「勤労の義務」の版間の差分
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この規定について[[法学者]]で[[憲法]]を専攻している[[宮沢俊義]]は「[[日本国憲法]]の場合は[[ソビエト連邦|ソ連]]やその諸国のような[[社会主義]]体制をとるものではないからそれらの国々が定める勤労の義務の性質とはおのずと違うであろうが、全ての国民は働いて生活をすることを原則とすることにおいてはそれらの諸国と同じである。」「ただ、[[私的所有権|私有財産]]制を認め([[日本国憲法第29条]])、かつ[[職業選択の自由]]を認めている([[日本国憲法第22条]])。よって[[不労所得]]生活も十分可能となる。しかし、憲法の精神からいえば、生活するために勤労する必要がない人も、勤労に従事し、それによって得られる所得を社会国家<ref>[[wikt:社会国家]]</ref>的施策のために提供するという心構えは当然に要請されるであろう。」としている<ref>{{Harvnb|八木秀次|2003|pp=221-222}}</ref>。実際、[[7月30日]][[第90回帝国議会]][[衆議院]]第5回[[帝国憲法改正小委員会]]<ref>出席委員は委員長は[[芦田均]]。委員は[[江藤夏雄]]、[[吉田安]]、鈴木義男、森戸辰男、[[林平馬]]、[[大島多藏]]、[[笠井重治]]、[[北昤吉]]、[[高橋泰雄]]、[[原夫次郎]]、[[西尾末広|西尾末廣]]。[[国務大臣]]は[[木村篤太郎]]([[法務大臣|司法大臣]])、[[金森徳次郎]](国務大臣)。政府出席委員は[[佐藤達夫 (法制官僚)|佐藤達夫]]([[法制局]]次長)</ref>にて日本社会党の[[鈴木義男]]は「勤労ノ義務ハ[[道徳]]的義務トシテ置ク外ナイ」と説明している<ref>[http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/s210730-s05.htm 日本国憲法制定時の関係会議録(衆議院)小委員会 昭和21年7月30日 第5回] 2017年5月23日現在、衆議院憲法審査会 </ref>。 |
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以上の経緯から、憲法の規定では、[[勤労権|労働権]]の保障と対応して、一種の「[[精神]]的規定」にとどまっている。また、そう解さざるを得ない。 |
以上の経緯から、憲法の規定では、[[勤労権|労働権]]の保障と対応して、一種の「[[精神]]的規定」にとどまっている。また、そう解さざるを得ない。 |
2020年8月2日 (日) 21:57時点における版
勤労の義務(きんろうのぎむ)または労働の義務(ろうどうのぎむ)とは、憲法典に定められた労働に関する義務規定である。
概要
社会主義国だけでなく資本主義国の憲法典にも存在する場合がある義務規定である。しかし社会主義国と資本主義国の規定の意味は違いがある。資本主義社会では、労働は倫理的性格の活動ではなく、労働者の生存を維持するためにやむをえなく行われる苦痛に満ちたものである[1]。ヨーロッパに属する諸国では、16世紀における宗教改革の影響があり、「労働は神聖なもの」「働くことは神のご意志」とされていて、労働しない者は神や国家に反逆するもの(国家反逆)とされていた[2]。社会主義国からはソビエト社会主義共和国連邦のスターリン憲法、朝鮮民主主義人民共和国の朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法を、資本主義国からはヴァイマル共和政時代のドイツのドイツ国憲法(通称ヴァイマル憲法、ワイマール憲法。独:Die Verfassung des Deutschen Reichs)と日本国の現行憲法、日本国憲法を取り上げる。
社会主義国の憲法の例
ソビエト社会主義共和国連邦憲法
1936年制定のソビエト社会主義共和国連邦憲法、通称スターリン憲法の第12条に義務規定が定められている[3]。
朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法
朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法では、労働は富の財源との意味合いから「神聖な義務」として規定されている。この義務は強制労働を意味するものではない[4]。
第83条 労働は、公民の神聖な義務であり、栄誉である。(以下略)[4]
資本主義国の憲法の例
ヴァイマル憲法
1919年制定のドイツのヴァイマル憲法(ワイマール憲法とも表記される)では第163条第1項に倫理的義務として規定されている。倫理的義務としたのはヴァイマル共和国での労働があたかも社会主義的労働であるかのような一種のデマを一般化すること、一定のイデオロギー的必要に基づくもので、ストライキおよびストライキをする労働者に対する批難の宣言であった[1]。
日本国憲法
日本国憲法においては日本国憲法第27条第1項に勤労の権利と並んで置かれた義務規定であり、教育・納税と並ぶ日本国民の三大義務とされているものである。なお、日本国憲法の改正前の憲法、いわゆる大日本帝国憲法(明治憲法)にはこの規定はない。 この規定の由来については諸説ある。
報徳思想説
元農林大臣の石黒忠篤や代議士の竹山祐太郎が、二宮尊徳の「報徳思想」の精神に則って、日本国民が自らの勤労の力で太平洋戦争で荒廃した祖国を再建させてゆこうという発想から提案されたものだと言われている[5]。
日本社会党修正説
1946年(昭和21年)6月20日からの帝国議会の修正審議において、当時の日本社会党が高野岩三郎(戦後初代NHK会長)ら[6]の憲法研究会の憲法草案要綱を参考に提案してこの義務が追加された。その憲法草案はGHQ民政局の憲法草案起草スタッフにも注目されるものであった。この草案中に「国民ハ労働ノ義務ヲ有ス(原文)[7]」との条文がある。憲法研究会の中心メンバーにはマルクス主義をとる憲法学者、鈴木安蔵がいて、法学者の八木秀次(「新しい歴史教科書をつくる会」元会員・第3代会長)によるとこの憲法草案を作成するにあたって1936年制定のスターリン憲法(ソビエト社会主義共和国連邦憲法)を参照したのではないかとしている[8]。政府案と日本社会党の修正提案、現行憲法条文は次の通りである[9][10]。
- 政府案
すべての国民は、勤労の権利を有する。
- 日本社会党修正提案
すべて健全なる国民は労働の権利と労働の義務を有する。
- 日本国憲法第27条
すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
解釈と意見
この規定について法学者で憲法を専攻している宮沢俊義は「日本国憲法の場合はソ連やその諸国のような社会主義体制をとるものではないからそれらの国々が定める勤労の義務の性質とはおのずと違うであろうが、全ての国民は働いて生活をすることを原則とすることにおいてはそれらの諸国と同じである。」「ただ、私有財産制を認め(日本国憲法第29条)、かつ職業選択の自由を認めている(日本国憲法第22条)。よって不労所得生活も十分可能となる。しかし、憲法の精神からいえば、生活するために勤労する必要がない人も、勤労に従事し、それによって得られる所得を社会国家[11]的施策のために提供するという心構えは当然に要請されるであろう。」としている[12]。実際、7月30日第90回帝国議会衆議院第5回帝国憲法改正小委員会[13]にて日本社会党の鈴木義男は「勤労ノ義務ハ道徳的義務トシテ置ク外ナイ」と説明している[14]。
以上の経緯から、憲法の規定では、労働権の保障と対応して、一種の「精神的規定」にとどまっている。また、そう解さざるを得ない。
