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手術室

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現代風の手術室の例。上にある照明は無影灯
手術室の配置図の例。大病院では一般に手術室が複数あり、消毒室・準備室などとあわせて、相当面積のエリア(ブロック)を形成する。
英国最古の手術室。ロンドンにある博物館 Old Operating Theatre Museumにある古い公開手術室。麻酔や消毒が行が一般化する以前の時代の手術室。博物館の解説パネルには、患者は身体に包丁のような大きな刃物やメスを入れられると、痛みの凄さに断末魔のような叫び声を上げた、しかも術後の生存率は極めて低かった、と説明されている。
1946年、バージニア州、Richlands、Clinch Valley Clinic Hospitalの手術室
コロラド州のとある病院のメイン手術室(1945年)
1946年。米国企業が所有する病院の手術室。

手術室(しゅじゅつしつ)とは、手術を行うための部屋のこと。

医療関係者は「オペ室」と呼ぶこともある。

概説

手術室とは、手術を行うための部屋、手術を行うための設備を備えた部屋のことである。

英語では operation roomoperating room、省略形でORなどと呼ばれる。イギリスでは theatreoperating theatre と呼ばれることがある。

手術室は主として病院に設置されている。小規模な病院では手術室は備えていないこともあり、備えている場合でもその数は少ない。大規模な病院になると、手術室の数は多くなる傾向がある。その場合、消毒室・準備室なども含めて、ある規模・面積のブロックを形成する。

日本全国の手術室の数は2007年時点で15,810と推計された[1]

ごく少数ではあるが移動式の手術室というものもあり、軍隊が野外で使用したり、大学が実験的に用いたりすることがある。


歴史

手術室は時代とともに変遷してきている。

18世紀西洋医学では麻酔法も知られておらず、細菌という概念もなかった。手術室は野蛮な空間で、医師は患者の身体に包丁のような大きな刃物を入れた。患者はそのような刃物を身体に入れられると、あまりの痛みに断末魔のような叫び声を上げた。術後の生存率は極めて低かった。手術室に入るということは乱暴に切られて死ぬことを覚悟しなければならないような状況であったのである。

また、医師たちには衛生の必要性も理解されていなかった。そもそも医師らが「衛生」という概念や「細菌」という概念すら持っていなかったのである。医師らはある患者の手術を行い細菌で汚染された手で、平然と別の患者に触れた。医師は手術を重ねることで血に汚れたフロックコートを、洗いもせず繰り返し着て手術室に入りそのまま手術を行った[2]。患者らの傷口は、共用の桶に入った水で洗われたので、患者から患者へと細菌が伝播した[2]。細菌に関する知識の欠如による上述のような手術により、手術後の死亡する率は高く、一例として1867年の手や脚を切断手術に関する統計が残っているが、それによるとチューリヒで死亡率 46%、パリでは60%にも及んだ[2]

(このような医師が細菌拡散を起こし患者を死亡させてしまう、という状況は、イグナーツ・ゼンメルワイス(1818-1865)がそれに気づいたことと、彼の他の医師たちに対する警告や彼の犠牲の上に、ようやく改善のきっかけを得ることになる。彼は医師自身が感染源になっている可能性に気づき、医師にカルキを使用して手洗いを行うべきだと提唱した。だが、当時の医学会や医師らは彼の善意からの指摘を認めようとせず、逆に彼を迫害するような行動をとったという。)

ゼンメルワイスの犠牲の上に手術室を清浄に保つことの必要性が医師たちにもようやく理解されるようになった。だがそれにしても、パスツール研究所のシャンベランが初の高圧蒸気滅菌器を作ったのは、ようやく1880年のことで、つまりまだほんの百数十年前のことであり、しかもそうした滅菌器が実際に各国の手術室に普及するのにはさらに長い年月がかかったのである。


