白いばら
白いばら(しろいばら)は、東京都中央区銀座三丁目で1931年(昭和6年)から2018年(平成30年)1月10日まで営業していたキャバレーである[1][2][3]。
概要
広島出身の初代社長は1921年(大正10年)に深川で「広島屋」という名称の食堂を開業した[3]。この店舗を売却して1929年(昭和4年)に銀座二丁目で「バー富士」を開店し、1931年(昭和6年)には最終所在地となる銀座三丁目の一角で「つる屋」を開業した。その後、改名や業態変更を繰り返し、1951年(昭和26年)に「白いばら」という名称でキャバレーとしての営業を開始した[1][3]。所在地は東京都中央区銀座三丁目5-18[3]、シャネルの裏(三丁目ガス灯通り)[4]。着席収容人数は380名[3]で、約200名のフロアレディ(ホステス)が在籍し[3]、約30名の従業員が働いていた[3]。
全国各地出身の女性たちがお国言葉で語りかけてくれるのが店の名物で[5][3]、 キャッチフレーズは「あなたの郷里の娘を呼んでやって下さい」[1][3][5]。店の入り口には日本地図を模したホステス在籍表が掲げられ、各ホステスの出身地が客にわかるようになっていた[3]。料金は銀座としては安く設定されていた[1][2]。
二・二六事件の決起前に来店した常連の青年将校が「明日の号外を楽しみにしろ!」と軍刀で観葉植物をバッサリ切っていったという逸話が伝えられている[5][2]。無名時代の歌手美輪明宏や、落語家の立川談志がステージに上がったこともあり、大相撲横綱の大鵬幸喜や北の湖敏満が客として訪れたこともある。[5]
閉店
2017年(平成29年)10月、2018年(平成30年)1月10日に閉店することが発表された[5][1]。閉店理由は建物の老朽化と発表されている[1][2][3]。
脚注
- ^ a b c d e f 折原みと(2018年1月22日)、”銀座のキャバレー「白いばら」が、心から惜しまれながら閉店する理由”(ページ1・2・3)、現代ビジネス、講談社、2018年8月9日閲覧。
- ^ a b c d ”銀座の老舗キャバレー「白いばら」88年目の散り際 近隣住民「存在そのものが文化だった」”(ページ1・2)、産経ニュース、夕刊フジ、2018年1月22日、2018年8月9日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k なかだえり「"健全夢世界"の終焉 さようなら! 銀座キャバレー「白いばら」」『東京人』第33巻2号(通巻392号)、都市出版、2018年2月、126-132頁。
- ^ “銀座「白いばら 公式ホームページ」”. 2017年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年10月19日閲覧。
- ^ a b c d e 梅村武史 (2017年11月19日). “銀座の華、昭和史刻み幕 名門キャバレー「白いばら」来年1月閉店”. 東京新聞 2018年8月9日閲覧。
外部リンク
- 公式サイト - 「閉店のごあいさつ」が掲げられている
- 公式サイト(閉店前のアーカイブ) at the Wayback Machine (archived 2017-12-09)