もっとも、近年では勤労の義務は主に国家が国民に対して勤労の場を確保することができるよう義務付けているのではないかと見る向きが多くなった。その立場からすると、勤労の義務とは、労働の能力がある国民が失業状態にならないように国家が適切な施策を講じることを義務付けているものであるが、そもそも日本は社会主義国ではなく労働の機会のすべてを握っていないので、すべての失業者に適当な職業を紹介できない。よって職業安定法などで失業対策をする義務を負っている[要出典]。なお、職業安定法による失業対策自体は、雇用を生み出しているのではないため、不景気の際には雇用を生み出す施策を講じる事も求められる。 現実的に働いていない者の中から働きたくても働けない者を選別するのは簡単なものではない[15]ために、ベーシックインカムの議論も生まれている。
この規定は、立法によって国民へのあらゆる強制労働を許容するものではなく(日本国憲法第18条)、違反者に対する具体的な罰則を課するよう立法や行政に義務付ける性質のものでもない。また、不動産収入などの不労所得や金利生活者の存在を認めないものではない。ただ、宮沢俊義は「それを不労所得を生活の根拠にまで濫用することが許されるなら憲法の建前とする『社会国家の理念』は、空文に帰してしまう。」「ほかの人の生存権(日本国憲法第25条)を保障する目的のために、そのかぎりで私有財産制に対してなんらかの制限を加えることも、当然許されると見るべきであろう。」としていて、我が国の伝統精神である「勤勉の精神」ではないとしている。日本国憲法下の自由主義・資本主義体制でも解釈と運用の仕方によっては社会主義の理想は十分実現できると理解している[16]。
そもそも自由主義を掲げる国の憲法に「勤労の義務」を規定することはふさわしくないとの意見がある。「納税の義務(日本国憲法第30条)」を規定していれば「勤勉の精神」は十分確保できるものであるとしている[17]。
脚注
- ^ a b 東京大学社会科学研究所 1968, pp. 201–202
- ^ 精神障害のある人の人権 関東弁護士会連合会 明石書店 2002年 ISBN 9784750316215 p39-40
- ^ a b 八木秀次 2003, p. 169
- ^ a b 遠西昭 2003, p. 108-109
- ^ 日本農業研究所 1969
- ^ 憲法研究会のメンバー:高野岩三郎、馬場恒吾、杉森孝次郎、森戸辰男、室伏高信、鈴木安蔵ら
- ^ 憲法草案要綱 憲法研究会 国立国会図書館 2011年8月21日閲覧
- ^ 八木秀次 2003, pp. 167–169
- ^ 古関彰一 2009, p. 281
- ^ wikisource:ja:日本國憲法
- ^ wikt:社会国家
- ^ 八木秀次 2003, pp. 221–222
- ^ 出席委員は委員長は芦田均。委員は江藤夏雄、吉田安、鈴木義男、森戸辰男、林平馬、大島多藏、笠井重治、北昤吉、高橋泰雄、原夫次郎、西尾末廣。国務大臣は木村篤太郎(司法大臣)、金森徳次郎(国務大臣)。政府出席委員は佐藤達夫(法制局次長)
- ^ 日本国憲法制定時の関係会議録(衆議院)小委員会 昭和21年7月30日 第5回 2017年5月23日現在、衆議院憲法審査会
- ^ ベーシックインカム入門 山森亮 光文社 2009年 ISBN 9784334034924 p60
- ^ 八木秀次 2003, p. 222
- ^ 八木秀次 2003, p. 224
参考文献
- 日本農業研究所『石黒忠篤伝』岩波書店、1969年。 NCID BN01749647。
- 八木秀次『日本国憲法とは何か』PHP研究所、2003年。ISBN 9784569628394。
- 古関彰一『日本国憲法の誕生』岩波書店、2009年。ISBN 9784006002152。
- 遠西昭、保田剛(翻訳)『北朝鮮憲法を読む―知られざる隣国の法律』リイド社、2003年。ISBN 9784845823758。
- 東京大学社会科学研究所『基本的人権』 3巻、東京大学出版会、1968年。ISBN 4130310518。 NCID BN01186125。
- 精神障害のある人の人権 関東弁護士会連合会 明石書店 2002年 ISBN 9784750316215
- 憲法読本第3版 杉原泰雄 岩波書店 2004年 ISBN 9784005004713
- ベーシックインカム入門 山森亮 光文社 2009年 ISBN 9784334034924