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2016年10月18日 (火) 08:50時点における版

ジェームス藤木
生誕 3月15日
出身地 日本の旗 日本東京都
ジャンル ロックンロール
職業 作曲家ギタリスト歌手
担当楽器 ギター
活動期間 1975年 -
レーベル キングレコード
トリオレコード
ポリスターレコード
共同作業者 舘ひろし近田春夫横山剣
ジェームズ・ブラウン

ジェームス藤木(-ふじき、3月15日 - )は、日本の作曲家であり、ミュージシャンである。ロックンロールバンド「クールス」のギタリストである。

人物・略歴

1950年代の某年(生年不詳)3月15日東京都に生まれる。

1974年(昭和49年)12月、たちひろし(舘ひろし)・岩城滉一らとともに、東京都渋谷区原宿において、モーターサイクルチームクールス(COOLS)」を結成。1975年(昭和50年)4月13日矢沢永吉率いる「キャロル」解散コンサートにおける親衛隊をつとめる。同年9月、チーム内の7名と藤木が薦めたベーシスト大久保喜市の8名で同名のロックンロールバンドとしてデビューした[1]

その後、5度にわたるメンバーチェンジを経て、現在も一貫して「クールス」のリードギター兼ボーカルとして活動している。その音楽センスはメンバーの中でも一番であり、多くのミュージシャンに楽曲を提供している。高護率いるソリッドレコードの『夢のアルバム』(1988年)に提供した楽曲『涙のサスピション』を、クールスのアルバムをプロデュースした近田春夫が「藤木の天才性」ということばで絶賛した[2]

フィルモグラフィ

おもなディスコグラフィ

藤木によるおもな楽曲提供の一覧である[3]。クールス作品についてはクールスを参照。

  • ザ・ムーン・ドッグス『恋のあやつり人形』(作詞横山剣
  • ザ・ムーン・ドッグス『LOW RIDER』(作詞井倉光一
  • ミッキー『ROCK'N'ROLL WONDERLAND』(作詞横山剣、編曲矢島賢)、1983年
  • ハルオ&パアル『涙のサスピション』(作詞サエキけんぞう、編曲窪田晴男)、1988年
  • ジェームス藤木『気分はSUPER TOUGH』、1992年7月23日発売
  • ジェームス藤木『恋のオーバーヒート』、1992年7月23日発売
  • ジェームス藤木『DANCE DANCE DANCE』、1992年1月21日発売
  • ジェームス藤木『不良天国』、1992年1月21日発売
  • JAMES藤木『笑顔のキセキ AUTHENTIC MELODY MAKER JAMES藤木』、2013年1月16日発売

関連人物

  1. ^ クールス」の項の記述を参照。
  2. ^ ソリッドレコード『夢のアルバム』(1988年)の近田春夫による全曲ライナーノーツの記述を参照。
  3. ^ JASRACの公式サイト内の「作品データベース検索サービス」の記述を参照。なお藤木はJASRACに信託してはいない。

外部リンク