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[[File:Sarah Bernhardt by Manuel Orazi.JPG|thumb|alt = サラ・ベルナール(画:マニエル・オラージ)|]]
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'''料理漫画'''(りょうりまんが)あるいは'''グルメ漫画'''(グルメまんが)は、[[料理]]、料理人、[[食材]]など食に関することを題にした[[日本の漫画]]を指す。
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は人間の生存の根本に位置するため、食物、料理自体がからむ人間ドラマだけでなく、食をめぐる社会問題、環境問題、文化についての問題主題とするものもい。
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また、ストーリー展開に起伏を持たせるため料理で揉めごとを解決したり、料理の出来で勝負するといった技法がよく使われる。その際、読者の共感を得やすくするため、物語の主人公は[[少年漫画|少年誌]]なら小中高生、[[青年漫画|青年誌]]なら10代〜20代の新人料理人など、掲載される雑誌の読者層と同年代に設定され、類稀なる才能と惜しみない努力によってベテランの料理人と同レベル、もしくはそれ以上の料理を仕上げるといった展開が多く見られる。現実世界における、料理の技量に優れ知識を熟知したベテランの中高年が主人公になるケースは少なく、もっぱらライバル・悪役・先輩などの脇役に設定される(もっとも、この傾向は他ジャンルの漫画にも見られる)。
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作品によっては料理のレシピが詳細に明かされた料理本も存在する。実際に、漫画をもとにした『美味しんぼの料理本』(小学館)、『クッキングパパのレシピ366日』(講談社)などが発売されているほか、料理漫画の料理を実際につくってまとめた本も出版されている。


== 定義 ==
また、ストーリー展開に起伏を持たせるためにただ料理をするだけでなく、料理で揉めごとを解決したり、料理の出来で勝負するといった技法がよく使われる。その際、読者の共感を得やすくするため、物語の主人公は[[少年漫画|少年誌]]なら小中高生、[[青年漫画|青年誌]]なら10代〜20代の新人料理人など、掲載される雑誌の読者層と同年代に設定され、類稀なる才能と惜しみない努力によってベテランの料理人と同レベル、もしくはそれ以上の料理を仕上げるといった展開が多く見られる。現実世界における、料理の技量に優れ知識を熟知したベテランの中高年が主人公になるケースは少なく、もっぱらライバル・悪役・先輩などの脇役に設定される(もっとも、この傾向は他ジャンルの漫画にも見られる)。
印象的な料理が登場する漫画やタイトルに料理の名前を冠した作品は多いが、漫画研究者の[[斉藤宣彦]]はそれらを料理漫画には含めない。斉藤が重視するのは次の3点である<ref>斉藤 2011, p. 162.</ref>。


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作品によっては料理のレシピが詳細に明かされめ、料理本としての実用性も存在する。実際に、漫画をもとにした『美味しんぼの料理本』(小学館)、『クッキングパパのレシピ366日』(講談社)などが発売されている。
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== 歴史 ==
===起源===
また[[斉藤宣彦]]によれば、料理漫画は[[望月三起也]]の『突撃ラーメン』と[[萩尾望都]]が画を担当した『ケーキ ケーキ ケーキ』をもって嚆矢とする{{sfn|斉藤|2011|p=162}}。どちらも1970年に連載が始まり、少年漫画と少女漫画とで同時期に料理をサブジャンルとしてもつ作品が誕生したことになる。やはり最初期の料理漫画であるビッグ錠の『包丁人味平』(1973年)に先駆けてこのテーマで漫画を書くことになった望月は、当時週刊少年ジャンプの編集長だった長野規にアドバイスを受けたと述懐している。

{{Quotation|で、そのラーメンマンガにトライしたのですが、それまでの私は活劇モノなら得意、タテひざ30分で一本のアイデアが出るというタイプでしたが、さァ困った。メン好きの私ですが、それまでに少年マンガで“食モノ”なんてない。参考にもしようがない。(…)ま、それでも“食モノ”マンガを初めて描いたってところは、自慢していいんでしょうか。長野さんのアイデアマンぶり、いまでも色々アドバイスされた事、お世話になってます。|[http://wild7.jp/363 月刊望月三起也 ≫ 突撃ラーメン]<small>2012年4月4日閲覧</small>}}

