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「森町立駒ヶ岳中学校」の版間の差分

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2022年10月7日 (金) 12:38時点における版

森町立駒ヶ岳中学校
地図北緯42度2分2秒 東経140度36分50秒 / 北緯42.03389度 東経140.61389度 / 42.03389; 140.61389座標: 北緯42度2分2秒 東経140度36分50秒 / 北緯42.03389度 東経140.61389度 / 42.03389; 140.61389
過去の名称 森町立森中学校駒ヶ岳分校
国公私立の別 公立学校
設置者 森町
設立年月日 1947年昭和22年)
閉校年月日 1981年(昭和56年)
共学・別学 男女共学
所在地 049-2141
北海道茅部郡森町駒ヶ岳453
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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森町立駒ヶ岳中学校(もりちょうりつこまがたけちゅうがっこう、: mori municipal komagatake junior high school)は、かつて北海道茅部郡森町にあった公立中学校。略称は「駒中」(こまちゅう)。

教育目標

  1. たくましい身体をもち、勤労を尊ぶことのできる人間を育成する。
  2. 忍耐強く積極的に行動し、常に新しい生活を開拓していく人間を育成する。
  3. 物事をよく見つめ、深く考えて新しいものを創造していける人間を育成する。
  4. たがいに認めあい、思いやりの心と豊かな心を持った人間を育成する。

沿革

  • 1947年(昭和22年)森町立森中学校駒ヶ岳分校を開設

  小学校の一教室を中学校の教室と定めて全学年男女共学で複式授業を開始。

  学校内に初めて電灯がつく。

  • 1948年(昭和23年)2教室を小学校と共有し二部授業(中学校は午後授業)。(4月)

  吹雪時に中学校生徒全員で炭鉱汽船の植林地に落葉松の苗木5000本を植樹。(11月)

  • 1949年(昭和24年)子供協同組合の結成式を行う。小学校3年生以上の児童と中学校生徒の全員となり、中学校3年生K.Eさんが初代会長となる。(1月)

  駒中文庫、図書の閲覧を開始。(1月)

  当番校として町内研究授業を公開。

  森中学校駒ヶ岳分校は独立し、駒ヶ岳中学校となる。(3月)

  • 1950年(昭和25年)赤十字少年団駒ヶ岳中学校班の結成式。(4月)

  学校植林を行う。(5月)

  移動動物園と市内見学をして景福丸一泊する。(7月)

  赤十字少年団、大沼公園に野外キャンプを行う。(8月)

  中学校科学班を結成し、日食観測を行う。(9月)

  部落の方々の奉仕で校舎敷地の整備作業を行う。(10月)

  • 1951年(昭和26年)駒ヶ岳小中学校校舎(3教室)増築落成式

  新校舎増設を記念して、学芸会・演芸会・野球大会の行事を行う。(9月)

  講和記念植樹を行う。

  • 1952年(昭和27年)学校農園・学校田の作業を行う。(5月)

  駒中杯争奪野球大会を行う。(9月)

  生徒会購買部を発足。(11月)

  • 1953年(昭和28年)学校植林を行う。(4月)

  小中学校の校門が寄贈される。(6月)

  茅部地区野球大会B級に優勝(7月)

  少年愛護班が結成。

  校内電気工事完成(11月)

  校歌を制定。(11月)

  • 1953年(昭和29年)ユニセフ粉乳給食開始。(5月)

  学校農園作業を行う。(5月)

  函館市北洋博見学を行う。(7月)

  台風15号によって職員室・中一教室・廊下・校長住宅の屋根大破、損害額約200万円。(9月)

  森管内研究授業を公開する。(12月)

  • 1954年(昭和30年)学校植林予定地の測量と調査と地拵〈じごしらえ〉をPTAの奉仕で行う。(4月)

  学校植林を行う。(5月)

  活着調査と下刈り。(6月)

  植生調査と下刈りをPTAの奉仕で行う。(7月)

  下刈りを行う。(9月)

  町長と学校長によって、「学校林部分林契約」を取り交わす。(11月)

  • 1956年(昭和31年)植林地の野兎狩り(1月)

  教室1部屋・トイレ・玄関・トイレのパンとの増築完成。(4月)

  増築完成を祝して祝賀学芸会を行う。(5月)

  学校植林を行う。(5月)

  パンとミルクの学校給食が開始。(12月)

  • 1957年(昭和32年)学校植林を行う。(5月)

  椎茸200匁〈もんめ〉(約750グラム)を収穫。(9月)

  流感のため7日間臨時休校をする。(12月)

  学校に電話が設置される。

  • 1958年(昭和33年)暴風雪のため2日間臨時休校。(2月)

  屋内体育館・屋外足洗場増築完成。(3月)

  学校植林地の地拵〈じごしらえ〉・植樹・下刈り。(4・5・7・8月)

  強風のため臨時休校をする。(5月)

  林業クラブをつくり、ポスター・巣箱がけを行う。(7月)

