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2021年8月4日 (水) 09:28時点における版

ジム・ゲインズ(Jim Gaines、1955年5月18日 - 、本名:James Larry M. Gaines Jr.)は、アメリカ合衆国出身の俳優である。身長 183 cm

ジェームズ・ゲインズ (James Gaines)、ジェームズ・E・ゲインズ (James E.Gaines)、ジェームズ・ゲインズ・ジュニア (James Gaines Jr.)、ジェームズ・ゲイナーズ (James Gainers)、スペイン語ハイメ・ゲインズ (Jame Gaines)、ジャイムズ・ゲインズ (Jaimes Gaines)、ラリー・ゲインズ (Larry Gaines) とクレジットされることもあった。原案脚本も数本手掛け、助監督やダイアローグ・コーチ、ロケーション・マネージャーも務め、監督にも進出している。

人物

アフリカ系アメリカ人の子としてハワイ州マウイ島に生まれる。1970年代半ばから既にフィリピンで映画出演していたが、1980年代フランシス・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(1979年)にエキストラ出演したことをきっかけにフィリピン・ロケのベトナム戦争物を中心とした主に低予算のアクション映画に数多く出演する。コミカルな味のオーバー芝居から暴力的な悪役まで演じた。香港系のシルヴァー・スター・フィルム社やその他の小プロダクション作では準主役を演じた。イタリア映画や米国のキャノンオライオンなどの作品では端役で、ピーター・ウィアー監督の大作『危険な年』(1982年)ではエキストラだったが、ワンカットだけ画面アップに映し出された。この時期にゲインズと共演したロマーノ・クリストフマイク・モンティロバート・マリウスニック・ニコルスンドン・ゴードン・ベル渡辺ケンらは江戸木純が『エド・ウッドとサイテー映画の世界』(1995年/洋泉社)でフィリピン・アクション・ギャングと呼んでいる。尚、ゲイリー・ダニエルズ主演の『キング・マヒーの秘宝』(1988年/未/ビデオ)では匿名ながら演出にもタッチした。

1990年代に入ると香港系のダヴィアン・インターナショナル製作の作品に多く出演する。一時代を築いた戦争アクションも下火となり、連作されたデール・アポロ・クック主演の格闘技アクションにも出たりしたが、もう完全に脇役俳優になっていた。後年のシリオ・H・サンティアゴ英語版が製作した『バトルフィールド』(1996年/未/ビデオ)などでは端役だった。以後2000年代に入っても細々と出演を続けている。

作品

俳優としての出演作品

(文中記載の作品は省略)

1980年
1981年
1982年
1983年
1984年
1985年
1986年
1987年
1988年
1989年
1990年
1991年
1992年
1993年
1996年

なお、(未/ビデオ)は過去にビデオ・ソフト化された作品で、制作年はビデオ・ソフトのジャケットの記載事項に準拠している。

ライターとしての作品

上記の俳優としてのフィルモグラフィと重複する作品については邦題のみ記載。

  • 『ローンウルフ/怒りの戦場』
  • 『ジャングル・ラッツ』
  • 『ファントム・ソルジャー』
  • 『ヘル・ミッション/怒りの奪還』

映画監督としての作品

  • 『キング・マヒーの秘宝』

その他のスタッフとしての作品

  • 『サバイバル・ジャングル/失われた黄金』(ロケーション・マネージャー)
  • 『ニンジャウォリアーズ』(助監督)
  • 『ファイナル・ターゲット/血の報復』(ダイアローグ・コーチ)

外部リンク