コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

慶應義塾豆百科

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
慶応義塾豆百科から転送)
慶應義塾豆百科
(けいおうぎじゅくまめひゃっか)
編集者 慶應義塾
発行日 1996年3月
発行元 学校法人慶應義塾
形態 19cm
ページ数 201
公式サイト www.keio.ac.jp
ウィキポータル 教育
[ ウィキデータ項目を編集 ]
テンプレートを表示

慶應義塾豆百科』(けいおうぎじゅくまめひゃっか)は、学校法人慶應義塾1996年に刊行した書籍。1960年代より慶應義塾の教職員が中心になって順次まとめていた、慶應義塾に関する豆知識的な資料を1冊に集約し[1]、「福沢記念選書21,30,37,47として出版された『慶應義塾豆百科』を再編成したもの」[2]である。同書の内容は慶應義塾のサイトにて閲覧できる[1]。また、『三田評論ONLINE』のサイトでは「新 慶應義塾豆百科」というタイトルで慶應義塾に関するリンク集が公開されている[3]

内容一覧

[編集]

『慶應義塾豆百科』の内容を年代順に配置すると以下のような一覧表になる[1]

内容一覧表
# タイトル # タイトル # タイトル # タイトル
1 福澤先生誕生地記念碑 2 旧居と宅跡 3 修復なった適塾 4 慶應義塾の起源
5 咸臨丸 6 『慶應義塾入社帳』の刊行 7 塾名の由来 8 「義塾」という名のおこり
9 自我作古 10 ウェーランド経済書講述記念日 11 塾長 12 授業料
13 三田移転 14 15 塾監局 16 半学半教
17 義塾社中 18 君(くん) 19 「入塾ノ人ニ告文」 20 学業勤惰表
21 慶應義塾出版局 22 考証・天は人の上に人を造らず…… 23 慶應義塾医学所 24 慶應義塾と歯科医学
25 福澤記念園 26 福澤諭吉終焉之地記念碑 27 大阪慶應義塾 28 幼稚舎の創始
29 京都慶應義塾 30 演説の創始 31 三田演説館 32 稲荷山
33 徳島慶應義塾 34 慶應義塾教育の本旨 35 万來舎 36 社中の協力
37 「道聴途説」 38 交詢社 39 慶應義塾維持法案 40 社頭
41 留学生受け入れのはじめ 42 『時事新報』の創刊 43 ペンの記章 44 塾員
45 「塾員」の認定 46 評議員の改選 47 大学部の発足 48 大学部の始業式
49 体育会の創設 50 福澤先生と北里柴三郎 51 『三色旗』 52 カンテラ行列
53 「慶應義塾の目的」 54 『三田評論』 55 『福澤諭吉全集』 56 一貫教育
57 普通部 58 海外派遣留学生 59 修身要領 60 独立自尊
61 「独立自尊迎新世紀」 62 塾葬 63 福澤先生墓所 64 維持会の役割
65 消費組合 66 塾歌制定の経緯 67 新年名刺交換会 68 開校記念日
69 『三田文学』 70 福澤先生誕生記念会 71 慶應義塾図書館 72 図書館のスティンドグラス
73 三田の大講堂 74 ユニコン 75 厚生女子学院 76 塾債
77 「若き血」と「丘の上」 78 山中山荘の再建 79 福澤諭吉展 80 『福澤諭吉傳』の復刊
81 幻の門 82 日吉開設50年 83 環境保全のさきがけ 84 国宝・秋草文壺
85 藤原工業大学の設立 86 塾長訓示 87 給与特選生制度 88 語学研究所の開設
89 日吉台の地下壕 90 獣医畜産専門学校 91 公孫樹 92 学生ホール
93 名誉博士 94 商学部の開設 95 小山内薫の胸像 96 三つの文学碑
97 浜木綿 98 福澤心訓 99 『福澤関係文書』の刊行 100 造化と境を争う

書誌情報

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c 慶應義塾豆百科”. 慶應義塾. 2019年8月3日閲覧。
  2. ^ 慶應義塾 編: “慶應義塾豆百科”. 慶應義塾大学 (2017年6月12日). 2019年8月3日閲覧。
  3. ^ 新 慶應義塾豆百科”. 三田評論ONLINE. 2019年8月3日閲覧。

外部リンク

[編集]