『突撃ラーメン』は戦争アクションであり、『ケーキ ケーキ ケーキ』はミュージカルを題にとって身体の動きを演出にとりいれていた。料理漫画はアクションものとして生まれたのである<ref>斉藤 2011, p. 165.</ref>。それは「味」を表現するためには必然ともいえる出自といえる。

===味とリアクション===
料理漫画(望月によれば「食モノ」「味モノ」)が初めて意識的に描かれるとは、その困難が意識されることでもあった。紙というメディアでは、料理の見た目というごく一部の側面しか描写できない。望月も例外ではない。

{{Quotation|今でこそ味モノは色々ありますが、何事も最初、開拓者は苦労があるもの。悩みましたよ。ミソ、ショーユ、塩バター、どういう味にするか、出来上ったのが自分の得意技の活劇味だったわけです。だから、最初の回はドイツ軍仕立て、ユンカースをナルトがわりに並べたわけ。

その後も、スープはロシア風ボルシチで、日露戦争の絵を浮かべたりでした。|[http://wild7.jp/363 月刊望月三起也 ≫ 突撃ラーメン]<small>2012年4月4日閲覧</small>}}

『突撃ラーメン』ではロシアのスープ料理ボルシチを登場させるときには日露戦争のアクションシーンがバックに描かれ、『ケーキ ケーキ ケーキ』でもケーキの美味しさがミュージカル調で描写される。料理そのものである味も香りも漫画では表現できないため、「美味しさ」を描くことができないという難しさが料理漫画にはあることをすでに黎明期の漫画家は味わっていた。それを克服するのが料理を食べた人間の解説であり、「リアクション」だ{{sfn|斉藤|2011|p=170}}。最初の料理漫画である『ケーキ ケーキ ケーキ』でもケーキの美味しさを味わったキャラクターが「ミュージカル仕立てで歌い踊る」{{sfn|斉藤|2011|p=165}}が、この「リアクション」の表現を極端なまでに推し進めたのが[[寺沢大介]]である。『ミスター味っ子』の料理を食べた「解説者」の激しいリアクションは料理漫画の新たな「リアリティのありどころ」{{sfn|斉藤|2011|p=179}}となった。このある意味で過剰な反応をもって「美味しさ」を表現するやり方は、『[[鉄鍋のジャン!]]』や『[[焼きたて!!ジャぱん]]』へと受け継がれる{{sfn|斉藤|2011|p=185}}。

===魔球としての料理===
そしてここで興味深いのはすでに『ケーキ ケーキ ケーキ』で「料理対決」が行われていることである{{sfn|斉藤|2011|p=165}}。この手法は続く『包丁人味平』で完成をみることになるのだが、主人公が何かのきっかけで「対決」に参加して料理やレシピをつくり、審査員が味の「解説」をして、「勝負」がつくという流れは料理漫画の様式美ともなった。しかしこれは漫画の歴史のなかでみるならば全く新しい手法ではない。対決や実況、解説、そして勝負という図式はつまり「[[スポ根]]」を踏襲したものであ{{sfn|大塚|1994|p=255-256}}、具体的には斉藤宣彦らが考えるように、野球漫画で生み出された「試合」や「実況」を換骨奪胎したものだ{{sfn|斉藤|2011|p=168-169}}。そして試合に勝つためのインパクトの強い料理とはすなわち「必殺技」であり、奇想天外な「魔球」なのである{{sfn|大塚|2011|p=256}}{{sfn|斉藤|2011|p=171}}。料理漫画の歴史はこうして野球漫画のそれと接続されるのだが、80年代に入ると新たな構造をもった作品が生まれる。

