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「慈恵医大青戸病院事件」の版間の差分

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'''慈恵医大青戸病院事件'''(じけいいだいあおどびょういんじけん)とは[[2002年]]に発生した事件。
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==概要==
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2009年10月12日 (月) 11:32時点における版

慈恵医大青戸病院事件(じけいいだいあおどびょういんじけん)とは2002年に発生した事件。

概要

2002年11月8日、慈恵医大青戸病院の医師3人前立腺癌の摘出手術について内視鏡による腹腔鏡手術を行った。腹腔鏡下手術は開腹手術と比較して術後の臥床期間を短縮することができるメリットがあるが、手術の術野が狭くて遠近感がつかみ難いなど技術の難易度が高いデメリットがあった。医師3人は腹腔鏡手術がうまくいかず出血した際に失敗し、それでもより確実な開腹手術をせずに腹腔鏡下手術を続行し、開始からほぼ12時間後により確実な手法の開腹手術にようやく切り替えた。手術終了後に男性患者は大量出血による脳死状態になり、約1カ月後の12月8日に死亡した。

その後、医師3人に腹腔鏡下手術の執刀経験がないことが発覚。3人医師らのうち、1名だけは以前に腹腔鏡手術の助手が2回していたが術者として実施したことはなく、他の2名の医師は腹腔鏡手術の見学すら無かったことが判明した。

また、学内規定では倫理委員会の承認を得る必要があったが診療部長は指導医無しの執刀を独断で認めたこと、患者に執刀医に関する情報提供(インフォームド・コンセント)が成されていないこと、手術中に器具のマニュアルを読みながら手術を行っていたこと、大量出血に備えた輸血用血液を確保していなかったこと、止血に失敗して危険な状態にも摘出した前立腺癌を産婦人科医が出産した男の子のように例える冗談を言ってたこと、巡回していた麻酔医から執刀医の技術の低さと開腹手術に即時切り替えを指摘されていたことなど、医師個人や病院の医療体制について様々な問題が指摘された。

この事件は刑事事件に発展し、医師3人が業務上過失致死で起訴され、診療部長は起訴猶予となり、麻酔科医2人は不起訴処分となった。

大学は手術を許可した診療部長(同大助教授)と術者と第二助手に懲戒解雇、第一助手に出勤停止10日間の処分を行った。第一助手は、手術の計画・立案に関わっていないという理由で出勤停止10日の処分となった。また、厚生労働省は術者と第二助手に、医業停止2年の処分を行った。

2006年6月15日、東京地方裁判所は「医師に経験を積ませることを優先させた」という指摘し「医師の基本を忘れた無謀な行為」として有罪判決を下し、第一助手に禁固2年6ヶ月執行猶予5年、執刀医と第二助手にに禁固2年・執行猶予4年が下った。第一助手は控訴したが、2007年6月7日に高裁は禁固1年6ヶ月、執行猶予4年に減刑して確定した。

関連項目

外部リンク