下の市民に視聴させて牽制することにも使われる[9]

失踪事件への反応

[編集]

哲学者スラヴォイ・ジジェクインデペンデント紙上で、岳昕の失踪に関し、政府の公式イデオロギーであるはずのマルクス主義が危険な政治的反逆ともみなされる現代中国社会の矛盾を指摘した[21]

言語学者ノーム・チョムスキーや政治哲学者ジョン・ローマーを含む少なくとも30名の学者が中国で開催されるマルクス主義学会をボイコットする意志を示した。チョムスキーはファイナンシャル・タイムズに宛てて次のように書いた[22]

公式に中国政府の支持を受けて開催されるマルクス主義関連の催事に今後も参加し続けることは、私たちが中国政府のゲームに加担することを意味する。世界中の左派学識者がそれらの会議や催事への参加をボイコットすべきだ。

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 中国で「中学」というとき、日本の中学校にあたる初級中学と日本の高校にあたる高級中学を合わせた課程を指す。詳しくは中華人民共和国の教育を参照。

出典

[編集]
  1. ^ a b c d 中国左翼青年的崛起和官方的打压” (中国語). BBC News 中文 (2018年12月28日). 2023年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月23日閲覧。
  2. ^ Guo, Rui; Lau, Mimi. “Fears for young Marxist activist missing after police raid in China”. South China Morning Post. https://www.scmp.com/news/china/politics/article/2167955/fears-young-marxist-activist-missing-after-police-raid-china 
  3. ^ Wong, Sue-Lin. “Inspired by #MeToo, student activists target inequality in China”. https://www.reuters.com/article/us-china-students-labour-insight/inspired-by-metoo-student-activists-target-inequality-in-china-idUSKCN1LL0FB 21 November 2018閲覧。 
  4. ^ Hernández, Javier C.; Zhao, Iris (24 April 2018). “Students Defiant as Chinese University Warns #MeToo Activist”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2018/04/24/world/asia/china-metoo-peking-university.html 
  5. ^ Zhou, Weile. “#MeToo movement in China: Powerful yet fragile”. www.aljazeera.com. 2024年10月13日閲覧。
  6. ^ Why Beijing isn't Marxist enough for China's radical millennials”. South China Morning Post (24 May 2018). 2024年10月14日閲覧。
  7. ^ Blanchette, Jude D. (2019). China's New Red Guard: The Return of Radicalism and the Rebirth of Mao Zedong. New York City: Oxford University Press. pp. 392 
  8. ^ 佳士工人聲援團:岳昕等4成員被迫拍認罪影片” (中国語). www.cna.com.tw (21 January 2019). 29 July 2019閲覧。
  9. ^ a b Shepherd, Christian (21 January 2019). “At a top Chinese university, activist 'confessions' strike fear into students” (英語). Reuters. https://www.reuters.com/article/us-china-rights-confessions-idUSKCN1PF0RR 4 January 2021閲覧。 
  10. ^ 亞洲週刊”. web.archive.org (2019年7月29日). 2019年7月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月8日閲覧。
  11. ^ “北大教授性侵案事态升级:要求公开信息遭校方施压”. 多维新闻. (2018年4月23日). オリジナルの2018年4月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180424075235/http://culture.dwnews.com/renwen/news/2018-04-23/60053566.html 2018年4月23日閲覧。 
  12. ^ Kuo, Lily (24 April 2018). “Student says Peking University trying to silence her over rape claim petition”. The Guardian. https://www.theguardian.com/world/2018/apr/24/student-says-peking-university-trying-to-silence-her-over-claim-petition 
  13. ^ Hernández, Javier C. (29 October 2018). “Cornell Cuts Ties With Chinese School After Crackdown on Students”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2018/10/29/world/asia/cornell-university-renmin.html 
  14. ^ “中国・深圳で労働者支援の学生ら50人一斉拘束”. 日経ビジネス. (2018年8月29日). https://business.nikkei.com/atcl/opinion/15/218009/082800170/ 2024年10月13日閲覧。 
  15. ^ 叶宣 (2018年7月30日). “北京高校左派学生高调声援深圳工人维权”. 2018年9月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年1月1日閲覧。
  16. ^ a b 深圳佳士工人维权发酵:左翼青年与政治诉求”. 2018年8月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年8月18日閲覧。
  17. ^ 學生工友繼續聲援深圳佳士工人維權”. 美國之音 (2018年8月20日). 2018年8月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年10月13日閲覧。
  18. ^ 深圳佳士維權行動遭網絡大規模屏蔽”. 自由亞洲電台普通話 (2018年8月21日). 2018年8月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年10月13日閲覧。
  19. ^ 声援者被捕 深圳佳士工人维权事件再升级”. 德国之声中文网 (2018年8月24日). 2019年7月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年10月13日閲覧。
  20. ^ “深佳士工人聲援團:岳昕等4成員被迫拍認罪影片” (中国語). 中央通訊社. オリジナルの2019年1月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20190121232635/https://www.cna.com.tw/news/acn/201901210191.aspx 2019年1月21日閲覧。 
  21. ^ Zizek, Slavoj (29 November 2018). “The mysterious case of disappearing Chinese Marxists shows what happens when state ideology goes badly wrong”. The Independent. オリジナルの7 May 2022時点におけるアーカイブ。. https://ghostarchive.org/archive/20220507/https://www.independent.co.uk/voices/china-missing-marxists-communists-dissidents-students-beijing-peking-university-a8657621.html 19 December 2018閲覧。 
  22. ^ Yang, Yuan (27 November 2018). “Noam Chomsky joins academics boycotting China Marxism conferences”. Financial Times. https://www.ft.com/content/68dea512-f21f-11e8-ae55-df4bf40f9d0d 26 December 2018閲覧。 

外部リンク

[編集]