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九州観光推進機構会長就任、事業構想大学院大学特別招聘教授を追加
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[[1993年]](平成5年)には外食事業部次長を命じられ、8億もの赤字を重ね収益確保に苦しむ外食事業の立て直しを手がけて、3年で黒字化を果たし同部門の子会社化([[JR九州フードサービス]])に先鞭をつける<ref>{{Cite web |url=http://president.jp/articles/-/13484|title=最終局面で重ねた「不謀於衆」 -JR九州会長 唐池恒二【1】 |work=[[プレジデント (雑誌)|プレジデント・オンライン]] |date=2014-09-28 |accessdate=2016-10-26}}</ref>。一旦経営管理部に異動するが、[[2000年]](平成12年)には再び経営が悪化しつつあったJR九州フードサービスの社長に再就任、同社が展開する炭焼創菜料理店「うまや」の東京進出などといった経営改善策を実行し、当時3年間連続で赤字を計上していた同社の黒字化に貢献した<ref name="karaike" />。
[[1993年]](平成5年)には外食事業部次長を命じられ、8億もの赤字を重ね収益確保に苦しむ外食事業の立て直しを手がけて、3年で黒字化を果たし同部門の子会社化([[JR九州フードサービス]])に先鞭をつける<ref>{{Cite web |url=http://president.jp/articles/-/13484|title=最終局面で重ねた「不謀於衆」 -JR九州会長 唐池恒二【1】 |work=[[プレジデント (雑誌)|プレジデント・オンライン]] |date=2014-09-28 |accessdate=2016-10-26}}</ref>。一旦経営管理部に異動するが、[[2000年]](平成12年)には再び経営が悪化しつつあったJR九州フードサービスの社長に再就任、同社が展開する炭焼創菜料理店「うまや」の東京進出などといった経営改善策を実行し、当時3年間連続で赤字を計上していた同社の黒字化に貢献した<ref name="karaike" />。


その後JR九州に戻り、[[2009年]](平成21年)6月から[[2014年]](平成26年)6月までJR九州代表取締役社長を務め、豪華列車「[[ななつ星in九州]]」の立ち上げに寄与した<ref name="nikkeibp20140411"/>。同月27日付で代表権のある取締役会長に就任<ref name="fukukei" />。
その後JR九州に戻り、[[2009年]](平成21年)6月から[[2014年]](平成26年)6月までJR九州代表取締役社長を務め、豪華列車「[[ななつ星 in 九州]]」の立ち上げに寄与した<ref name="nikkeibp20140411"/>。同月27日付で代表権のある取締役会長に就任<ref name="fukukei" />。


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[[2021年]](令和3年)6月、九州観光推進機構の会長に就任<ref>{{Cite news|url=https://www.nikkei.com/article/DGXZQOJC105V30Q1A610C2000000/ |title=九州観光推進機構会長に唐池氏就任、観光王国復興目指す |newspaper=[[日本経済新聞]] |accessdate=2021-06-11 |date=2021-06-10}}</ref>。

2021年9月3日 (金) 11:10時点における版

からいけ こうじ

唐池 恒二
生誕 (1953-04-02) 1953年4月2日(71歳)
大阪府
国籍 日本の旗 日本
出身校 京都大学法学部
職業 九州旅客鉄道代表取締役会長
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唐池 恒二(からいけ こうじ、1953年昭和28年〉4月2日 - )は、日本の経営者九州旅客鉄道代表取締役会長、事業構想大学院大学特別招聘教授[1]

人物

本籍大阪府である[2]大阪府立三国丘高等学校を経て[3]京都大学法学部卒。高校・大学では柔道部に所属[2]し、本人曰く「大学時代は柔道ばっかりしてまして4年の夏も大会があって就職活動してなかった」といい、1977年(昭和52年)4月の日本国有鉄道入社も「柔道部の先輩につられて」と述懐している[4]東京北鉄道管理局に配属。国鉄バス棚倉営業所長などを務め、労組交渉に長く携わった[5]

1983年(昭和58年)に大分鉄道管理局に配属されてから九州勤務となり、門司鉄道管理局などを経て、1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化時にJR九州に入社し、特急「ゆふいんの森」やSL快速「あそBOY」等のリゾート列車、博多 - 釜山間の高速船「ビートル」の企画を手がけた[4][6]

1993年(平成5年)には外食事業部次長を命じられ、8億もの赤字を重ね収益確保に苦しむ外食事業の立て直しを手がけて、3年で黒字化を果たし同部門の子会社化(JR九州フードサービス)に先鞭をつける[7]。一旦経営管理部に異動するが、2000年(平成12年)には再び経営が悪化しつつあったJR九州フードサービスの社長に再就任、同社が展開する炭焼創菜料理店「うまや」の東京進出などといった経営改善策を実行し、当時3年間連続で赤字を計上していた同社の黒字化に貢献した[6]

その後JR九州に戻り、2009年(平成21年)6月から2014年(平成26年)6月までJR九州代表取締役社長を務め、豪華列車「ななつ星 in 九州」の立ち上げに寄与した[4]。同月27日付で代表権のある取締役会長に就任[2]

2021年(令和3年)6月、九州観光推進機構の会長に就任[8]

略歴

脚注

参考文献

  • 唐池恒二『JR九州・唐池恒二のお客さまをわくわくさせる発想術―世界から集客!』ぱる出版、2011年2月28日。ISBN 9784827206142 
  • 唐池恒二『鉄客商売(てっかくしょうばい)〜JR九州大躍進の極意』PHP研究所、2016年5月25日。ISBN 9784569829197 

関連項目

先代
石原進
九州旅客鉄道社長
第4代:2009年 - 2014年
次代
青柳俊彦

外部リンク