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[[1983年]]、[[芥川龍之介賞|芥川賞]][[作家]]である[[高橋三千綱]]が原作・監督した『[[真夜中のボクサー]]』の主演に選ばれたが、セリフの扱いで歩調が合わず降板させられる(代役は[[田中健 (俳優)|田中健]]が務めた)。
[[1983年]]、[[芥川龍之介賞|芥川賞]][[作家]]である[[高橋三千綱]]が原作・監督した『[[真夜中のボクサー]]』の主演に選ばれたが、セリフの扱いで歩調が合わず降板させられる(代役は[[田中健 (俳優)|田中健]]が務めた)。


[[1987年]][[4月7日]]、[[北海道]][[富良野市]]にある[[脚本家]]・[[倉本聰]]の自宅前で刃渡り約5センチのナイフを自分の脇腹に刺し[[割腹自殺]]を図るが、倉本本人によって発見され未遂に終わる。
[[1987年]][[4月7日]]、[[北海道]][[富良野市]]にある[[脚本家]]・[[倉本聰]]の自宅前でナイフを自分の脇腹に刺し[[割腹自殺]]を図るが、倉本本人によって発見され未遂に終わる。


[[1988年]][[1月9日]]、[[松竹]]本社ビル1階にある映画館「松竹セントラル」に[[トヨタ・センチュリー]]で突入、ガラス扉など5枚を破壊した。その理由については「自分のような有望な俳優を使わない日本の駄目な映画界に一石を投じる為、もっと若い元気ある役者を使おう、というキャンペーンで突っ込んだ」と、自著やインタビューで述べている。
[[1988年]][[1月9日]]、[[松竹]]本社ビル1階にある映画館「松竹セントラル」に[[トヨタ・センチュリー]]で突入、ガラス扉など5枚を破壊した。その理由については「自分のような有望な俳優を使わない日本の駄目な映画界に一石を投じる為、もっと若い元気ある役者を使おう、というキャンペーンで突っ込んだ」と、自著やインタビューで述べている。

2017年11月26日 (日) 23:41時点における版

人物

1983年芥川賞作家である高橋三千綱が原作・監督した『真夜中のボクサー』の主演に選ばれたが、セリフの扱いで歩調が合わず降板させられる(代役は田中健が務めた)。

1987年4月7日北海道富良野市にある脚本家倉本聰の自宅前でナイフを自分の脇腹に刺し割腹自殺を図るが、倉本本人によって発見され未遂に終わる。

1988年1月9日松竹本社ビル1階にある映画館「松竹セントラル」にトヨタ・センチュリーで突入、ガラス扉など5枚を破壊した。その理由については「自分のような有望な俳優を使わない日本の駄目な映画界に一石を投じる為、もっと若い元気ある役者を使おう、というキャンペーンで突っ込んだ」と、自著やインタビューで述べている。

その他に黒澤明が監督を務めた映画『影武者』のオーディション『オレたちひょうきん族』に端役で出演した際に安岡力也と一触即発の映画やVシネマを中心に出演。

2004年に公開された『IZO』では、20年ぶりに主役を務め、江戸時代の有名な殺し屋・岡田以蔵を演じた。

出演

映画

テレビドラマ

オリジナルビデオ

  • セーラー服 愛人(ラマン)(1993年)
  • 銀玉命!銀次郎(1993年)
  • NINE-ONE くノ一妖獣伝説(1995年)
  • 重役秘書(1997年)
  • ブラッド・トゥ・イーグル(1999年)
  • 鬼哭 KIKOKU(2003年)
  • 実録 広島極道抗争 佐々木哲夫の生涯(2006年)
  • 実録 新選組(2006年) - 岡田以蔵 役

書籍

  • 刺されたいのか 主役はこの俺だ!(1984年12月、永岡書店)
  • 人間コク宝(吉田豪・著、2004年、コアマガジン) - インタビュー収録
  • シロ 腹切り役者は何度でもよみがえる(2010年11月、幻冬舎)

外部リンク