細菌対策

現代の手術室は(一部の例外を除いて[3])おおむね清潔に保たれている、と信じられている。

ただし、手術室内を清浄に保つことには困難が伴う。手術室と周囲との間には必ず何らかの交通があり、医師・看護師が出入し、患者が運び込まれる。手術室の内外で履物を交換したとしても、床を清潔に保つことは困難である。空気中の菌が、メスで開いた部分(開腹したところや患部など)に落下することは比較的稀であるにしても、室の空気は清浄に保つほうがよいと考えられている。近年の先進国の手術室は、空調システムによって手術室の空気圧を廊下よりも高く維持すること(陽圧)ができるようになっているものが多い。これによって空気の流れが手術室から外の部屋へ向かうようになり、外部から雑菌を含んだ空気が入ってこないようになっている。(ただし、空気感染性疾患の患者に使用する場合には陰圧手術室を使用することになっている)


現代的設備やスタッフの概要

現代の先進国の手術室で一般的なのは、滅菌処理された特別な部屋に手術台その他の医療器具が置かれ、医師看護婦麻酔技術者(手術室で行うような治療には通常麻酔を伴う)などが入り、手術台の上に患者が載せられて手術を行う。

万一の突然の停電に備え、自家発電装置を設置している場合もある[4]


手術室の公開と非公開

手術中、手術室内部の様子を公開する場合と公開しない場合がある。

米国の病院の中には少数ではあるが、手術室の上方(天井側の一部)をガラス張りにし、患者の家族などに手術の様子を常に公開しているところや、カメラを設置し家族の待機室のモニタ画面に表示しているところもあり、こうした病院は人々からの信頼も高く、遠方からも人々が手術を受けに来る傾向がある。

日本でもごく一部だが、手術室に必ずビデオカメラを設置・撮影し、モニタ画面で患者家族に見せている医師もいる。またほんの少数だが、手術室に患者の家族を入れ、立ち会わせる医師もいる。井上毅一は、家族を立ち会わせる最大のメリットは、執刀医をはじめとした医師や看護婦が一瞬たりとも気を抜けず、良い意味で緊張感が手術室に満ち溢れ、医師や看護婦が一体となって手術にあたることになる[5]、疲れている時でも、息をつめて見守る家族の前に立つと気力に張りが戻り、最大限の能力が発揮される[5]、と述べた。医師や看護師の熱意など手術現場の雰囲気が理解してもらえて、例えば不幸にして癌の進行がひどく、開腹したものの切除できず、そのまま閉じなければならない場合でも、実際に病巣を見ているだけに、家族としてはあきらめがつき、納得した、と言われることがある、と言う[5]

移動式の手術室(Star 660)。
Edith Wolfson Medical Centerの分娩室

あまり数は多くはないが、軍隊によっては移動式の手術室を保有していることがある。

産婦人科医院の出産に用いる部屋は英語では delivery room 以外にORと呼ばれることがあるが、日本語では「分娩室」と呼び分けることが行われている。

専ら手術室内の仕事をしている看護師手術室看護師手術室ナースと言う。手術室ナースというのは、もっぱら手術室や手術室エリアにおいて少人数で仕事をしており、患者との交流もほとんど無く、一般の看護師とは異なった、一種独特な職業的コースを歩む傾向がある。




ギャラリー

脚注

  1. ^ 厚生労働省「医療施設調査 病院報告」から矢野経済研究所が推計。[1]p.12
  2. ^ a b c 近藤誠『医原病-「医療信仰」が病気をつくりだしている』講談社2000年, ISBN 4062720507 p.88
  3. ^ 注 - 実際には、衛生的でない手術室もあるらしい。たとえば銀座眼科事件の手術室は、看護士などに対する捜査などによって、手術室が不潔で消毒が不完全だった、ということも明らかになった。
  4. ^ 手術医療の実践ガイドライン 第8章 - 日本手術医学会
  5. ^ a b c 『手術室の中は闇』p.22-40

関連項目


関連書

  • 新太喜治 編『手術室』メディカ出版、1995年 ISBN-10:4-89573-471-4
  • 新太喜治, 大久保憲『手術室で働く人のための手術医学テキスト』医薬ジャーナル社、1997
  • 井上毅一『手術室の中は闇』講談社、1999
  • 弓削孟文『手術室の中へ:麻酔科医からのレポート』集英社, 2000
  • 東京慈恵会医科大学附属病院手術部『ナースのための手術室マニュアル』メジカルビュー社、2005
  • 中田精三『手術室看護の知識と実際』メディカ出版、2009

外部リンク