===美味しんぼの登場===
1980年代になると漫画の外では外食が根づき、「グルメ・ブーム」が生まれていた。その流れをつくりだす原動力の一つともなり、また自らその流れにのったのが『美味しんぼ』(1983年)である<ref>呉 1997, p. 202.</ref><ref>芝田 2009, p. 150.</ref><ref>主人公たちが目指す料理の「究極」は時代の流行語ともなった [http://rnavi.ndl.go.jp/kaleido/tmp/145.pdf 「外食」の歴史] 2012年4月4日閲覧</ref>。料理漫画としての『美味しんぼ』の登場は野球漫画のスタイルに頼らないという点でも、いかにも漫画的なアイディア勝負やリアクションをおこなうわけでもない点で画期的だった{{sfn|斉藤|2011|p=173}}。主人公が料理人ではなく、農薬や捕鯨、さらには東アジアの歴史問題まで絡めたあまりにも政治的すぎるメッセージを含んでいたこの作品は、しかし同時に食の本質や食材の知識を問う点で実に料理漫画的だった。後の料理漫画へ強い影響力をもったのは、トリヴィアルな蘊蓄をつめこむ「情報漫画」でもあったからである{{sfn|呉|1997|p=202}}。[[雁屋哲]]がグルメブームを批判するために原作をつとめたはずだったが、『美味しんぼ』の誕生によって料理漫画はついに「グルメ漫画」と呼ばれるに至るのである{{sfn|斉藤|2011|p=176}}。

===職人から批評家へ===
料理漫画の最初期の作品である『包丁人味平』は、「職人」を描いた漫画としても先験的であったことを考えると、『美味しんぼ』にはもう一つの新しさが浮かび上がる。漫画的な誇張がされながらも、修行と経験を積んで高度な技術をふるい、さらには店を開き繁盛させるというビジネスマンとしての側面をもつプロフェッショナルを主人公として、(少年の)読者に向けて「大人の世界」を描くという「職人もの」の流れを料理漫画は汲んでおり、それはアイディア料理が中心になっていく『ミスター味っ子』にも受け継がれている<ref>斉藤 2011, p. 171-173.</ref>。しかし、『美味しんぼ』の主人公である山岡士郎やライバルであるその父親の海原雄山はその流れを断ち切るキャラクターである{{sfn|斉藤|2011|p=175}}。山岡は確かに普通以上の料理の腕前をもつが、それはあくまでも彼の知識やセンスなどによるものであり、例えば求道的な職人のように日々鍛錬を怠らないといった描写は出てこない<ref>斉藤 2011, p. 176.</ref>。新たな料理漫画である「グルメ漫画」の主人公は、料理やその味、食材についての知識や情報を語り、本質を論じてみせる批評家になることでその主人公性を獲得するのである<ref>斉藤 2011, p. 177.</ref><ref>大塚 2011, p. 256-257.</ref>。

===料理漫画の新世代===
こうして料理漫画はメインテーマとなるだけのスタイルが固まり、そのうえで多様な作品がいまも書かれ続け、「雑学」「レシピ」「大食い」「日常」などジャンルの細分化すら起こっている。どの週刊誌にも料理漫画が連載されているように、いまやこのジャンルは漫画にとって欠かせないものとなったのだ。『美味しんぼ』を経験した料理漫画の新世代は、「主人公が料理をするとは限らないため」<ref>斉藤 2011, p. 177.</ref>、料理という語がとれて「食マンガ」<ref>芝田 2009, p. 150.</ref>といった名称で呼ばれ始めている。さらに究極の味を追い求めるグルメ漫画への反動として、より身近で低価格な料理や家庭料理を焦点にした漫画が増え始めた<ref>芝田 2009, p. 151-153.</ref>。またラーメンをテーマにした『ラーメン発見伝』や駅弁をテーマにした『駅弁ひとり旅』といった一つの料理に絞った作品も登場している<ref>芝田 2009, p. 152.</ref>。芝田隆広は新たな世代の「食マンガ」の特徴として、漫画的な誇張がされていても実際に購入したり調理すれば食べられる料理や、味や素材にこだわりがあってもあくまで身近な料理に手をかける点を挙げている<ref>芝田 2009, p. 152, 154.</ref>。


