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熱海町 (静岡県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
熱海村から転送)
あたみまち
熱海町
廃止日 1937年4月10日
廃止理由 新設合併
熱海町多賀村熱海市
現在の自治体 熱海市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 静岡県
田方郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 7,944
1920年
隣接自治体 静岡県
田方郡多賀村、函南村
神奈川県
足柄下郡湯河原町
熱海町役場
所在地 静岡県田方郡熱海町大字熱海
座標 北緯35度05分46秒 東経139度04分18秒 / 北緯35.096度 東経139.07156度 / 35.096; 139.07156 (熱海町)座標: 北緯35度05分46秒 東経139度04分18秒 / 北緯35.096度 東経139.07156度 / 35.096; 139.07156 (熱海町)

伊豆地域の町村制施行時の町村。10が熱海村。(9,多賀村)
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熱海町(あたみまち)は静岡県の東部、田方郡に属していたである。

地理

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歴史

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町名の由来

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古くからの湯治の地であり、地名は「阿多美」であったが、からい湯が湧き出ていたことから「熱海」とされた。

沿革

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行政

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歴代町長

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『静岡県歴史人物事典』 による[2]

  • 久寝平三郎:1889年5月 -
  • 渡辺楠馬:1893年4月 -
  • 河野繁太郎:1897年4月 -
  • 前田勝次:1900年4月 -
  • 梅原音松:1908年12月 -
  • 石渡要吉:1910年5月 -
  • 内田平吉:1917年8月 -
  • 内田市郎左衛門:1918年10月 -
  • 岸衛:1923年2月 -
  • 杉崎峯吉:1923年10月 -
  • 石渡要吉:1925年9月 -
  • 内田市郎左衛門:1929年9月 -
  • 水谷良雄:1930年12月 -
  • 福地一貫:1932年2月 -
  • 坂本藤八:1934年9月 -

経済

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産業

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農業

『大日本篤農家名鑑』によれば、熱海町の篤農家は梅原、前田、足立、鈴木、野崎、杉本、杉崎、田丸、山田、高橋、井口などがいた[3]

企業

地域

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医療

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『大日本医師名簿』によれば、熱海町の医師は門田、福地、山田、菅沼、山形、庄野などがいた[5]

交通

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鉄道路線

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教育機関

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出身・ゆかりのある人物

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脚注

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  1. ^ a b c 山口恵一郎 『日本地名辞典 市町村編』 東京堂出版、1980年10月。ISBN 978-4490101355
  2. ^ 静岡新聞社出版局 1991, 533頁.
  3. ^ 『大日本篤農家名鑑』238頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年1月14日閲覧。
  4. ^ 『日本全国諸会社役員録 明治30年』静岡県125頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年1月14日閲覧。
  5. ^ 『大日本医師名簿』214頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年1月16日閲覧。
  6. ^ 『人事興信録 第18版 下』は47頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年7月31日閲覧。
  7. ^ 『産経日本紳士年鑑 第8版 下』は49頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年7月31日閲覧。

参考文献

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  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 商業興信所編『日本全国諸会社役員録 明治30年』商業興信所、1893 - 1911年。
  • 高崎雅雄編『大日本医師名簿』光明社、1925年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第18版 下』人事興信所、1955年。
  • 『産経日本紳士年鑑 第8版 下』産経新聞年鑑局、1969年。
  • 角川日本地名大辞典 22 静岡県』。
  • 静岡新聞社出版局 編『静岡県歴史人物事典』静岡新聞社、1991年。ISBN 4783804249 

関連項目

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外部リンク

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