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チームメートのクリフ・ハリスとの[[タンデム]]は同時代屈指のコンビとして相手チームに恐れられた。オールプロに2回(1977年、1978年)、[[プロボウル]]に3回(1976年、1977年、1978年)選ばれた<ref name="charlie">{{cite web|url=http://cliffandcharlie.com/about/charlie.html |title=Charlie Waters |publisher=Cliff HARRIS & Charlie WATERS |accessdate=2012-11-11 }}</ref>。
チームメートのクリフ・ハリスとの[[タンデム]]は同時代屈指のコンビとして相手チームに恐れられた。オールプロに2回(1977年、1978年)、[[プロボウル]]に3回(1976年、1977年、1978年)選ばれた<ref name="charlie">{{cite web|url=http://cliffandcharlie.com/about/charlie.html |title=Charlie Waters |publisher=Cliff HARRIS & Charlie WATERS |accessdate=2012-11-11 }}</ref>。


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[[1977年のNFL|1977年]]のディビジョナルプレーオフ、[[シカゴ・ベアーズ]]戦では3インターセプトをあげた。[[NFCチャンピオンシップゲーム]]でのラムズ戦では2インターセプト、1ファンブルリカバーをあげて28-0の勝利に貢献した<ref name="numbers"/>。

2019年10月30日 (水) 12:23時点における版

チャーリー・ウォーターズ
Charlie Waters
refer to caption
ファンにサインするウォーターズ(2014年)
基本情報
ポジション セイフティ
コーナーバック
生年月日 (1948-09-10) 1948年9月10日(75歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国フロリダ州マイアミ
身長: 6' 1" =約185.4cm
体重: 193 lb =約87.5kg
経歴
大学 クレムゾン大学
NFLドラフト 1970年 - 3巡目全体66位
初出場年 1970年
初出場チーム ダラス・カウボーイズ
所属歴

受賞歴・記録

NFL 通算成績
インターセプト 41回
タッチダウン 2回
セイフティ 1回
Player stats at NFL.com
Player stats at PFR

チャーリー・ウォーターズCharlie Waters1948年9月10日 - )はフロリダ州マイアミ出身のアメリカンフットボール選手。NFLダラス・カウボーイズで1970年から1981年までプレーした。ポジションはセイフティコーナーバック

経歴

プロ入りまで

高校時代はクォーターバックを務めた[1]クレムゾン大学に進学した彼は3年次の1968年に先発QB争いを行い、相手選手が練習でひざを故障したことから勝利した。開幕からチームは0勝3敗1分の成績となり、ライバルが故障から復帰するとQBからスプリットエンドにコンバートされた。

4年次の1969年にはワイドレシーバーとして68回のレシーブで1,196ヤードを獲得、4タッチダウンをあげて、アトランティック・コースト・カンファレンスのオールチームに選ばれた。1981年にクレムゾン大学の殿堂入りを果たした[2]

ダラス・カウボーイズ

1970年のNFLドラフト3巡でダラス・カウボーイズに指名された。プロ入り後、ディフェンシブバックにコンバートされた彼は1年目の1970年をフリーセイフティクリフ・ハリスの控えとなった。ハリスが兵役のため欠場したことから6試合に先発出場、5インターセプトをあげてNFLオールルーキーチームに選ばれた[2]。この年チームは第5回スーパーボウルに出場したが敗れた。

2年目の1971年、コーナーバックにコンバートされた。スピードがそれほどなかった彼は、ワシントン・レッドスキンズチャーリー・テイラーなどにやられまくり、トム・ランドリーヘッドコーチにお前のせいで負けたと言われたこともある。1975年シーズン前にコーネル・グリーンが引退するとストロングセイフティにコンバートされて、この年3インターセプト、1タッチダウンをあげた。チームは第10回スーパーボウルに出場したがピッツバーグ・スティーラーズに敗れた。

チームメートのクリフ・ハリスとのタンデムは同時代屈指のコンビとして相手チームに恐れられた。オールプロに2回(1977年、1978年)、プロボウルに3回(1976年、1977年、1978年)選ばれた[2]

この年のセントルイス・ラムズとのプレーオフでは1インターセプト及びパントブロックを2回決めた[2][3]

1977年のディビジョナルプレーオフ、シカゴ・ベアーズ戦では3インターセプトをあげた。NFCチャンピオンシップゲームでのラムズ戦では2インターセプト、1ファンブルリカバーをあげて28-0の勝利に貢献した[3]

1979年は怪我のため全休したが[3]1980年に復帰すると5インターセプトをあげた。。1981年も3インターセプトをあげて、NFCチャンピオンシップゲームサンフランシスコ・フォーティナイナーズに敗れた試合を最後に現役を引退した。フォーティナイナーズが28-27で勝利したドワイト・クラークのザ・キャッチと呼ばれるプレーで彼はタイトエンドをマークしていた[1]

キャリアでカウボーイズ歴代3位となる41インターセプトをあげている。またプレーオフ25試合に出場し、NFLタイ記録となる9インターセプトをあげている[3]

連続した2試合でパントブロックを4回成功したことがある[2]。プレースキックではホールダーを務めた。

スーパーボウルには第5回第6回第10回第12回第13回と出場し、第6回と第12回の2度優勝している[1]

カウボーイズのシルバーアニバーサリーチームに選ばれている[2]

現役引退後

現役引退後はCBSスポーツの解説者となり、その後デンバー・ブロンコスのアシスタントコーチを7シーズン務め、1989年には第24回スーパーボウルに出場、1993年1994年にはウェイド・フィリップスヘッドコーチの下でディフェンスコーディネーターを務めた[2][4]。1995年にはオレゴン大学のディフェンスコーチを務め、チームはコットンボウルに出場した[2]

2001年にプロフットボール殿堂候補にノミネートされた[2]

2006年にベイブ・ローフェンバーグに代わって、カウボーイズ・ラジオネットワークのラジオ解説者に起用された[5]。2007年2月、多忙を理由に1シーズンで解説者を辞任することを発表した。

脚注

  1. ^ a b c Steve Wiseman (2008年6月22日). “Waters' life full of twists”. thestate.com. 2012年11月11日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i Charlie Waters”. Cliff HARRIS & Charlie WATERS. 2012年11月11日閲覧。
  3. ^ a b c d Matt Cordon. “Greatest Cowboys By Their Jersey Numbers: #41”. knowyourdallascowboys.com. 2012年11月11日閲覧。
  4. ^ Brian Shrout (2012年10月31日). “On This Day in Broncos History: Halloween”. milehighreport.com. 2012年11月11日閲覧。
  5. ^ Charlie Waters Joins Dallas Cowboys Network”. allaccess.com (2006年5月4日). 2012年11月11日閲覧。

関連項目

外部リンク