== 主な作品 ==
== 主な作品 ==
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* [[築地魚河岸嫁ヨメコラム]]
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* [[大江戸きっちん]]
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* [[喰わせモン!]]
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== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
* [http://media.excite.co.jp/daily/thursday/030911/ ニュースな本棚 「料理漫画を召し上がれ-いざ、料理漫画の深遠へ!」]
* [http://media.excite.co.jp/daily/thursday/030911/ ニュースな本棚 「料理漫画を召し上がれ-いざ、料理漫画の深遠へ!」]

== 脚注 ==
<references />

==参考文献==
*{{Cite book|和書|author=大塚英二|year=1994|title=戦後まんがの表現空間|publisher=法蔵館|isbn=4-8318-7205-9}}
*{{Cite book|和書|author=斉藤宣彦|year=2011|title=マンガの遺伝子|publisher=講談社現代新書|isbn=978-4-06-288137-1}}
*{{Cite book|和書|author=呉智英|year=1997|title=現代マンガの全体像|publisher=双葉文庫|isbn=4-575-71090-3}}
*{{Cite journal|和書 |author=芝田隆広 |year=2009 |month=11 |title=A級B級Z級へ-いま食べたい「食」マンガ最前線 |journal=ダ・ヴィンチ |pages=150-155 |publisher=メディアファクトリー }}


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2012年4月4日 (水) 14:55時点における版

料理漫画(りょうりまんが)あるいはグルメ漫画(グルメまんが)は、料理、料理人、食材など食に関することを主題にした漫画を指す。

食事や料理自体がからむ人間ドラマだけでなく、食をめぐる社会問題、環境問題、文化をテーマとするものもある。ジャンルとして確立された現在では週刊誌各誌に一本は連載があるという状況を生み出している。 作品によっては料理のレシピが詳細に明かされた料理本も存在する。実際に、漫画をもとにした『美味しんぼの料理本』(小学館)、『クッキングパパのレシピ366日』(講談社)などが発売されているほか、料理漫画の料理を実際につくってまとめた本も出版されている。

定義

印象的な料理が登場する漫画やタイトルに料理の名前を冠した作品は多いが、漫画研究者の斉藤宣彦はそれらを料理漫画には含めない。斉藤が重視するのは次の3点である[1]

  • 料理がつくられる
  • 過程が描かれている
  • 美味しさが表現されている

石ノ森章太郎が1959年に『トンカツちゃん』というギャグ漫画を描いており、石ノ森自身も「初の食欲増進マンガ」と称していたが[2]、斉藤は料理漫画の起源としては扱っていない[3]

歴史

起源

また斉藤宣彦によれば、料理漫画は望月三起也の『突撃ラーメン』と萩尾望都が画を担当した『ケーキ ケーキ ケーキ』をもって嚆矢とする[4]。どちらも1970年に連載が始まり、少年漫画と少女漫画とで同時期に料理をサブジャンルとしてもつ作品が誕生したことになる。やはり最初期の料理漫画であるビッグ錠の『包丁人味平』(1973年)に先駆けてこのテーマで漫画を書くことになった望月は、当時週刊少年ジャンプの編集長だった長野規にアドバイスを受けたと述懐している。

で、そのラーメンマンガにトライしたのですが、それまでの私は活劇モノなら得意、タテひざ30分で一本のアイデアが出るというタイプでしたが、さァ困った。メン好きの私ですが、それまでに少年マンガで“食モノ”なんてない。参考にもしようがない。(…)ま、それでも“食モノ”マンガを初めて描いたってところは、自慢していいんでしょうか。長野さんのアイデアマンぶり、いまでも色々アドバイスされた事、お世話になってます。 — 月刊望月三起也 ≫ 突撃ラーメン2012年4月4日閲覧

『突撃ラーメン』は戦争アクションであり、『ケーキ ケーキ ケーキ』はミュージカルを題にとって身体の動きを演出にとりいれていた。料理漫画はアクションものとして生まれたのである[5]。それは「味」を表現するためには必然ともいえる出自といえる。

味とリアクション

料理漫画(望月によれば「食モノ」「味モノ」)が初めて意識的に描かれるとは、その困難が意識されることでもあった。紙というメディアでは、料理の見た目というごく一部の側面しか描写できない。望月も例外ではない。