7月25日(金)晴れ

第一回下刈り、小学校5・6年生76名・中学校生徒130名、午前8時40分出発。現地到着 午前9時15分、用具-草刈嫌。相当暑いので午前中で切り上げた。

新植分約2町(約19835 m2)を全面下刈りを行う。うるしにかぶれる者15名いた。

苗木は根付きはよいが、枯れているものがやはりある。その植え方を観察させて注意する。植え方の浅いもの程枯れているようだ。

〈注意事項〉1:苗木をいためぬ事。 2:けがをしない事。 3:用具をいためぬ事。 4:苗木をよく観察する事。

林地周辺のカヤ等相当繁茂していた。植林には影響ない。

巣箱には新たに、ムク鳥らしき巣が1ヶ所、山がら1ヶ所、四十がら3ヶ所がみられた。

[1]

  屋内体育館の竣工・落成式、祝賀会を行う

  • 1959年(昭和34年)スキー講習会実施。(1月)

  北海道学校植林コンクール第1位入賞。(1月)

  暴風のため臨時休校をする。(1月)

  学校植林(4・5・7・8月)

  校舎一部修理する。(6月)

  林業クラブ員による平板測量の実習。(7月)

  森管内研究授業公開をする。(7月)

  校内相撲大会を行う。(9月)

  校内放送を開始する。(9月)

  全国植林コンクール10位入賞 読売新聞社賞受賞。(10月)

  北海道植林コンクール2位入賞。

  • 1960年(昭和35年)PTAよりピアノを寄贈される。(1月)

  赤井川中学校の独立のため、同地区の生徒は転校する。〈校舎落成式は11月4日〉。(3月)

  学校植林地の地拵〈じごしらえ〉・植樹・下刈り。(4・5・7・8・10月)

  駒ヶ岳母の会結成式を行う。(5月)

  • 1961年(昭和36年)北海道学校植林、国土縁化推進委員より受賞。本校PTAは功労者賞、学校は優良校受賞。(1月)

  家庭科自習室の天井落下。(2月)

  ピアノ披露会を行う。(3月)

  学校植林(5・7月)

  父兄自奉仕による転車置き場建築。(5月)

  北海道植林祭に校長・代表生徒3名が参加する。(5月)

  バックネット完成。(10月)

  • 1962年(昭和37年)雪まつりを行う。(2月)

  講師 ラ・サール盛山を招いて母の会講演会を行う。(3月)

  学校植林地の地拵〈じごしらえ〉・植樹・下刈り。(4・7・9月)

  中体連ソフトボール大会で優勝。(7月)

  全校写生会を行う。(7月)

  北海道学校林地視察団一行来校

  老朽校舎、解体作業の実施。(10月)

  大雪のため午前授業(11月)

  応援旗「駒ヶ岳」を作成する。

  2部授業を開始。

  父母と先生の会が同知事及び国土縁化推進委員会より表彰される。

  • 1963年(昭和38年)大雪のため午前授業(2月)

  中学校特別教室(技術・家庭)が完成する。(3月)

  2部授業が解消される。(4月)

  森町立駒ヶ岳小学校開校80周年記念式を行う。(10月)

  父母と先生の会が森町教育委員会より表彰される。

  • 1964年(昭和39年)学校植林地の植林・下刈り。(4・7月)

  避難訓練が始まる。(4月)

  中体連ソフトボール大会で優勝。(7月)

  渡島ソフトボール大会で優勝。(7月)

  全校写生会を行う。(9月)

  聖火リレーに中学校参加。(9月)

  • 1965年(昭和40年)学校植林地の植林・下刈り。(5・7・8・10月)
  • 1966年(昭和41年)雪まつりを行う。(2月)

  校舎周囲に植樹を行う。(5月)

  中体連ソフトボール大会で優勝。(7月)

  蛍光灯増設(11月)

  中学校手洗場水道増設

  各教室電灯施設

  中学校自転車置き場移転

  中庭噴水池設置

  学校植林が森町造林地共励会2位入賞。

  • 1967年(昭和42年)学校植林地の下刈り。(7月)

  風邪が流行し臨時休校。

  理科教室の新築。(11月)

  • 1968年(昭和43年)校内弁論大会を行う。(6月)

  中体連ソフトボール大会で優勝。(7月)

  渡島ソフトボール大会で準優勝。(7月)

  開校記念日として12月1日と認可される。(12月)

  • 1969年(昭和44年)スキー遠足を行う。(2月)

  中体連ソフトボール大会で優勝。(7月)

  渡島ソフトボール大会で準優勝。(7月)

  • 1970年(昭和45年)T氏よりブルドーザーの援助と父母の奉仕によりテニスコート完成。(6月)
  • 1971年(昭和46年)トドマツ400本、桜10本を植樹。(5月)

  自転車運転試験実施。(6月)

  教材教室・手洗場を増築。(8月)

  校舎内ペンキ塗装。(8月)

  父母の奉仕で花壇設置。(9月)

