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{{仮リンク|2015年スリランカ大統領選挙|en|Sri Lankan presidential election, 2015|label=2015年の大統領選挙}}においては、与党[[スリランカ自由党]] (SLFP) を離脱した[[マイトリーパーラ・シリセーナ]]を野党統一候補として支持、シリセーナの当選により3期目となる首相就任を果たした。 |
{{仮リンク|2015年スリランカ大統領選挙|en|Sri Lankan presidential election, 2015|label=2015年の大統領選挙}}においては、与党[[スリランカ自由党]] (SLFP) を離脱した[[マイトリーパーラ・シリセーナ]]を野党統一候補として支持、シリセーナの当選により3期目となる首相就任を果たした。 |
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しかし、UNP/SLFPの大連立政権となったシリセーナ政権においては、大統領と首相ならびに政党間の対立が続き<ref>{{Cite journal |和書|url=https://doi.org/10.24765/asiadoukou.2018.0_539|title=2017年のスリランカ 政治的空転に忍びよる危機|journal=アジア動向年報|publisher=日本貿易振興機構 アジア経済研究所|author=荒井悦代|date=2018|volume =2018| |
しかし、UNP/SLFPの大連立政権となったシリセーナ政権においては、大統領と首相ならびに政党間の対立が続き<ref>{{Cite journal |和書|url=https://doi.org/10.24765/asiadoukou.2018.0_539|title=2017年のスリランカ 政治的空転に忍びよる危機|journal=アジア動向年報|publisher=日本貿易振興機構 アジア経済研究所|author=荒井悦代|date=2018|volume =2018|pages=539-562|accessdate=2019-11-20}}</ref>、2018年4月には不信任決議案を出されている(賛成76、反対122で否決)<ref>{{Cite news|url=https://www.aljazeera.com/news/2018/04/sri-lanka-pm-ranil-wickremesinghe-survives-confidence-motion-180404173714092.html|title=Sri Lanka PM Ranil Wickremesinghe survives no-confidence motion|work=Al Jazeera English|agency=[[アルジャジーラ]]|date=2018-04-05|accessdate=2018-04-05}}</ref>。さらに10月には大統領により突如首相を解任され、後任に前大統領[[マヒンダ・ラージャパクサ]]が任命される政治危機が発生した。ウィクラマシンハはこの解任を違憲として認めず法廷で争い、12月には首相再任を果たした<ref>{{Cite journal|和書|url=https://doi.org/10.24765/asiadoukou.2019.0_541|title=2018年のスリランカ 大統領による前代未聞の政変|journal=アジア動向年報|publisher=日本貿易振興機構 アジア経済研究所|author=荒井悦代|doi=10.24765/asiadoukou.2019.0_541|date=2019 |volume=2019 |pages=541-564|accessdate=2019-11-18}}</ref>。 |
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翌{{仮リンク|2019年スリランカ大統領選挙|en|2019 Sri Lankan presidential election|label=2019年11月の大統領選挙}}においては、シリセーナが出馬を見送ったためUNP副党首の{{仮リンク|サジート・プレマダーサ|en|Sajith Premadasa}}を擁立するもマヒンダの弟の[[ゴーターバヤ・ラージャパクサ]]に敗北。11月21日に首相を退任した。 |
翌{{仮リンク|2019年スリランカ大統領選挙|en|2019 Sri Lankan presidential election|label=2019年11月の大統領選挙}}においては、シリセーナが出馬を見送ったためUNP副党首の{{仮リンク|サジート・プレマダーサ|en|Sajith Premadasa}}を擁立するもマヒンダの弟の[[ゴーターバヤ・ラージャパクサ]]に敗北。11月21日に首相を退任した。 |
2020年1月25日 (土) 15:18時点における版
ラニル・ウィクラマシンハ රනිල් වික්රමසිංහ ரணில் விக்ரமசிங்க Ranil Wickremesinghe | |
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![]() ラニル・ウィクラマシンハ(2014年11月) | |
生年月日 | 1949年3月24日(75歳) |
出生地 |
![]() |
出身校 |
ロイヤル・カレッジ・コロンボ コロンボ大学 |
前職 | 弁護士 |
所属政党 | 統一国民党 (UNP) |
配偶者 | マイトリー・ウィクラマシンハ |
![]() | |
在任期間 | 1993年5月7日 - 1994年8月19日 |
大統領 | ディンギリ・バンダー・ウィジェートゥンガ |
在任期間 | 2001年12月9日 - 2004年4月6日 |
大統領 | チャンドリカ・クマーラトゥンガ |
在任期間 | 2015年1月9日 - 2019年11月21日[注記 1] |
大統領 | マイトリーパーラ・シリセーナ |
ラニル・ウィクラマシンハ(シンハラ語: රනිල් වික්රමසිංහ, タミル語: ரணில் விக்ரமசிங்க, 英語: Ranil Wickremesinghe, 1949年3月24日 - )は、スリランカの政治家。同国首相を3期(在任: 1993年 - 1994年、2001年 - 2004年、2015年 - 2019年)務め、同国の二大政党の一つ統一国民党 (UNP) の党首(在任: 1994年11月 - )である。
経歴
1977年の議会総選挙で初当選。1993年5月のラナシンハ・プレマダーサ大統領の暗殺に伴う、首相ディンギリ・バンダー・ウィジェートゥンガの大統領昇格により、初めて首相就任を果たす。2001年の総選挙では、自身の率いるUNPの勝利により、チャンドリカ・クマーラトゥンガ大統領の下で2期目となる首相に就任する。2005年には大統領選挙に出馬、48.43%の得票率を集めるも、同じく元首相のマヒンダ・ラージャパクサに僅差で敗北した。
3期目の首相
2015年の大統領選挙においては、与党スリランカ自由党 (SLFP) を離脱したマイトリーパーラ・シリセーナを野党統一候補として支持、シリセーナの当選により3期目となる首相就任を果たした。
しかし、UNP/SLFPの大連立政権となったシリセーナ政権においては、大統領と首相ならびに政党間の対立が続き[1]、2018年4月には不信任決議案を出されている(賛成76、反対122で否決)[2]。さらに10月には大統領により突如首相を解任され、後任に前大統領マヒンダ・ラージャパクサが任命される政治危機が発生した。ウィクラマシンハはこの解任を違憲として認めず法廷で争い、12月には首相再任を果たした[3]。
翌2019年11月の大統領選挙においては、シリセーナが出馬を見送ったためUNP副党首のサジート・プレマダーサを擁立するもマヒンダの弟のゴーターバヤ・ラージャパクサに敗北。11月21日に首相を退任した。
脚注
- ^ 荒井悦代「2017年のスリランカ 政治的空転に忍びよる危機」『アジア動向年報』第2018巻、日本貿易振興機構 アジア経済研究所、2018年、539-562頁、2019年11月20日閲覧。
- ^ “Sri Lanka PM Ranil Wickremesinghe survives no-confidence motion”. Al Jazeera English. アルジャジーラ. (2018年4月5日) 2018年4月5日閲覧。
- ^ 荒井悦代「2018年のスリランカ 大統領による前代未聞の政変」『アジア動向年報』第2019巻、日本貿易振興機構 アジア経済研究所、2019年、541-564頁、doi:10.24765/asiadoukou.2019.0_541、2019年11月18日閲覧。
注記
- ^ 2018年10月26日 - 12月16日にかけては首相留任を巡り対立。