今でこそ味モノは色々ありますが、何事も最初、開拓者は苦労があるもの。悩みましたよ。ミソ、ショーユ、塩バター、どういう味にするか、出来上ったのが自分の得意技の活劇味だったわけです。だから、最初の回はドイツ軍仕立て、ユンカースをナルトがわりに並べたわけ。 その後も、スープはロシア風ボルシチで、日露戦争の絵を浮かべたりでした。 — 月刊望月三起也 ≫ 突撃ラーメン2012年4月4日閲覧

『突撃ラーメン』ではロシアのスープ料理ボルシチを登場させるときには日露戦争のアクションシーンがバックに描かれ、『ケーキ ケーキ ケーキ』でもケーキの美味しさがミュージカル調で描写される。料理そのものである味も香りも漫画では表現できないため、「美味しさ」を描くことができないという難しさが料理漫画にはあることをすでに黎明期の漫画家は味わっていた。それを克服するのが料理を食べた人間の解説であり、「リアクション」だ[6]。最初の料理漫画である『ケーキ ケーキ ケーキ』でもケーキの美味しさを味わったキャラクターが「ミュージカル仕立てで歌い踊る」[7]が、この「リアクション」の表現を極端なまでに推し進めたのが寺沢大介である。『ミスター味っ子』の料理を食べた「解説者」の激しいリアクションは料理漫画の新たな「リアリティのありどころ」[8]となった。このある意味で過剰な反応をもって「美味しさ」を表現するやり方は、『鉄鍋のジャン!』や『焼きたて!!ジャぱん』へと受け継がれる[9]

魔球としての料理

そしてここで興味深いのはすでに『ケーキ ケーキ ケーキ』で「料理対決」が行われていることである[7]。この手法は続く『包丁人味平』で完成をみることになるのだが、主人公が何かのきっかけで「対決」に参加して料理やレシピをつくり、審査員が味の「解説」をして、「勝負」がつくという流れは料理漫画の様式美ともなった。しかしこれは漫画の歴史のなかでみるならば全く新しい手法ではない。対決や実況、解説、そして勝負という図式はつまり「スポ根」を踏襲したものであ[10]、具体的には斉藤宣彦らが考えるように、野球漫画で生み出された「試合」や「実況」を換骨奪胎したものだ[11]。そして試合に勝つためのインパクトの強い料理とはすなわち「必殺技」であり、奇想天外な「魔球」なのである[12][13]。料理漫画の歴史はこうして野球漫画のそれと接続されるのだが、80年代に入ると新たな構造をもった作品が生まれる。

美味しんぼの登場

1980年代になると漫画の外では外食が根づき、「グルメ・ブーム」が生まれていた。その流れをつくりだす原動力の一つともなり、また自らその流れにのったのが『美味しんぼ』(1983年)である[14][15][16]。料理漫画としての『美味しんぼ』の登場は野球漫画のスタイルに頼らないという点でも、いかにも漫画的なアイディア勝負やリアクションをおこなうわけでもない点で画期的だった[17]。主人公が料理人ではなく、農薬や捕鯨、さらには東アジアの歴史問題まで絡めたあまりにも政治的すぎるメッセージを含んでいたこの作品は、しかし同時に食の本質や食材の知識を問う点で実に料理漫画的だった。後の料理漫画へ強い影響力をもったのは、トリヴィアルな蘊蓄をつめこむ「情報漫画」でもあったからである[18]雁屋哲がグルメブームを批判するために原作をつとめたはずだったが、『美味しんぼ』の誕生によって料理漫画はついに「グルメ漫画」と呼ばれるに至るのである[19]

