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== 楽曲提供 ==
== 楽曲提供 ==
*[[湯川潮音]]『'''逆上がりの国'''』([[2004年]]、作詞:湯川潮音、作曲:'''山内総一郎''')
*[[湯川潮音]]『'''逆上がりの国'''』([[2004年]]、作詞:湯川潮音、作曲:'''山内総一郎''')
*[[中島愛 (声優)|中島愛]]『'''[[サタデー・ナイト・クエスチョン]]'''』([[2017年]]、作詞:加藤慎一、作曲:'''山内総一郎'''、編曲:フジファブリック)
*[[中島愛]]『'''[[サタデー・ナイト・クエスチョン]]'''』([[2017年]]、作詞:加藤慎一、作曲:'''山内総一郎'''、編曲:フジファブリック)
*[[花澤香菜]]『'''[[ココベース|マイ・ソング]]'''』([[2019年]]、作詞・作曲:'''山内総一郎'''、編曲:[[佐橋佳幸]])
*[[花澤香菜]]『'''[[ココベース|マイ・ソング]]'''』([[2019年]]、作詞・作曲:'''山内総一郎'''、編曲:[[佐橋佳幸]])
== 脚注 ==
== 脚注 ==

2021年4月4日 (日) 14:03時点における版

山内 総一郎
出生名 山内 総一郎
生誕 (1981-10-25) 1981年10月25日(42歳)
日本の旗 日本 大阪府茨木市
ジャンル J-POPロック
職業 ミュージシャン
シンガーソングライター
担当楽器 ボーカルギター
活動期間 2003年 -
レーベル 東芝EMI / EMI Music Japan
2004 - 2009年
SMAR2010年 - )
共同作業者 フジファブリック2003年 - )

山内 総一郎(やまうち そういちろう、1981年昭和56年〉10月25日 - )は、日本のミュージシャンシンガーソングライター

2003年よりロックバンド・フジファブリックでリードギターを担当し、2010年以降はメインボーカルも兼任する。妻は女優の平岩紙

来歴

  • 1981年大阪府茨木市生まれ。実家は歯科医院を経営している。
  • 小学5年~中学3年までサッカーに打ち込んでおり、選抜生として米国への短期留学も経験している。
  • 高校入学直前からギターを始める。高校在学中に組んでいたバンド「行待」ではTEENS' MUSIC FESTIVAL心斎橋CLUB QUATTROのステージに立つなどの実績もあった。[1]
  • 高校卒業後はスタジオミュージシャンとして活動。湯川トーベンのサポートミュージシャンを務めていた縁で、彼の娘である湯川潮音に楽曲を提供している。
  • 2003年よりフジファブリックにサポートメンバーとして参加、翌年正式加入。メジャーデビュー時のメンバーの中では最年少であった。
  • 2008年佐久間正英率いるバンド・unsuspected monogramに参加予定だったが、フジファブリックの活動が多忙となったため最終的に不参加となった。代わりに、かつて「行待」のバンドメイトだったベーシスト・砂山淳一を佐久間に紹介している。
  • 2009年、フジファブリックのボーカリスト志村正彦が死去。翌年発売された志村の遺作ともいえるアルバム『MUSIC』で2曲のメインボーカルを務めたのを機に、それ以降メインボーカルを兼任するようになる。
  • 2016年Fender社とエンドース契約を締結。シグネチャーモデルのギターも発売された。
  • 2020年元日、女優の平岩紙との結婚を発表。

人物

  • フジファブリックが3人体制になってからはメインコンポーザーとして最も多くの楽曲の作詞・作曲を行っており、8thアルバム『LIFE』では殆どの曲を単独で作詞・作曲している。
  • 身長178cm。B型
  • 2009年のライブ中、志村のアンプ[※ 1]に飛び乗って演奏しようとしたところ転倒し、アンプを故障させてしまったことがある(最終的にヒューズ交換のみで直った)。この時の様子は『FAB BOX』収録のドキュメンタリーDVDで見ることができる。
  • 好物はカルボナーラ。フジファブリック加入直後(本人曰く「右も左も分からなかった頃」)、金澤ダイスケにカルボナーラを振舞ってもらい、『こんなに美味しい物があるんだ』と感銘を受けた事がきっかけ。
  • 高校卒業後、桃山学院大学AO入試に挑戦し、会場にギターを持ち込んで実演しながら面接したところ合格。但し『大学は勉強する所や』との思いから入学は辞退している。

使用機材

ギター

トレードマークとも言えるギターの1つで、2016年までのライブ・PVの大半で使用している。『モノノケハカランダ』のイメージ元となったギターはこのギターである。
2009年のツアー「CHRONICLE Tour」及び『STAR』PVで使用。ボディがアクリル製の透明なものになっている。
2009年当時、山内は「CHRONICLE Tour」終了後の脱退を考えており(実際に加藤慎一に相談もしていた)、このギターを使用したのは「その為の意思表示」と後に語っている。
  • Fender Souichiro Yamauchi Stratocaster
自身のシグネチャーモデル。上記のStratocaster 1962をベースに、ネックを太くしたり電気系統をすべてUSA製のものに換装するなどの工夫が施されている。
  • Fender Stratocaster 40th Anniversary Model(Blue Metalic)
高校入学前に初めて入手したギター。一部のレコーディング・ライブで使用されたほか、『手紙』PVにも登場。
  • Fender Souichiro Yamauchi Telecaster “Maroon”
フジファブリックのメジャーデビュー15周年を記念して製作されたシグネチャーモデル。ボディー形状はテレキャスター・シンラインがベースだが、Fホールが上下2つある、ハムバッカー2基とビグスビーを搭載、ピックガードの形状など全体的にES-335を意識した作りとなっている。
3人体制以降、主にサブとして運用しているギター。『Water Lily Flower』『ゴールデンタイム』のPVにも登場している。
桜の季節』PVで使用。
2009年のライブ・ツアーにおいてメインとして使用。2010年のライブ「フジフジ富士Q」でも使用された。
ポラリス』PVで使用。
加入初期~2008年頃まで使用。現在はほとんど使用されない。
徒然モノクローム』PVで登場。2015年頃はライブでも使用していた。
主にレコーディングで使用。3人体制初期にはライブでもたまに使用していた。
ダブルネックギター。『蒼い鳥』『ペダル』等の演奏時に使用。
Surfer King』PVで使用。

アンプ

  • Fender Deluxe Reverb
  • Fender Twin-Amp '57
  • Two-Rock Custom Reverb Signature V3

楽曲提供

脚注

注釈

  1. ^ マッチレス・DC-30。当時日本に3台しか無かった限定モデルで、「新車が1台買える」と言われた程の値段だった。

出典

  1. ^ 『Young Mate Music Player』2011年11月号「DEAR MY PARTNERS」より

外部リンク