「海老煎餅」の版間の差分
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この地域で獲れながらも食用の需要が無く、一部は乾燥加工され[[清]](現・[[中華人民共和国]])に「カジエビ」という名で輸出されていた「[[サルエビ|アカシャエビ]]」・「アカシエビ」と呼称されるエビを使い、[[蒲鉾]]等の[[魚肉練り製品|練り物]]製造を営んでいた通称「かまぼこ文吉」が[[明治時代]]中期([[明治27年]]頃や[[明治30年]]頃といわれる)に考案・製造し、その後に[[伊勢国|伊勢]][[富田 (四日市市)|富田]]より往来した通称「ひげ貞」により多量のエビを処理する[[技法]]が編み出された事によって海老煎餅が安価で大量に[[製造]]できるようになったとされる<ref name="suisan"/><ref name="shinkin"/><ref name="fudou"/><ref name="rekishi">[http://web.archive.org/web/20081225141040/http://www.1ebi.jp/history/ 一色のえびせんべいの歴史] 一色町商工会(2008年12月25日時点の[[インターネットアーカイブ|アーカイブ]])</ref>。また、製菓会社『[[坂角総本舗]]』の創業者である坂角次郎が、江戸時代初期から尾張に伝わる「えびはんぺん」を1889年に加工して作成したとも言われている<ref>{{cite news|url= http://www.yomiuri.co.jp/chubu/feature/CO016551/20150929-OYTAT50013.html|title=えびせんべい|publisher=中部発 読売新聞(YOMIURI ONLINE)|date=2015-09-29|accessdate=2017-07-02}}</ref>。 |
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* [http://web.archive.org/web/20070217193827/http://www.town.isshiki.lg.jp/ebisenbei/ 一色町公式サイト「えびせんべい物語」] - 閉鎖。(2007年2月17日時点の[[インターネットアーカイブ|アーカイブ]]) |
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2017年9月4日 (月) 23:14時点における版
海老煎餅(えびせんべい)は、エビと澱粉を材料とする和菓子である。
概略
米を原料とする一般的な煎餅と異なり、ジャガイモなどから作られる澱粉とエビを材料として用いて製造された菓子の総称である。エビを「そのまま」「乾燥させる」「身を磨り潰したもの」と澱粉を混ぜて焼くか油で揚げたものである。エビと米を使ったものは「エビおかき」、「エビかき餅」などと称される。
生産
愛知県が生産量日本一[1]・日本国内シェア約95%[2]となっており、三河地方と知多地方が主な生産地で、その中でも西尾市一色地区が全国シェアの約60%を生産している[3]。
現在では、原材料の海老について多くを輸入に頼っている。
歴史
この地域で獲れながらも食用の需要が無く、一部は乾燥加工され清(現・中華人民共和国)に「カジエビ」という名で輸出されていた「アカシャエビ」・「アカシエビ」と呼称されるエビを使い、蒲鉾等の練り物製造を営んでいた通称「かまぼこ文吉」が明治時代中期(明治27年頃や明治30年頃といわれる)に考案・製造し、その後に伊勢富田より往来した通称「ひげ貞」により多量のエビを処理する技法が編み出された事によって海老煎餅が安価で大量に製造できるようになったとされる[1][2][3][4]。また、製菓会社『坂角総本舗』の創業者である坂角次郎が、江戸時代初期から尾張に伝わる「えびはんぺん」を1889年に加工して作成したとも言われている[5]。
種類
- 海老満月 - 乾燥エビをそのままの姿で使用。海草をあしらい一つの世界を作る。丸に成形されることから海老満月と称する。
- ゆかり - エビを殻のまま磨り潰して使用。エビの含有量が一般的なものより多く濃厚な味が特徴。
- えびみりん揚げ - 一般的な塩味ではなく、みりんをまぶして揚げたもの。
- いかぶつ - エビではなくイカを材料にしたもの。
- アーモンド揚げ - 中央にアーモンドを縦半分にスライスしたものを乗せ揚げたもの。
- その他 - 梅味、わさび味、カレー味など多数。
脚注
関連項目
外部リンク
- 一色町公式サイト「えびせんべい物語」 - 閉鎖。(2007年2月17日時点のアーカイブ)