職人から批評家へ

料理漫画の最初期の作品である『包丁人味平』は、「職人」を描いた漫画としても先験的であったことを考えると、『美味しんぼ』にはもう一つの新しさが浮かび上がる。漫画的な誇張がされながらも、修行と経験を積んで高度な技術をふるい、さらには店を開き繁盛させるというビジネスマンとしての側面をもつプロフェッショナルを主人公として、(少年の)読者に向けて「大人の世界」を描くという「職人もの」の流れを料理漫画は汲んでおり、それはアイディア料理が中心になっていく『ミスター味っ子』にも受け継がれている[20]。しかし、『美味しんぼ』の主人公である山岡士郎やライバルであるその父親の海原雄山はその流れを断ち切るキャラクターである[21]。山岡は確かに普通以上の料理の腕前をもつが、それはあくまでも彼の知識やセンスなどによるものであり、例えば求道的な職人のように日々鍛錬を怠らないといった描写は出てこない[22]。新たな料理漫画である「グルメ漫画」の主人公は、料理やその味、食材についての知識や情報を語り、本質を論じてみせる批評家になることでその主人公性を獲得するのである[23][24]

料理漫画の新世代

こうして料理漫画はメインテーマとなるだけのスタイルが固まり、そのうえで多様な作品がいまも書かれ続け、「雑学」「レシピ」「大食い」「日常」などジャンルの細分化すら起こっている。どの週刊誌にも料理漫画が連載されているように、いまやこのジャンルは漫画にとって欠かせないものとなったのだ。『美味しんぼ』を経験した料理漫画の新世代は、「主人公が料理をするとは限らないため」[25]、料理という語がとれて「食マンガ」[26]といった名称で呼ばれ始めている。さらに究極の味を追い求めるグルメ漫画への反動として、より身近で低価格な料理や家庭料理を焦点にした漫画が増え始めた[27]。またラーメンをテーマにした『ラーメン発見伝』や駅弁をテーマにした『駅弁ひとり旅』といった一つの料理に絞った作品も登場している[28]。芝田隆広は新たな世代の「食マンガ」の特徴として、漫画的な誇張がされていても実際に購入したり調理すれば食べられる料理や、味や素材にこだわりがあってもあくまで身近な料理に手をかける点を挙げている[29]

主な作品

外部リンク

脚注

  1. ^ 斉藤 2011, p. 162.
  2. ^ 斉藤 2011, p. 163.
  3. ^ 斉藤 2011, p. 163.
  4. ^ 斉藤 2011, p. 162.
  5. ^ 斉藤 2011, p. 165.
  6. ^ 斉藤 2011, p. 170.
  7. ^ a b 斉藤 2011, p. 165.
  8. ^ 斉藤 2011, p. 179.
  9. ^ 斉藤 2011, p. 185.
  10. ^ 大塚 1994, p. 255-256.
  11. ^ 斉藤 2011, p. 168-169.
  12. ^ 大塚 2011, p. 256.
  13. ^ 斉藤 2011, p. 171.
  14. ^ 呉 1997, p. 202.
  15. ^ 芝田 2009, p. 150.
  16. ^ 主人公たちが目指す料理の「究極」は時代の流行語ともなった 「外食」の歴史 2012年4月4日閲覧
  17. ^ 斉藤 2011, p. 173.
  18. ^ 呉 1997, p. 202.
  19. ^ 斉藤 2011, p. 176.
  20. ^ 斉藤 2011, p. 171-173.
  21. ^ 斉藤 2011, p. 175.
  22. ^ 斉藤 2011, p. 176.
  23. ^ 斉藤 2011, p. 177.
  24. ^ 大塚 2011, p. 256-257.
  25. ^ 斉藤 2011, p. 177.
  26. ^ 芝田 2009, p. 150.
  27. ^ 芝田 2009, p. 151-153.
  28. ^ 芝田 2009, p. 152.
  29. ^ 芝田 2009, p. 152, 154.

参考文献

  • 大塚英二『戦後まんがの表現空間』法蔵館、1994年。ISBN 4-8318-7205-9 
  • 斉藤宣彦『マンガの遺伝子』講談社現代新書、2011年。ISBN 978-4-06-288137-1 
  • 呉智英『現代マンガの全体像』双葉文庫、1997年。ISBN 4-575-71090-3 
  • 芝田隆広「A級B級Z級へ-いま食べたい「食」マンガ最前線」『ダ・ヴィンチ』、メディアファクトリー、2009年11月、150-155頁。