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2021年4月18日 (日) 11:16時点における版
近鉄パールクイズ(きんてつパールクイズ)は、1952年3月6日から1958年11月27日まで、新日本放送(NJB)→毎日放送(1958年6月より社名変更)で放送されていた、近畿日本鉄道(近鉄、現・近鉄グループホールディングス)一社提供によるラジオの聴取者参加型クイズ番組である。
概要
日本の民間放送における、正統派の知識クイズ番組の嚆矢(こうし)とされている。放送時間は毎週木曜日の20時から20時30分だった。構成は当時NJBに勤務していた堤章三。
開始当初は志摩靖彦が司会を担当。後に内田英一を経て、1953年8月からNJBアナウンサー第1号の杉本隆平に代わった。
1955年10月13日放送分から、入社2年目のアナウンサー小池清を司会に起用。同時に1問正解で1000円、10問正解すると5万円が贈呈される一方、3問誤答・お手付きで失格・退場となるルールに変更した。
番組終了から5年後の1963年10月、毎日放送テレビでこの番組のノウハウを生かした「アップダウンクイズ」が放送開始され、翌年2代目に就任した小池の名司会ぶりも相まって22年続く長寿番組となった。