「愛宕塚古墳 (壬生町)」の版間の差分
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2021年6月20日 (日) 01:40時点における版
愛宕塚古墳 | |
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全景。左に前方部、右奥に後円部。前方部墳頂には愛宕神社が鎮座する。 | |
所在地 | 栃木県下都賀郡壬生町壬生甲 |
位置 | 北緯36度25分57.7秒 東経139度48分35.9秒 / 北緯36.432694度 東経139.809972度座標: 北緯36度25分57.7秒 東経139度48分35.9秒 / 北緯36.432694度 東経139.809972度 |
形状 | 前方後円墳 |
規模 | 墳長65m、後円部高5.5m、前方部高6.5m |
埋葬施設 | 不明 |
出土品 | 埴輪 |
築造時期 | 6世紀中頃 |
史跡 | 1926年(大正15年)2月24日国指定[1] |
地図 |
愛宕塚古墳(あたごづかこふん)は、栃木県下都賀郡壬生町壬生甲にある前方後円墳。1926年(大正15年)に国の史跡に指定された[1]。周辺には牛塚古墳・車塚古墳(共に国の史跡)が所在する。
概要
黒川左岸段丘端部にほぼ西面して所在し、すぐ東側を栃木街道が通る。
2段築成の墳丘は墳長65m、後円部高さ5.5m、前方部高さ6.5mを測り、墳丘1段目を幅広く造る栃木県中央部の大型古墳特有の特徴が本古墳にもみられる[2]。墳丘の周囲は幅約20mの周堀と周堤がめぐり、周堀外側までの全長は100m近くになる[3]。
発掘調査が行われていないため内部構造は不明であるが、墳丘から埴輪が採取されている。築造時期は、埴輪や墳丘形態から6世紀中頃に位置付けられている[3]。
前方部頂の愛宕神社は、1694年(元禄7年)に壬生城主の松平輝貞が壬生城の鬼門除けとして建立したと伝えられている[2]。
思川と姿川間に南北に延びる壬生台地には後期以降の栃木県を代表する諸古墳が散在し、下野国分尼寺跡もこの地域に所在することから、この地域が古墳時代後期から律令期にかけて本地域の一大勢力を担っていたことが理解される[3]。
脚注
- ^ a b 栃木県教育委員会事務局文化財課. “愛宕塚古墳”. 栃木県(とちぎの文化財). 2021年2月10日閲覧。
- ^ a b 現地説明版
- ^ a b c 大塚初重・小林三郎・熊野正也編『日本古墳大辞典』東京堂出版、1989年、23-24頁。