河井智康
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(河合智康から転送)
河井 智康(かわい ともやす、1936年5月27日[1] - 2006年5月30日)は、日本の海洋学者。学位は、農学博士。
経歴
[編集]東京都出身。 東京水産大学(現在の東京海洋大学)卒業。大学卒業後、水産庁に入庁。水産庁東北区水産研究所資源管理部長を務め、1997年に定年退官。1986年東京大学農学博士、論文は「比較生態学的視点からみた海産硬骨魚類資源の変動に関する研究」。
魚類の生態や魚類資源の変動をテーマに研究し、「稚魚を食べるプランクトンの大量発生で、そのとき全盛の魚が減り、別の魚が台頭する」という独自の「魚種交替論」を打ち立てるなど、水産学の発展に大きく寄与した。魚に関する著書も多い。特に、イワシが空前の大豊漁であった1988年に上梓した「イワシと逢えなくなる日」で、その後のイワシの減少を予見したことは特筆に価する。21世紀の水産を考える会代表理事などの要職を歴任した。
また、1954年にマーシャル諸島ビキニ環礁付近で第五福竜丸が被爆した事件に注目し、マーシャル諸島で実態調査を行うなど、反核主義者・平和主義者としても知られた。「九条科学者の会」呼びかけ人を務めていた[2]。
2006年5月30日、東京都杉並区の自宅で就寝中、長男(当時33歳)に妻(当時65歳)ともども刺殺された。長男は両親を殺害後、ガソリンをかぶり火をつけ焼身自殺した。長男はアメリカの大学の修士課程を修了し、米国公認会計士資格も取得したが、就職先が決まらずに帰国。以後定職に就かず自宅に引きこもり状態だった。就職を巡る両親との確執が原因で無理心中を図ったとみられている。
著書
[編集]- 「魚-21世紀へのプログラム」(農山漁村文化協会)1986
- 「死んだ魚を見ないわけ 1700mの海底に自然の謎を探る」(情報センター出版局)1987 のち角川文庫
- 「イワシと逢えなくなる日 5億年の結晶『魚種交替』の謎に迫る」(情報センター出版局)1988 のち角川文庫
- 『百万粒の戦略 魚の卵はなぜ多いのか?』筑摩書房 ちくまライブラリー 1990
- 『魚の世界をロマンする 科学者と行く海の謎解きの旅』情報センター出版局 1991
- 「海・人・魚の賛歌」(東京美術)1993
- 「大衆魚のふしぎ サンマやイワシの奇妙な関係」(講談社ブルーバックス)1993
- 「日本の漁業」(岩波新書)1994
- 『すしの魚』平凡社 1995
- 「漁船第五福竜丸 それは世界史を動かした」(同時代社)1997
- 「核実験は何をもたらすか 核大国アメリカの良心を問う」(新日本出版社)1998
- 「消えたイワシからの暗号 七人の研究者と魚類五億年目の謎」(三五館)1999
- 「大衆魚の世界」(NHKライブラリー)2000
- 「日本人とさかなの出会い 縄文遺跡に見る源流」(角川選書)2001
編著
[編集]- 『魚の歳時記 みごろたべごろ』編著 東京美術 1987
- 『おいしいクスリシーフード 「エイコサ・ドコサ」で健康に乾杯』滝口操共編 保健同人社 1994
訳
[編集]- 『原爆開発における人体実験の実相 米政府調査報告を読む』訳著 新日本出版社 2003
脚注
[編集]- ^ 『現代物故者事典2006~2008』(日外アソシエーツ、2009年)p.192
- ^ 「九条科学者の会」呼びかけ人メッセージ (2005.3.13)