「山門敬弘」の版間の差分
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2020年5月20日 (水) 11:02時点における版
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山門敬弘 | |
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誕生 | 1972年 |
死没 | 2009年7月20日 |
職業 | ライトノベル作家 |
代表作 | 風の聖痕 |
主な受賞歴 | 第13回ファンタジア長編小説大賞準入選 |
ウィキポータル 文学 |
山門敬弘(やまと たかひろ、1972年 - 2009年7月20日)は日本のライトノベル作家。
経歴
2001年に第13回ファンタジア長編小説大賞で『風の聖痕』(応募時タイトルは『風に祈りを』)が準入選作となり、2002年1月より富士見ファンタジア文庫から同作がシリーズ作品として刊行、2007年にはアニメ化などのメディアミックス展開が行われた。しかし、2007年には自身が白血病との闘病中であることを明かし[1]、一時は退院したことを発表するなど[2]、経過を『風の聖痕』のあとがきに記していたが、その後、同作が未完のまま2009年7月20日に病没した[3][4]。享年37[5]。
なお、死因については病死であるとしか公表されておらず[4]、生前に公表していた闘病生活との関連性は明らかにされていない。いつごろから病を患っていたのかは定かではないが、『風の聖痕』2巻のあとがきでは「大幅に締め切りを破ってしまった」「一文をこねくり回して一日を終える」「三巻はいつごろになるかはわからない」と書かれている。以後も五ヶ月以上の月日を得て続巻が出されており、あとがきには自分が遅筆作家であることをたびたび述べている。「煉君の受難」のあとがきにて病気療養中であることを明かし、「昨年は殆ど入院しっぱなし」「あとがきを書いている今も入院している」「骨髄バンクにドナー登録なんかしていただけると喜びのあまりに執筆速度が上がったりするかも」と述べている。なお、同巻では療養中の身であるため「アニメ製作にはまったく関わっていない」とも述べていた。
自分の死期を予感させるような文章を載せており「またお会いできることを(かなり切実に)祈って」「アニメは確実に完結する」と書かれている。その後もあとがきには同様の文章が記載されている。
描写
文体は三人称形式。俗に言う「神視点」「多元視点」で地の文が書かれる。基本的に主人公側の心理を混ぜた描写が多いが、その場にいる敵の思惑なども同様に描かれることが多い。
作風
復讐や逆恨みなどを題材にしたものが多く、人の死に触れるシリアスな場面が非常に多い。俗にいうハーレムやパンチラ等の性描写は殆どなく、たまにコメディパートがあるくらいでほぼ一貫して硬派な作風である。戦闘シーンの描写には力が入れられており、肉弾戦や中国武術などがたびたび登場する。
作品
- 『風の聖痕』シリーズ(富士見ファンタジア文庫・富士見書房刊)
脚注
- ^ 山門敬弘『煉くんの受難 - 風の聖痕 Ignition 3』富士見書房〈富士見ファンタジア文庫〉、2007年3月。ISBN 978-4829119082。
- ^ 山門敬弘『幸せなイチニチ - 風の聖痕 Ignition 5』富士見書房〈富士見ファンタジア文庫〉、2007年12月。ISBN 978-4829119846。
- ^ "作家・山門敬弘氏 訃報" (Press release). 富士見書房. 19 August 2009. 2011年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年9月21日閲覧。
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は無視されます。 (説明) - ^ a b “ライトノベル作家の山門敬弘氏が死去 「風の聖痕(スティグマ)」作者”. J-CASTニュース (ジェイ・キャスト). (2009年8月20日) 2009年9月21日閲覧。
- ^ ドラゴンマガジン2009年11月号・ひかわ玲子のコメントより