村屋坐弥冨都比売神社
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村屋坐弥冨都比売神社 | |
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本殿 | |
所在地 | 奈良県磯城郡田原本町蔵堂426 |
位置 | 北緯34度32分54.4秒 東経135度49分3.3秒 / 北緯34.548444度 東経135.817583度座標: 北緯34度32分54.4秒 東経135度49分3.3秒 / 北緯34.548444度 東経135.817583度 |
主祭神 | 三穂津姫命 |
社格等 |
式内社(大) 旧県社 |
創建 | 不詳 |
本殿の様式 | 流造 |
別名 | 村屋神社 |
例祭 | 10月10日 |
地図 |
村屋坐弥冨都比売神社(むらやにますみふつひめじんじゃ)は、奈良県磯城郡田原本町にある神社である。式内大社で、旧社格は県社。大和三道の一つ「中つ道」(橘街道)に面して鎮座している。
三穂津姫命(別名 弥富都比売神)を主祭神とし、大物主命を配祀する。三穂津姫命は大国主命の后神であり、記紀神話では大物主と大国主は同神としている。大物主命は大神神社の祭神であり、その后神を祀る当社はその別宮とされる。
歴史
[編集]概史
[編集]創立の年代は不詳である。天武天皇元年(673年)の壬申の乱のとき、村屋神が大海人皇子方の大伴吹負に「敵が来るので中つ道を防げ」と神託をした功績により神階が授与されたとの記述が『日本書紀』にある。神階の授与の記事はこれが初出である。大倭国正税帳(正倉院文書)や新抄格勅符抄の記載によると度々朝廷から神封の寄進があった。延喜式神名帳では大社に列しており、月次・相嘗・新嘗の奉幣に預ると記されている。
昭和2年(1926年)に県社に昇格した。
「天武天皇 上」、『日本書紀 下』、講談社学術文庫
また村屋神(守屋神社)の祭神も、祝(神官)に神憑って、「今わが社の中の道から軍勢がくる。それで社の道を防げ」といった。
神階
[編集]境内
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一の鳥居
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二の鳥居
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拝殿
境内社
[編集]- 摂社 村屋神社(むらやじんじゃ)
- 式内社。祭神 天津屋根命・経津主神・比咩大神・武甕槌神・大伴健持大連・室屋大連
- 元は現在地の東の川辺、字宮ノ山に鎮座していたが、天正12年に兵火にかかり、当社境内に遷座した。
- 末社 服部神社(はっとりじんじゃ)
- 式内社。祭神 天之御中主命、天之御鉾命
- 元は大字大安寺カキノモリに鎮座していたが、南北朝時代に兵火にかかり、天正元年(1573年)に当社境内に遷座した。
- 摂社 久須須美神社(若宮恵比須神社)(くすすみじんじゃ)
- 式内社。祭神 天之久之比命・事代主命
- 元は現在地の東の川辺、恵比須山に鎮座していたが、慶応2年に当社境内に遷座した。
- 末社 市杵嶋姫神社(いちきしまひめじんじゃ)・物部神社(もののべじんじゃ)
- 祭神 炊屋姫命・宇麻志摩遲命、配祀 物部守屋連。由緒は不詳で、社家・守屋家の祖神を祀ったものという。
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村屋神社
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服部神社
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久須須美神社(若宮恵比須神社)
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物部神社(市杵嶋姫神社)
交通アクセス
[編集]関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 村屋坐弥冨都比売神社(公式サイト)
- 村屋神社 - 田原本町
- 村屋坐弥富都比売神社 - 國學院大學21世紀COEプログラム「神道・神社史料集成」