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[[1998年]][[9月29日]]、第41回[[オールスター競輪]]([[一宮競輪場]])で決勝7位入賞。
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[[2014年]]、1月1日付でS級1班に復帰。その後、[[競輪の競走格付け#GI (G1)|GI]]である[[日本選手権競輪]]と[[仁親王牌・世界選手権記念トーナメント|寛仁親王牌]]に出場。同年[[7月30日]]、ホームバンクの[[松阪競輪場]]で行われたS級決勝戦を制し<ref>[http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=47&KBI=20140730&RNO=11 2014/07/30(最終日)第11レースS級決勝] - KEIRIN.JP</ref>、満51歳1日の年齢で優勝を果たした。この記録は、[[伊藤公人]]が保持していたS級最年長優勝記録(49歳8ヶ月)を上回り<ref>[http://race.sanspo.com/keirin/news/20140730/krnnws14073018270010-n1.html 2014.7.30 18:27 51歳!松阪競輪で萩原操がS級最年長優勝] - サンケイスポーツ</ref>、史上初の50歳代のS級優勝記録ともなった。さらに同年[[9月7日]]にも同地でS級最年長優勝記録を更新した(51歳1ヶ月9日)<ref>[http://keirin.jp/ez/dfw/portal/guest/news/2014khn/09/news20140908_05.html 萩原操選手のS級最高齢優勝記録更新について] - KEIRIN.JP・2014年9月8日</ref>。なお、この記録は[[2018年]][[1月22日]]に[[西川親幸]]が[[小倉競輪場|小倉競輪]]S級戦を52歳4か月22日で優勝し、更新した。
[[2014年]]、1月1日付でS級1班に復帰。その後、[[競輪の競走格付け#GI (G1)|GI]]である[[日本選手権競輪]]と[[仁親王牌・世界選手権記念トーナメント|寛仁親王牌]]に出場。同年[[7月30日]]、ホームバンクの[[松阪競輪場]]で行われたS級決勝戦を制し<ref>[http://keirin.jp/pc/dfw/dataplaza/guest/raceresult?KCD=47&KBI=20140730&RNO=11 2014/07/30(最終日)第11レースS級決勝] - KEIRIN.JP</ref>、満51歳1日の年齢で優勝を果たした。この記録は、[[伊藤公人]]が保持していたS級最年長優勝記録(49歳8ヶ月)を上回り<ref>[http://race.sanspo.com/keirin/news/20140730/krnnws14073018270010-n1.html 2014.7.30 18:27 51歳!松阪競輪で萩原操がS級最年長優勝] - サンケイスポーツ</ref>、史上初の50歳代のS級優勝記録ともなった。さらに同年[[9月7日]]にも同地でS級最年長優勝記録を更新した(51歳1ヶ月9日)<ref>[http://keirin.jp/ez/dfw/portal/guest/news/2014khn/09/news20140908_05.html 萩原操選手のS級最高齢優勝記録更新について] - KEIRIN.JP・2014年9月8日</ref>。なお、この記録は[[2018年]][[1月22日]]に[[西川親幸]]が[[小倉競輪場|小倉競輪]]S級戦を52歳4か月22日で優勝し、更新した。


[[2015年]][[7月29日]]にS級1班格付けのまま52歳となり、これも伊藤公人が保持していたS1最高齢記録を更新した。
[[2015年]][[7月29日]]にS級1班格付けのまま52歳となり、これも伊藤公人が保持していたS1最高齢記録を更新した。

2021年4月27日 (火) 14:56時点における版

萩原 操(はぎわら みさお、1963年7月29日 - )は、競輪選手三重県出身。日本競輪学校第51期卒業。日本競輪選手会三重支部所属。

父の萩原稔は競輪学校第4期生の元選手[1]で、通算635勝を挙げた[2]。兄の萩原誠(第40期生)、甥の萩原大(第86期生)も元選手だった。

戦績

1980年宇都宮競輪場で行われた国民体育大会・少年4000m速度競走で優勝。

競輪学校の在校競走成績は7位(66勝)。

1983年9月2日大宮競輪場でデビューし、初勝利を挙げた。

1985年11月25日、第27回競輪祭全日本新人王戦(小倉競輪場)で決勝4位入賞。

1992年11月25日、第34回競輪祭で全日本競輪王決勝4位入賞。

1998年9月29日、第41回オールスター競輪一宮競輪場)で決勝7位入賞。

2014年、1月1日付でS級1班に復帰。その後、GIである日本選手権競輪寛仁親王牌に出場。同年7月30日、ホームバンクの松阪競輪場で行われたS級決勝戦を制し[3]、満51歳1日の年齢で優勝を果たした。この記録は、伊藤公人が保持していたS級最年長優勝記録(49歳8ヶ月)を上回り[4]、史上初の50歳代のS級優勝記録ともなった。さらに同年9月7日にも同地でS級最年長優勝記録を更新した(51歳1ヶ月9日)[5]。なお、この記録は2018年1月22日西川親幸小倉競輪S級戦を52歳4か月22日で優勝し、更新した。

2015年7月29日にS級1班格付けのまま52歳となり、これも伊藤公人が保持していたS1最高齢記録を更新した。

2016年9月8日青森競輪開設記念6レース・一次予選で1着[6]。これは開設記念競輪の勝ち上がり戦[7]史上最年長勝利記録(53歳1ヶ月10日)である。

2018年、1月1日付でA級1班へ降級。1984年1月1日より昇降班はあったもののS級に連続して在籍したが、連続S級在籍記録は34年で途切れた(歴代1位)。

同年7月1日付で再びS級2班に復帰。2019年下期までS級に在籍し、2020年1月1日付でA級1班へ降級となった。

2020年6月9日、四日市FI(ナイター)で優勝。A級1・2班を対象としたレースにおいて56歳10か月11日での優勝は、史上最年長優勝となった[8]

2020年下期の活躍により、2021年下期(7月1日 - 12月31日)はS級2班格付けが決まり、S級復帰と自身が持つ最年長S級在籍の記録を更新することとなった[9]

主な弟子

  • 橋本浩一(61期)
  • 藤本辰次(62期)
  • 海田和裕(65期)
  • 西浦仙哉(73期)
  • 西村光太(96期)

脚注

外部リンク