松山学院高等学校
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(松山城南高等学校から転送)
松山学院高等学校 | |
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北緯33度48分59.5秒 東経132度47分23.1秒 / 北緯33.816528度 東経132.789750度座標: 北緯33度48分59.5秒 東経132度47分23.1秒 / 北緯33.816528度 東経132.789750度 | |
過去の名称 |
普通夜学会 松山夜学校 松山夜間中学 松山城南中学校 松山城南高等学校 |
国公私立の別 | 私立学校 |
設置者 | 学校法人松山学院 |
設立年月日 | 1891年1月14日 |
創立者 | コーネリア・ジャジソン宣教師 |
共学・別学 | 男女共学 |
単位制・学年制 | 学年制 |
設置学科 |
普通科 普通科スポーツコース 普通科Newコース 調理科 福祉科 |
専攻科 | 看護科専攻科 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | D138320100044 |
高校コード | 38504C |
所在地 | 〒790-8550 |
愛媛県松山市北久米町815番地 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
松山学院高等学校(まつやまがくいんこうとうがっこう)は愛媛県松山市北久米町にある私立高等学校である。
プロテスタント系の高校で、初代校長作詞の「山路こえて」が学校の中心的な賛美歌になっている。またこれとは別に校歌がある。創立当時は夜間学校であったが現在[いつ?]では全日制に移行している。なお姉妹校として、同じ松山市の松山東雲中学校・高等学校がある。
建学の精神
[編集]- 人間尊重
- (1)生命の尊さを大切にしよう。
- (2)生きることに感謝しよう。
- (3)人間愛に生きよう。
- 人格中心
- (1)健康な体と心を養おう。
- (2)高い知性と豊かな人間性を養おう。
- (3)誠実と信頼に生きよう。
- 社会人への成長
- (1)豊かな創造性を養おう。
- (2)連帯の社会を大切にしよう。
- (3)勤労と奉仕に生きよう。
実践綱領
[編集]己に厳しく
人に温かく
大愛に生きよう
沿革
[編集]年表
[編集]- 1891年 - アメリカ人女性宣教師コーネリア・ジャジソンが、西村清雄と共に松山市三番町に「普通夜学会」を創立。
- 1892年 - 西村清雄初代校長就任。
- 1894年 - 松山市永木町に移転 松山夜学校に改称。
- 1938年 - 文部大臣の指定を受け、松山夜学校から松山夜間中学に改称。
- 1943年 - 松山夜間中学から、松山城南中学校に改称。
- 1948年 - 教育制度の変更に伴い、定時制高校として、松山城南高等学校に改称。
- 1951年 - 全日制高等学校を併設。
- 1961年 - 定時制高等学校を廃止。
- 1961年 - 商業科を設置。
- 1976年 - 衛生看護科を設置。
- 1982年 - 現在地である松山市北久米町に移転。
- 1982年 - 衛生看護専攻科を設置。
- 1984年 - 調理科を設置。
- 1988年 - テニスコート完成。
- 1991年 - 福祉科を設置。
- 1998年 - 特進科を設置。
- 2000年 - 第2グランド完成。
- 2002年 - 看護科5年一貫制設置。
- 2020年 - 普通科スポーツコースを設置。
- 2021年 - 松山学院高等学校に改称。商業科募集停止。
- 2022年 - 普通科Newコースを設置。看護科募集停止。
学科
[編集]- 普通科
- Newコース(2022年度から)
- スポーツコース(2020年度から)
- 普通コース
- 普通コースの中から選べる3つのコース
- 総合進学コース
- 特別進学コース
- キャリア進学コース
- 調理科
- 商業科(令和3年度に廃止)
- 福祉科
- 看護科(令和4年度に廃止)
主な出身者
[編集]- 山崎昭史(元バスケットボール選手)
- 青野文彦(バスケットボール日本代表)
- 岡本剛史(サッカー選手)
- 青野令(スノーボード選手)
- 玉田誠(Moto GPライダー 当校中退)
- 吉岡健二(洋画家)
- 檜垣俊幸(今治造船会長)
- 野村朱鱗洞(俳人)