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2020年1月25日 (土) 05:14時点における版

全国不登校新聞社
設立 1998年2月。
設立者 奥地圭子
法人番号 6011505001229 ウィキデータを編集
法的地位 NPO法人
目的 『不登校新聞』の発行。子ども・若者についての講演会や当事者の交流会の開催など。
本部 日本の旗 日本 東京都文京区水道2丁目13-12-302 
公用語 日本語
重要人物 奥地圭子(代表理事・東京シューレ代表)、多田元(代表理事・弁護士)、石井志昂(理事・編集長)
機関紙 不登校新聞『Fonte』
関連組織 東京シューレ、フリースクール全国ネットワーク、登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク
職員数
理事8名
ウェブサイト 全国不登校新聞社 (NPO法人)公式サイト
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全国不登校新聞社(ぜんこくふとうこうしんぶんしゃ)とは、不登校の専門紙『不登校新聞』を発行しているNPO法人である。1998年設立。

概要

日本で唯一の不登校の新聞である『不登校新聞』を発行している[1]

「当事者の声に寄り添う」を原則に1100名を超える不登校・ひきこもり当事者経験者の声を掲載した。

2013年8月よりweb版不登校新聞としてオンラインマガジンも創刊。

創刊以来、『当事者視点』を編集方針とし、不登校、ひきこもり経験者による『子ども若者編集部』を創設。

経験者、当事者らによる企画立案、取材、執筆等も行なっている[2]

2017年4月に子ども若者編集部のメンバーは100名を超えた。

沿革

  • 1998年 団体設立、『不登校新聞』創刊[3]
  • 2004年 発行新聞名を『不登校新聞』から『Fonte』へ変更
  • 2012年 部数減による「休刊危機」を訴える
  • 2012年 部数の回復により「休刊危機」を撤回
  • 2013年 全国10か所で不登校・ひきこもりの講演会を実施
  • 2013年 オンラインマガジン『不登校新聞』創刊
  • 2015年 「9月1日の子ども自殺」について文科省で記者会見を行なう。
  • 2016年 媒体名を『Fonte』から『不登校新聞』に変更

創刊理由

1997年8月31日、2学期から学校に行くのをためらったと思われる子どもが焼身自殺。同時期に別の子が「学校が燃えれば学校に行かなくてすむと思った」という理由で学校を放火したという事件を受け、「学校に行くか死ぬかしかないという状況を変えたい」と願った市民らが1998年に「不登校新聞」を創刊した。(HPより引用)

論説委員

青木悦安積遊歩安住磨奈内田良子大田堯小沢牧子喜多明人辛淑玉芹沢俊介高岡健津田玄児浜田寿美男山下英三郎、落合恵子、熊沢誠、羽仁未央、ひろさちや、本多勝一若林実[4]

関連書籍

  • 不登校新聞社編『この人が語る「不登校」』講談社、2002年1月18日。ISBN 978-4062110839 

インタビュー:羽仁未央大平光代、安住磨奈、辛淑玉、谷川俊太郎渡辺位岡本敏子五味太郎山口由美子椎名誠落合恵子吉本隆明立川志の輔森毅大槻ケンヂひろさちや高木仁三郎、大田堯。

以下の二作は、不登校新聞社の社員が編集を携わっている。

脚注

外部リンク