  町内道徳教育研究会開催。(11月)

  S.Y氏の協力で水田改良 スケートリング開設。(12月)

  • 1972年(昭和47年)グラウンド周辺にトド松を植樹。(4月)

  体育器具室を増設する。(9月)

  学校植林が木原営林大和事業団より道内優秀5校の1つとして受賞、奨励金20万円を受ける。(11月)

  • 1973年(昭和48年)花壇を造成する。(4月)

  学校敷地内に植樹する。(5月)

  体育更衣室を新設。(6月)

  物置・石炭置場を新設。(7月)

  中学校2教室の床をフローリング張り。(8月)

  音楽室器具を増設。(8月)

  簡易プール落成式を行う。(9月)

  森町立駒ヶ岳小学校開校90周年記念式を行う。(9月)

  • 1974年(昭和49年)中学校自転車運転技能テスト。(5月)

  渡島道徳教育研究大会 会場校。(11月)

  校内授業研究。(12月)

  • 1975年(昭和50年)避難訓練を行う。(5月)

  中体連ソフトボール大会で優勝。(7月)

  全校写生会を行う。(9月)

  校内体育大会を行う。(10月)

  交通安全教室を行う。(10月)

  • 1976年(昭和51年)中体連ソフトボール大会で優勝。(7月)

  第1回校内マラソン大会が開催。(9月)

  校内球技大会を行う。(10月)

  校内授業研究を行う。(11月)

  • 1977年(昭和52年)流感のため1年生学級閉鎖。(2月)

  中体連野球・ソフトボール大会で優勝。(7月)

  瀬棚へ宿泊研修実施。(7月)

  渡島ソフトボール大会で優勝。(7月)

  全道ソフトボール大会で準優勝。(8月)

  • 1978年(昭和53年)流感のため1・2年生学級閉鎖。(2月)

  猛吹雪のため午後集団下校。(3月)

  スポーツテストの実施。(5月)

  運動能力テストの実施。(5月)

  プール屋根工事完成。(7月)

  中体連ソフトボール大会で優勝。(7月)

  熊石へ宿泊研修実施。(7月)

  中学校同窓会総会。(8月)

  全校写生会を行う。(9月)

  30周年記念協賛会総会。(11月)

  森町開基百二十周年記念・作文の部で児童が最優秀賞を受賞。(12月)

  もちつき大会が行われる。(12月)

  • 1979年(昭和54年)分団対抗校内百人一首大会が行われる。(1月)

  冬山に親しむ会の実施。(2月)

  トイレ臭気孔管補修工事を行う。(4月)

  少年団奉仕によって野球ベンチ施設。(4月)

  校舎の屋根補修工事を行う。(4月)

  校長室・保健室の排水管設置。(5月)

  中学生による遊具の塗装。(5月)

  体育館に水銀灯施設。(6月)

  道南ソフトボール大会で準優勝。(6月)

  運動能力テストの実施。(6月)

  校内授業研究。(6月)

  30周年記念・座談会を駒ノ湯温泉で行う。(7月)

  教育実習生の授業研究。(7月)

  学校前の道路が舗装される。(7月)

  開校30周年記念碑建立。(8月)

  中学校同窓会総会。(8月)

  開校30周年記念式典を挙行。(10月)

  • 1981年(昭和56年)赤井川中学校・駒ヶ岳中学校が廃止になり、町内の7つの中学校が森町立森中学校に統合。

  駒ヶ岳小中学校同窓会が誕生

学校植林の成果[2]

  • 森町立駒ヶ岳中学校の初代校長が「郷土百年の計は、児童・生徒の森林資源の保護教育の心の成果が、郷土愛を培い、将来豊かな郷土平和な駒ヶ岳なり」と考えられ、昭和24年より永年計画として第1期5ヶ年計画の第一歩を教育の中にとりあげました。以来昭和41年、森町に移管するまで、風雨の日も寒気の吹雪にも負けることなく、学校植林のカラマツの林は、先輩方の偉業を秀峰駒ヶ岳の麓にそびえる木々の姿において如実に物語っています。
年度 面積(ha) 本数 年度 面積(ha) 本数
昭和24 0.42 1,500 昭和33 1.80 6,000
昭和25 0.50 1,500 昭和34 1.00 3,000
昭和26 0.50 1,500 昭和35 1.00 3,000
昭和27 0.35 1,000 昭和36 1.00 3,000
昭和28 0.66 2,000 昭和37 1.00 3,000
昭和29 1.00 3,000 昭和38 1.00 3,000
昭和30 1.00 3,000 昭和39 1.00 3,000
昭和31 0.50 1,000 昭和40 1.00 3,000
昭和32 2.20 6,000 昭和41 1.00 3,000
小計 7.13 20,500 小計 9.80 30,000
合計 16.93 50,500

アクセス

脚注

  1. ^ 昭和33年 植林日誌
  2. ^ 開校30周年 記念誌

関連項目

外部リンク