開明伸銅
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種類 | 株式会社 |
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本社所在地 |
日本 〒621-0013 京都府亀岡市大井町並河3丁目10番1号 |
設立 | 1952年5月21日 |
業種 | 非鉄金属 |
法人番号 | 8130001035520 |
代表者 | 代表取締役社長 岡村圭一郎 |
資本金 | 9,000万円 |
売上高 | 36億2849万5000円(2016年4月)[1] |
従業員数 | 129名(2024年6月現在) |
決算期 | 4月 |
主要株主 | 開洋、丁集団有限公司香港[1] |
外部リンク | http://www.kaimeishindo.com/ |
開明伸銅株式会社(かいめいしんどう)とは、京都府亀岡市に本社を置く非鉄金属の製造メーカーである。伸銅品(黄銅・真鍮)およびアルミニウム形材の押出生産・加工・販売を手がけている。伸銅製品のうち、異形棒を製造する国内唯一のメーカーである[2]。また香港企業が一部を出資する外資系であり、外資といえば首都圏に本社を置く企業が多い中、京都府に本社を置くのは珍しい[3]。
沿革
[編集]創業者の岡村小太郎は上海の東亜同文書院大学で第21期生として学んだ[4]。1925年(大正14年)に大学を卒業した後は、16期生の村川善美が設立した[5]久孚洋行に勤めた[4][6]。同じく村川が1936年(昭和11年)に設立した亜細亜鋼業では専務を、亜細亜鋼業が戦時合併して設立された中華製鉄では取締役を務めた[7][8][注釈 1]。敗戦後、岡村はしばらく上海に残留していたが[10]、帰国し日本で設立したのが開明伸銅である[4][注釈 2]。設立にあたっては、上海時代に交友のあった実業家の丁熊照が支援した[11]。こうした経緯から、開明伸銅の社章は「開明」の「KM」を丁熊照の姓である「丁」が包み込むようなデザインとなっている[12]。
1967年にはアルミに進出、1999年には第三の柱として純銅異型形材の生産を開始した[13]。2010年には鉛レス・カドミレスの伸銅異形棒開発で京都中小企業優秀技術賞を受賞している[14]。
- 1952年:資本金450万円にて設立、事務所を京都市下京区東九条河原町17番地に置く。
- 1953年:京都市南区上鳥羽尻切町10番地に移転、黄銅棒製造設備の建設を始める。資本金を1,000万円に増資する。
- 1954年:資本金を1,500万円にする。黄銅棒、製品を出荷。
- 1961年:隣接土地(2,097坪)工場建物(545坪)を買収拡張を行い新地配・溶解工場を新築。
- 1967年:アルミニウム部門に進出・アルミニウム・アルミ合金の形材製造を行う。
- 1974年:京都市の都市計画により現在地に本社、工場を移転する。
- 1983年:東京都大田区蒲田に東京営業所を開設。
- 1988年:東京浅草に自社ビル開設。東京営業所を移転。
- 1991年:伸銅1,650USTON変更、プラー導入。
- 1992年:創立40周年を迎える(11月)。銅異形棒を製造開始(12月)。
- 1993年:アルミ新製造ライン改進。
- 1996年:アルミニウム、伸銅品、JIS表示許可を受ける。
- 2002年:岡村洋子、会長に就任・岡村圭一郎、代表取締役社長に就任(6月)。ナマリレス異形棒を製造開始[15](7月)。創立50周年を迎える(11月)。
- 2005年:アルミT6装置付き1.800USTON押出機導入。
- 2008年:アルミ冷間引抜 製造開始。
- 2012年:創立60周年を迎える。
- 2015年:ビレット加熱炉新設(2月)。研究開発用小型炉導入(4月)。
- 2016年:大阪営業所を開設[16]。
- 2021年:三菱アルミニウムから立花金属工業の全株式を取得し完全子会社化(4月)[17][18][19]。
開明伸銅の岡村圭一郎が代表取締役社長に就任。
- 2022年:創立70周年を迎える。
注釈
[編集]- ^ 亜細亜鋼業は「亜細亜鋼業所」「亜細亜鋼鉄廠」と書かれている場合もあり、どれが正式の名称かは不明である。『東亜同文書院大学史』新版の別の場所では岡村が「アジア鋼業を設立」したと書いている箇所があり、この「アジア鋼業」が村川が設立したという「亜細亜鋼業」と同じ企業を指すかどうかもはっきりしない。また村川の興した事業に触れた箇所で『東亜同文書院大学史』は新旧版とも岡村を第22期と書いているが、旧版掲載の卒業生名簿で岡村は第21期の項に旧姓で載っているほか[9]、新版で卒業生個人を期別に取り上げた箇所でも岡村は第21期生のところで取り上げられている[4]。
- ^ 『東亜同文書院大学史』によれば岡村の帰国は1953年であり、開明伸銅設立(1952年)よりも後である。
出典
[編集]- ^ a b 『平成29年度 東商信用録(近畿・関西版)』下巻、東京商工リサーチ関西支社、2017年、69ページ。ISBN 978-4-86591-208-1。
- ^ 上野正俊「躍進 京滋の中小企業 開明伸銅(亀岡市大井町) 「異形」特化 唯一の存在」『京都新聞』2012年(平成24年)2月27日付朝刊9面。
- ^ 京都府商工部・京都市産業観光局・京都商工会議所『京都企業の国際ビジネス展開に関する調査報告』2004年1月、43ページ。
- ^ a b c d 和田斉「第二十一期生銘々伝」『東亜同文書院大学史――創立八十周年記念誌――』大学史編纂委員会編、滬友会、1982年、485ページ。
- ^ 『東亜同文書院大学史』1982年、335ページ。
- ^ 丁熊照『真理と事実 一香港工業家の回顧録』潘宗堯訳、香港開達実業、1977年、64ページ。
- ^ 『東亜同文書院大学史』滬友会、1955年、149-150ページ。
- ^ 『東亜同文書院大学史』1982年、335-336ページ。
- ^ 『東亜同文書院大学史』1955年、315ページ。
- ^ 湯浅之夫「上海最後の同窓会」『東亜同文書院大学史』1982年、690-691ページ。
- ^ 『真理と事実』64-65ページ。
- ^ クレド製作委員会編集『CREDO【開明伸銅のDNA】』開明伸銅、2011年、8ページ。※三版(2015年改訂)では9ページに掲載。
- ^ 「開明伸銅 純銅異型形材の生産開始 早期に月産30㌧へ 収益悪化のカバー狙う」『鉄鋼新聞』平成11年(1999年)4月26日付6面。
- ^ 「京の技シリーズ〜技術開発に成果をあげ京都産業に貢献した中小企業の紹介〜 【第2回】開明伸銅株式会社 「環境対応型鉛レス・カドミレスの伸銅異形棒」」『クリエイティブ京都M&T』第69号、2011年、1-2ページ。
- ^ 『鉄鋼新聞』平成14年(2002年)12月3日付4面。
- ^ 『日刊産業新聞』2016年7月4日付22面。
- ^ “開明伸銅/立花金属の全株式取得/三菱アルミから、アルミ加工事業拡充”. 鉄鋼新聞 (鉄鋼新聞社). (2020年11月24日) 2021年4月2日閲覧。※全文閲覧はログインが必要
- ^ “事業譲受に関するお知らせ”. 開明伸銅株式会社 (2021年4月1日). 2021年4月2日閲覧。
- ^ “事業譲渡に関するお知らせ”. 立花金属工業株式会社. 2021年4月3日閲覧。