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東下り

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『風流錦絵伊勢物語』「東下り」より、隅田川で都鳥を詠う場面を勝川春章が描く。注釈に原文あり。
『風流錦絵伊勢物語』第9段「東下り」のうち、隅田川の景。絵師は勝川春章。『伊勢物語』を題材とした本作のこの場面と和歌については注釈[注 1]で解説する。

東下り/東下(あづまくだり)とは、近世以前の日本社会における地方移動に関する用語の一つで、首都)から東の方・地方(東国)へ行くこと[1][2][3]、または、京の都平安京)から坂東関東地方)へ行くことをいう[1][2][3]

東下(とうか)ともいう[4][5][6]。また、高い所から低い所へ下りてゆくことを下向(げこう)というが、そこから転じて「都から地方へ行くこと」をもそのようにいうため、「東下り」も含意している[7][8][9]

概要

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「下る(くだる)」という語は、一つには、物事の「上下じょうげ)」に関する古来日本語概念である「かみ(上)」と「しも(下)」に則った用語で[10]大王おおきみ)・皇尊すめらみこと)の居所である皇居広義)の所在地がであり、都がある土地を「上(かみ)」、都から離れた土地を「下(しも)」と捉える概念のもとで、「下へ移動する」ことを指す。また、ここでの「行く(いくゆく)」は、行って戻ってくる旅行の「往路」を指す場合もあれば、二度と戻らない(あるいは、戻れない)ことが分かっている(あるいは、歴史的に決まっている)移動の場合もある。

武士が実権を握る中世になる、幕府鎌倉幕府)が置かれたことから鎌倉が重要となり、つまりは鎌倉時代にはもっぱら「鎌倉へ行くこと」を「東下り」と呼ぶようになった[3]室町時代になると幕府の所在地も京都に遷ったが、安土桃山時代を経て江戸時代になると、東国にある江戸幕府所在地となり、この時代には江戸が「東下り」の主な対象地域になった[3]。その後、江戸から明治へと時代が移り変わると、江戸は東京と名を改め、天皇の在所が京都御所から東京の宮城(狭義の皇居、現在の皇居)へ遷った。古代より永らく変わることの無かった「皇居(広義)は常に近畿に所在し、それゆえに畿内〈畿内国〉は上方」で「東国は下る地域」という決まり事は、この歴史的事実をもって前提から崩れ、それ以降、「東下り」は歴史的用語に変わった。

海道下り

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京都(平安京)から東海道を通って東国(または、関東地方)へ行くことを海道下り(かいどうくだり)といい[11][12]、「東下り」と結果的同義の部分がある。また、そこに題材を見出し、東海道を京から東国へ向かって下る情景を描写する文芸芸能中世以降に生まれ、これらも総じて「海道下り」と呼ぶ[13]

下り物

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京都に近い地方を「上方(かみがた)」といい、文化的豊かさの点で総合的に明らかな先進地域であった京都や大坂を抱える上方から江戸へ下ってくる高品質な産物と、低品質なものが多い地元・東国の産物を比較した東国の人々は、当然に前者を高く評価した。それにより、単に「(上方から東国へ)下ってくる物」を意味していたはずの「下り物(くだりもの)」という言葉は、「品質や価値の高いもの」「良いもの」を形容する言葉になった。「かみ(上)」と「しも(下)」の概念の影響下での文化と生産と流通経済が生み出した流れである。[14]

下らない

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くだらない下らない)」という形容詞は、上記の「下り物」から派生した。江戸時代前期の江戸周辺の人々にしてみれば、上方から東国へ下ってくる物が「下り物」で、それが高品質な物なら、地元で産して“下ってこない”物は「下らない物」であり、それは価値の低いもの、詰まらないものの代名詞であった。このような自虐的発想から、形容詞「くだらない(下らない)」も使われ始め、それは「価値の無い」「無意義な」「詰まらない」「問題にならない」などといったネガティブな語として通用語化していった。

その後、江戸・東京の文化の発展と時代の流れに伴って「下り物」という語は過去のものになってゆき、今や完全に廃語であるが、完全に定着した「くだらない」のほうは現代でも頻用される語となっている。

脚注

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注釈

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  1. ^ 東下りの途上にある男(※主人公在原業平がモデルといわれている)の一行は武蔵国下総国の間を流れる隅田川を船で渡る。果てしなく遠くまで来たものだと皆が心細さを感じつつ都を恋しく思っていると、鴫(しぎほどの大きさの鳥が水面を気ままに泳ぎながら魚を獲っているのが見えた。都では見ない鳥なので船頭にその名を訊いてみると、「都鳥(みやこどり」だという。そこで男は次のように詠んだ。
     原 文 》 名にしおはは いさこととはむ みやことり わかおもふ人は ありやなしやと
    書き下し文》 名にし負はば いざこと問はむ 都鳥みやこどり 我が思ふ人は 有りや無しやと
    口語解釈例》 その名を持つからには[さぞや都の事情に詳しいのだろうから、]さあ尋ねよう、都鳥よ。[やむなく都に残してきた]私が恋い慕う人は無事でいるのかいないのかと。
    それを聴いて船に乗っている人は一人残らず泣いてしまった。

出典

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  1. ^ a b c 小学館『デジタル大辞泉』. “東下り”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  2. ^ a b c 三省堂大辞林』第3版. “東下り”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  3. ^ a b c d e 佐藤裕子、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “東下り”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  4. ^ a b 小学館『デジタル大辞泉』. “東下”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  5. ^ a b 三省堂『大辞林』第3版. “東下”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  6. ^ a b 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “東下”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  7. ^ a b 小学館『デジタル大辞泉』. “下向”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  8. ^ a b 三省堂『大辞林』第3版. “下向”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  9. ^ a b 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “下向”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  10. ^ a b 小学館『デジタル大辞泉』. “下る”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  11. ^ a b 小学館『デジタル大辞泉』. “海道下り”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  12. ^ a b 三省堂『大辞林』第3版. “海道下り”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  13. ^ a b 日立デジタル平凡社世界大百科事典』第2版. “海道下り”. コトバンク. 2020年5月25日閲覧。
  14. ^ a b くだりもの”. goo辞書. NTTレゾナント. 2020年5月25日閲覧。

関連項目

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