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2020年6月18日 (木) 11:43時点における最新版
小原 元(おはら げん、1919年(大正8年)2月1日 - 1975年(昭和50年)4月30日)は、日本の文芸評論家、国文学者。元法政大学教授。
略歴・人物
[編集]1919年(大正8年)2月1日、朝鮮に生まれる。法政大学を卒業する。
戦後一時期は新日本文学会の事務局に勤めていた。その後、リアリズム研究会の結成に参画する。
1962年(昭和37年)に法政大学教授に就任する。小林多喜二、中野重治、宮本百合子らのプロレタリア文学の研究を中心に、森鷗外や樋口一葉らの明治期の文学も研究する。
1975年(昭和50年)4月30日に死去、56歳。
著書など
[編集]単著
[編集]分担執筆
[編集]- 「好色一代女」 『古典発掘』(真善美社、1947)
- 「小林秀雄氏へ」 『公開状 : 若き世代の立場から』(真善美社、1947)
- 「小林多喜二論」 『プロレタリア文学再検討』 (雄山閣、1948)
- 「プロレタリア文学運動」 『昭和文学十二講』(改造社、1950)
- 「初期作品に於けるヒューマニズム」 『宮本百合子研究』(春潮社、1952)
- 「初期改作過程に示唆されるもの」 『年刊多喜二・百合子研究』 (河出書房、1954)
- 「江戸文藝と女性」 『日本の女性文化』(クレス出版、2008)
編集
[編集]- 『樋口一葉集―校註』(三笠書房、1954)
- 『青春群像』(真善美社、1948)
参考文献
[編集]- 『日本人名大辞典』(講談社)
- 「日本文學誌要」第23号(法政大学国文学会、1980年2月):小原の追悼の記事や年譜が掲載されている。